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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十四話 カマナ地方奪還作戦
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盾の聖女

[第三者視点  カマンの街]


 落ち着いて観察してみると、眼前の敵の振るう剣型はどれも見覚えのある既知のものばかりだった。

 バイロンの騎士養成所で教授される、騎士のための基本的な剣型。

 聖士女騎士団においては、〈雷霧〉突撃のために自分なりの戦法の確立が優先されるために、授けられた型をそのまま使用しているものはいないが、ほぼ全員が学び修めている基本だ。

 ただし、基本の型であるがゆえに、極めれば単純に強い。

 ナオミがよく知るのは、愚直に基本を繰り返し、そこに自分の特徴を加え昇華したノンナ・アルバイの剣である。

 ノンナの剣は自分のリズムに巻き込む剣であり、基本的な剣舞を何度も腕が腫れるまで繰り返すことで身につけた努力の剣だった。

 あえて、今戦っている死体が蘇ったような魔物の剣筋を評価するのならば、それがもっとも近い。

 つまりは正式な騎士の剣なのだ。

 彼女が生前学んだものがそのまま宿っているのだろう。

 騎士のための剣技が。

 ナオミはまた目頭が熱くなるのを感じた。


(いずれ、どこかで死したとしても身につけた剣技は消えないものなのね……。涙を流して、土の味を噛み締めた努力の日々は決して人を裏切らないのかしら……)


 眼前の〈墓の騎士〉が、八年前に戦死した三期の隊長トモア・カレトであることをすでに疑ってはいない。

 繰り出される刺突が、迅すぎる斬撃が、生前の肉体の愚直なまでの鍛錬を物語っていた。

 たかが魔物に真似できるものではない。


(……でも、どうすればいいの?)


