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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十四話 カマナ地方奪還作戦
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灰燼

[第三者視点  〈騎士の森〉]


 トゥトはふと目を覚ました。

 窓の外には赤錆色の月が輝いていた。

 満月だった。

 本来ならば綺麗だと思うはずの見事な満月だったが、今日に限ってはただ不吉なだけのものとしか思えなかった。

 枕元に傾けてあった愛剣を手にして、自分の寝床から這いずり出す。

 寝穢く惰眠を貪る仲間たちの間を通り抜け、そのまま外に出た。

 月のせいか、外は意外と遠くまで見通せる。

〈騎士の森〉へと続く一本の通りの入口にまでたどり着いた時、トゥトはなぜ自分がこのような行動に出たのかを思い返した。

 今日の夜番は彼ではない。

 二人の同僚が寝ずに詰めているはずだ。

〈雷霧〉のおかげで戦時下同様のバイロンだが、他国と戦争状態にあるわけではないので警護もそれほど厳格ではない。

 特に、今は騎士団の騎士たちが出払っているので、警護役の本来の仕事はない状態だった。

 では、なぜ、目を覚ましたのか。

 今日の夜、聖士女騎士団の長年の懸念であったカマナ地方奪還作戦が成功したとの報せがもたらされ、全員で乾杯をしたからその興奮のせいか。

 トゥトはカマナ地方の出身であり、〈雷霧〉に故郷を奪われた時にその場に居合わせたという不幸な過去を持っている。

 家族と故郷を過去を奪われたものにとって、ついに念願が叶ったのだから嬉しくないはずがない。

 同僚であるタツガンと違って、奪還自体に関われなかったのは残念だったが、それでも故郷が取り戻されたのは嬉しい。

 だから、その興奮がまだ身体に残っているせいだったろうか。

 いや、違う。

 トゥトの戦士としての勘が否定した。

 何か、おかしなことが起きようとしている。

 トゥトは自分の戦士としての勘を信じた。

 だから、剣を持ってここに来たのだ。

 三十数年の人生の中で、この勘を信じずに失敗したのは、カマンの街を失ったあの時だけ。

 だからこそ、今日のトゥトは自分を疑わなかった。

 だが、自分の勘だけを根拠に他を動かすわけにはいかない。

 そこでとりあえず寝ずの番をしている二人にだけは話をしておこうと思ったのだ。


「……おう、おまえら」

「トゥトか? どうした、おまえは早番だろ?」

「寝ていたら嫌な予感がした。それを伝えに来た」

「……いつもの勘か?」

「そうだ」

「わかった。とりあえず門を完全に閉めよう。それから、詰所の中の連中を叩き起してきてくれ」

「ああ」


 同僚たちもトゥトの勘働きについては承知している。

 現実に、何度かその鋭い嗅覚めいた勘によって助けられてもいるからだ。

 だから、簡単に曖昧な言葉を信じる。

 戦士としての信頼だった。


「ちょっと待て。あれはなんだ?」


 入口の番をしていたもう一人がビブロン側に続く街道を指差した。

 煌く月光の下、そこに何かがいた。


 カチッ


 トゥトは愛剣を鞘走らせた。

 ついさっきまで感じていた不吉な予感はついに確信にまでなっていた。

 あれが。

 あの黒い騎士たちが……。

 この胸騒ぎの原因だったに違いない。


「敵襲ぅぅぅっ!」


 トゥトは叫んだ。

 あらんかぎりの大声で。

 だが、街道沿いにこちらに迫る黒い騎馬たちは恐ろしい勢いで突進してきて、詰所から残りの警護役が顔を出す寸前にその脇を駆け抜け、入口に向かって殺到してくる。

 門の中へ侵入するつもりなのは明白だった。

 大門を完全に閉め切ってある西門と違って、この東門は騎馬が一頭通れるぐらいの通常門は開けておく決まりになっていた。

 そこを目掛けて突っ込んできているようだった。

 数はおよそ十騎。

 どれもが彼らの騎士団に所属する一角聖獣にも匹敵する巨躯の黒馬だった。

 しかも、その足元でカチカチと光る火花は不気味な音を弾かせる。

 黒い騎士の鎧にもトゥトは見覚えがあった。

 あれは彼らの仲間である〈ユニコーンの少年騎士〉が纏うものによく似ていた。