 ナオミは苦悩する。

 彼女が辿りついた思考の終着点は実のところ一つしかない。

 本気を出して迎え撃ち、襲ってくる魔物を退治することだけ。

 それしかない。

 だが、彼女にはその解は辛すぎてとれなかった。

 脳裏にあるのは、トモア・カレト―――〈犬死にカレト〉の凄惨な最期と晴れぬ汚名のことばかりだった。

 カジュラン子爵の卑劣な言い訳に端を発する聖士女騎士団への讒言は、主にすでに戦死していた一期から三期の騎士たちに向けられた。

「死ねばいいというのならどんな小娘でもできるわ」というものから、「役たたずどもめ」という直接的なものまでありとあらゆる罵倒が、批判派からなされた。

 死んだものには口がないのだから、どんなに抗弁したくてもできない。

 最も地位の高いザン家の当主であるオオタネアを迂回する形で、それらは執拗に行われた。

 そして、やはり特に酷く罵られたのは、トモアだった。

 彼女はもともとバイロンの一般の騎士階級の出身だった。

 当然、家族も親戚もいる。

 狙われたのはその遺族たちで、無数の名前もわからない人々に、あてこすられ嘲笑され、そして時に暴力の対象にまでなった。

 結果、カレトの一家は離散した。

 騎士団の維持に懸命になっていたオオタネアが、ようやく事態を把握した時にはもう手遅れだった。

 トモアの父親の騎士は自死し、母親は自死に果てしなく近い栄養失調での病死、年の離れた妹は狼藉者に攫われ、色町に売られるところをなんとかザン家に保護された。

 親戚一同にも大きな影響があり、それを恨まれて親族で孤立した結果の悲劇だった。

 すべてはとある工作によるものだと判明するのは、後年のことである。

 だが、その時点では、少なくない人々がよってたかって聖士女騎士団とトモアを生贄にしているようにしかみえていなかった。

 ……その経緯を知るナオミとしては、ただの魔物だからと割り切ってトモアが堕した魔物を退治するということは心情的に不可能に近かったのだ。

 さらに相対すればわかる。

 愚直に真摯に鍛錬した結果の、基本に忠実で美しい正当なる剣の型。

 清澄として、凛として、振るうものの心ばえさえも伝わってくるような奥行きのある斬撃。

 死者を動かす魔物である以上、当然のこととして、人の心など残っているはずがない。

 ただ、心はなくとも、魂は欠けていても、生きた証は剣技に宿り、確かにここにあるのだ。

 だから、ナオミは短槍を使い、しのぐことだけしかできなかった。

 雨あられの攻撃をただただしのいで、躱しきれなければ弾く。

 補佐として援護しなければならないはずのキルコさえもなすすべなく、それでも機会を窺うのが精一杯という必死の攻防であった。

 魔物は息をしないが、ナオミは疲労する。

 なんとかしなければジリ貧だとわかっていても、それだけしかできなかった。

 神殿の隅でまだ”ウー”が暴れている。

 一角聖獣(ユニコーン)の”ウー”のはじめての相方がトモアであった。

 であるからこそ、魔物と化した元の乗り手のために叫んでいるのだろう。

 騎士たちにユニコーンの言葉は通じない。

 だが、心を通わす中であるからこそ、その叫びは理解できた。

 一度亡くした懐かしい友が、こんな形で利用され、そして遺体を辱められているのだ。

 怒りで死にそうなぐらいなのだろう。

 ユニコーンの〈魔導障壁〉を使えば、すぐにでも〈墓の騎士〉を消滅させることができるのはノンナたちが確認済だ。

 だが、それを”ウー”を始めとするユニコーンたちにさせていいのか。

 平和を愛し、闘争を嫌う生き物に、かつての友を殺させるのが果たして罪とならないのか。

 答えは否である。

 つまり、今の魔物となったトモアをなんとかするのは人の騎士の仕事なのだ。

 だが……。

 しかし……。


「トモア先輩を討てと言われて、はいそうですかといけるものではありませんっ!」


 彼女は罪の象徴なのだ。

 そして、真に罪なき者なのだ。

 ナオミには彼女に向けて振るう刃が見つけられなかった。


「副隊長、ヤバイです。外に〈墓の騎士〉っぽいものがウロウロしはじめましたッス!」

「そうりゃっ!」


 アオが叫んだ。

 同時にヤンキが愛用の破砕槌を振るって、どこからともなく現れ、神殿の正門からはいりこもうとした黒い靄のような人型を吹き飛ばした。

 

「まさか、今はまだ昼間。アレのでる時間じゃない!」

「しかし、キルコ。確かに、〈墓の騎士〉ッスよ!」

「アオ、御託はいいから、手を動かせ」

「はいッス!」


 アオとヤンキの凸凹先輩後輩コンビは、そのまま正門に張り付く。

 侵入しようとする魔物を迎え撃つ算段だろう。

 同時に、キルコはさっき魔物(トモア)が姿を見せた神殿の奥に飛び込む。

 そこがもしかしたら侵入ルートになっている可能性があるからだ。

 そして、その予想はあたり、さきほどナオミが見過ごしたらしい一画に外へと繋がる通路が開いていた。

 幸い、閂が無事であったことから、そのまま閂をかけて扉を閉める。

 これでなんとかなるだろうと額の汗を拭ったキルコは、物陰に隠れていたもう一体の〈墓の騎士〉の攻撃を無防備な背中に受けてしまった。


「ちっ!」


 錆びた剣の一撃は、キルコの完全突撃騎行鎧に弾かれ、致命傷にはならなかったが、それでもわずかに血が吹き出した。

 キルコは地面に寝転がり、倒れ際にペティナイフを投擲する。

 ナイフの刃は〈墓の騎士〉の顔に命中し、わずかにその動きが止まる。


(こいつには刃が効く)