 いや、同じものだとしか思えなかった。

 そうであるならば、アレはヤバいものだ。

〈妖帝国〉の魔導鎧だということを知らなくても、セスシスが使っていたことであの鎧がどれだけ危険な武器であるかは理解している。

 それが十体。

 ヤバすぎる敵だった。

 味方であるなどという楽観的な発想はもたない。

 こんな深夜に連絡もせずに押しかけてくるものは、敵か借金取りだけだ。

 トゥトは剣を上段に構えた。

 敵は騎馬である。

 すれ違いざまに切るしか倒す手段はない。


「門を閉めろ!」


 間に合うかどうかはわからない。

 そもそも東門の夜でも開け放しておく門目掛けてくる以上、こちらの事情を知っての上での振る舞いなのだろう。

 きっと間に合うように動いているに違いない。

 だが、なんとしてでも〈騎士の森〉の敷地に入られるのは防がなければならない。

 中には騎士様たちはいないが、文官騎士や下働きの下女たちが勤めている。

 彼女たちには戦闘能力がない。

 もし襲われでもしたら、即座に皆殺しにされる程度なのだ。

 唯一戦える戦士はおそらくセスシスだけだが、一週間前から具合の悪い様態のまままだ回復しきっておらず、まともに戦える状態ではない。

 できたら、セスシスに戦わせたくない。

 彼に万が一のことがあったら、王国と世界が終わるのだ。

 つまり、ここで食い止めなければならないということ。

 トゥトは覚悟した。

 命を捨ててもおそらく二体しか倒せない。

 あとはあの黒い悍馬の馬蹄にはねられて終わるだろう。

 だが、それでも彼は立ち塞がらなければならない。

 全身に〈気〉を通わす。

 剣の抜き身の刃が月光に輝き、まばゆく光った。

 

「先に行くぜ、タツガン。俺の首はカマンの街に埋めてくれ」


 狂ったようにこちらに向かってくる騎馬隊に、孤剣携えて立ち塞がる蟷螂の斧。

 今のトゥトはそんなか弱き愚かな存在だった。

 脆弱な門の守り手。

 しかし、誰が知ろう。

 その愚かな、吹けば飛ぶような門番が、わずか二回の斬撃のために命を捨てていたことを。

 先頭を走る黒い騎士の手にした馬上槍がしごかれ、トゥトの胸を貫かんと伸びた。

 トゥトは前に出る。

 胸を狙った槍の穂先はその耳元を過ぎ去り、警護役の右耳を切り裂いた。

 同時にすれ違いざま、トゥトの剣が真っ向唐竹割りに振り下ろされる。

 魔導鎧に守られた騎士の右手が、両断されて握り締めた馬上槍と血潮とともに吹き飛ぶ。

 凄まじい勢いで腕を落とされた騎士は、愛馬から離れ、首から地面に落ちていった。

 トゥトが再び剣を上段に引き上げた時、すぐ前に迫っていたもう一騎の騎士が握っていた馬上槍が今度こそ彼の胸板を貫いた。

 肺から、背中までを完全に鋼鉄の凶器が貫通した。

 咽喉元を血が逆流する。

 だが、それでもトゥトは絶命しなかった。

 振り上げた剣をもう一度だけ斬り下げた。

 最後の、すべての呼吸をこめた必殺の一撃。

 刃は過たず黒い騎士の兜を割り、脳髄を破壊し、あろうことか咽喉元まで切断した。


「―――坊ちゃん、おさらばですぜ」


 西方鎮守聖士女騎士団の警護役第二席であるトゥトはそのまま生命を落とした。

 愛する故郷に二度と帰ることなく。


 ……その彼が屠った二騎を除く、八騎が次々と閉まる寸前の門の中に入っていく。

 止めようとした夜番の警護役二人が膾のように斬り殺されると、悪鬼の黒い風は死を撒き散らすために〈騎士の森〉の敷地内に突入する。

 まるで、門が閉まるタイミングを熟知しているかのような素早さだった。

 黒い騎士たちの目的はただ一つ。

 西方鎮守聖士女騎士団の本部を焼き尽くすこと。

 そのために、中に詰める多くの戦うすべを持たぬものを殺害し尽くすことを一切躊躇わぬ、黒き死の送り手たちだった。

 


 この時、黒い騎士たち―――通称〈雷馬兵団〉の呵責ない襲撃によって、聖士女騎士団の本部のほとんどの施設は灰燼に帰し、多くの非戦闘員の団員たちが重傷を負い、そして無残に亡くなった。

 死亡者は百三人。

その中には、聖士女騎士団の副将軍の名前がある。

 また、死者の倍近い数の負傷者名簿には、セスシス・ハーレイシーとハカリ・スペーンのものも含まれていた……。

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