 キルコは二度目ということもあり、今ひとつ理解のできない生態を持つ〈墓の騎士〉に対して怯むことなく挑んだ。

 ナイフは牽制程度にしかならないとしても、剣は十分に効くはず。

 加えて、彼女の剣はプール家に伝わる魔剣〈指壊(しかい)〉。つい最近、折り合いの悪かった父親が「娘のために」と送ってきた家宝だ。

 まだまだ父親への不信は抜けていないが、それでも使命のためならどんなことでも行うという騎士団の方針を順守して、キルコはありがたく使わせてもらうことにしていた。

 ひと振りの魔剣があれば、〈雷霧〉ではどれほど有利に働くか身にしみているからこそ、小さなわだかまりにはこだわっている余裕はない。

 キルコは〈墓の騎士〉の足の脛あたりを横に薙いだ。

 本来の騎士の戦いにはありえない戦法だったとしても、彼女は気にもとめない。

 なぜなら、今ここで彼女が死ねば無防備な神殿内の仲間たちが危機に晒されるかもしれないのだから。

 体面も名誉も誇りも、仲間のためならいくらでも足蹴にできる。

 足を斬り飛ばされた〈墓の騎士〉は膝から崩れ落ちる。

 靄でできたような不定形な身体ははっきり言って気持ち悪い。

 バランスを崩して四つん這いになった魔物が顔を上げた時、キルコは拝み打ちで魔剣によって頭を割った。

 白く魔導を発する刃は確実に魔物の闇の生命を切り裂いて屠った。


「ほか、いない?」


 今度こそ、他の敵がいないことを確認すると、キルコは仲間のもとへ戻った。

 神殿の中央では以前、ナオミとトモアの戦いが繰り広げられていた。

 状況はほとんど変わらない。

 違うのは、ナオミの息が荒くなっていることだけだった。

 戦楯士騎士団の精鋭から四半刻(約三十分)防御し抜いたあの鉄壁の少女騎士が苦戦している。

 それだけでキルコは状況がまずくなる一方であると悟る。

 ルーユの村では夜になってから出現したはずの魔物が、まだ昼間だというのに大手を振って闊歩している現状はあまり良いものとは言えない。

 あの時と違って、ユニコーンたちが傍にいてくれていることは幸運ではあるが。

 しかし、多勢に無勢。

 数で押し込まれたら最悪だ。

 そして、まずできることは少しでも状況を挽回するために動くことだが、それには指揮を執るべき副隊長が自由になることが必要であろう。

 ということは、やるべきことは、あの〈墓の騎士〉を討ち果たし、ナオミを本来の役目に戻らせることだ。


「……副隊長、戦って」


 キルコの願いは届いた。

 ただ、叶えてはもらえなかった。

 ナオミはまだ防御に徹するだけで反撃をしようともしていない。

 

「いつまで……」


 言葉を切る。

 わかっている。

 彼女の想いは。

 ただ、今は飲み込んでもらわなければならない。

 ここは街中とはいえ、〈雷霧〉の中なのだ。

 危険しかない、いつ何時自分たちが全滅してもおかしくない魔に蹂躙された世界なのだ。

 感傷に浸り、めそめそしていていい場所ではない。


「いつまで愚図愚図しているの、ナオミ・シャイズアル!」


 キルコは力の限り叫ぶ。


「”ウー”にいつまで悪夢を見させる気なの! みんなを守るんでしょ! 背中にあるものすべてを守るんでしょ!」


 トモアを指して、


「それでもその先輩の尊厳を守りつづけるというのなら、貴女はみんなを見捨てることになる!」


 基本的に彼女は怒鳴ることはしないし、叫ぶことも稀だ。

 ただ、感情が希薄なわけではない。

 むしろ、誰よりも激情型ともいえるだろう。

 でなければ戦場で死のうなんて思わない。


「戦って、その魔物を仕留めなさい!」


 カーン、と〈墓の騎士〉の剣が弾き飛び、高らかに音が鳴り響く。

 ぐるりと短槍を回し、柄をしごいて刃を立てる。

 

「……生意気言わないで」


 ナオミは愚痴るように呟いた。

 顔を伏せたまま、

 

「人の気も知らないで……」


 そして、


「……守るわよ、守ればいいんでしょ! どいつもこいつも片っ端から、私の背中についてきなさい! タナよりも、マイよりも、オオタネアさまよりも、私が誰よりも一番みんなを守ってあげるわよっ!」


 西方鎮守聖士女騎士団の歴代で最硬の防御を誇る少女が喚いた。


「トモア・カレトっ! 貴女の遺言、このナオミ・シャイズアルがきっと叶えてあげます。だから、今はここでおやすみください!」


 その決意が届いたのかどうか、〈墓の騎士〉と化したトモアがナオミに飛びかかる。

 凄まじい早さを誇る石火の攻撃だった。

 だが、ナオミの眼には緩慢な動きにしか見えない。

 後の先を極めた結果、最早、どのような攻撃でさえも蠅が止まったかのようにしか見えなくなっていた。

 それは、難攻不落の鉄壁と言われ、〈盾の聖女〉と謳われた少女騎士が覚醒した瞬間だった。

 突如、ナオミの短槍の穂先が煌めいた。

 なんということもない、自然な掌中の動きが自在に槍を操った結果だった。

 鋭い槍の刃がそのまま吸い込まれるように、トモアの胴体を刺し貫いた。

 青銀の鎧を歯牙にもかけぬ容易さだった。

 二人の騎士の交差する瞬間、髑髏の眼窩深く、闇に隠された場所に光るものが見えた。

 少なくとも、ナオミにはそう見えた。

 三期の隊長の亡骸にとりついた〈墓の騎士〉はそのまま地面に落ち、二度と動くことはなかった。

 ナオミがわずかな感慨を抱いていた時、


「……キルコ先輩、上っ!」


 カイ・セウが突然叫んだ時、神殿の上にある円形の天窓から黒い影が落下してきた。

 一、ニ、三……。

 新たな〈墓の騎士〉が降って来たのだ。

 だが、すでに上部に不穏な気配を感じていたキルコは即座に一体を仕留める。

 ナオミが目をやると、神殿の正門においての攻防も熾烈さを増していた。

 

「西方鎮守聖士女騎士団別働隊っ! 気を緩めるな、ここを絶対に死守するぞっ!」


 ……カマナ地方奪還作戦はいまだ終わっていない。

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