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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十四話 カマナ地方奪還作戦
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騎士トモア・カレト

[第三者視点  カマンの街]


 ナオミたち、正式な西方鎮守聖士女騎士団に所属する騎士たちが纏う鎧は、設立時に王家の肝いりで発注された特別な品である。

 金属を嫌がるユニコーンたちに拒絶反応を起こさせないためということと、彼らの〈魔導障壁〉の効果をあげるという二点のため、バイロンで生産される青銀を錬金加工して生産されたものだ。

 女性が纏うことを念頭に入れられているため、全体的に細身のシルエットであり、飾り模様などの細やかな意匠も施され、丁寧な工芸品のようでさえある。

 また、気功術の練気の補助ができるように、各部に〈気〉を伝導する工夫が凝らされていた。

 そのおかげもあってか、完全突撃騎行鎧を纏った騎士たちは通常よりも長時間の練気が可能となっている。

 だが、なによりも少女たちの誇りとなっているのは、左右の胸部に彫られた二つの浮き彫りだった。

 剣と槍が交叉する青と赤の盾の紋章。

 ユニコーンの横顔に百合の花をあしらった肖像。

 それは、ユニコーンの騎士、〈聖獣の乗り手〉、〈悪霧を貫くもの〉、様々な異名を与えられた西方鎮守聖士女騎士団の騎士の証しだった。

 彼女たちだけが掲げることを許された誇りの印。

 その鎧を纏っている魔物の登場に、全員が瞠目していた。


「……〈墓の騎士〉」


 キルコが呟いた。

 その名前にナオミは聞き覚えがあった。

 数ヶ月前にとある村で、セスシス・ハーレイシーとノンナたちの一行が遭遇したという怪奇な魔物のものだった。

 報告書を読んだ上、ナオミ自身もそくばくかの意見を求められたこともある。

 だが、このような場所で遭遇するとは考えたこともなった。

 しかも、それが自分たちしか纏うことが許されない青銀の鎧をつけているのだ。


「キルコ、この魔物はその〈墓の騎士〉で間違いないの?」

「細部に違いは感じるけど、放つ〈気〉の種類や鼻をつく臭いは同じ。不死身じゃないけど、きっと強い」

「私の援護をしなさい」

「了解」


 ナオミは短槍を構えて前に出る。

 そして、まるで人を相手にするかのように問う。


「……その鎧、もしかして貴方は聖士女騎士団の騎士であったのでしょうか」


 兜の下の髑髏の眼窩には何も見えない。

 黒い空洞があるだけだ。

 それでもナオミは問いかけずにはいられなかった。

 眼前に立つ奇怪な魔物が、もしかしたら自分たちの散っていった先輩なのかもしれないからだった。

 だが、魔物―――〈墓の騎士〉は応えることはない。

 知性どころか生命の輝きさえ感じ取れない死者であるのだから当然だ。


「ブロロロロロロォォォォ!!」


 突然、神殿の隅に集められていたユニコーンのうち一頭が叫びだした。

 嘶きではなく、それはまさに咆哮だった。

 彼女たちの誰も見たことのない恐慌状態だった。

 恐ろしい形相でこちらを―――いや、ナオミと対峙する魔物を凝視している。

 まるで死に別れた懐かしい恋人を見るかのように、必死に。


「”ウー”ちゃん、ちょっと落ち着いて!」


 臨時にユニコーンの世話係となっているカイ・セウが叫ぶ。

 だが、叫び続けている”ウー”は激しく馬体を揺らし、あまりの勢いに近寄ることもできない。

 他のユニコーンたちがなだめようと身体をぶつけるが、暴れる”ウー”を抑えることはできない。

 唯一の救いは、”ウー”がその場を動こうとしないことだけだった。

 

「カイ、”ウー”を制してっ!」

「だ、ダメですぅ! “ウー”ちゃん、興奮していて何を言っているかほとんど聞き取れません! 何か、名前みたいなものを叫んでいるのはわかるんですがっ!」

「なんて言っているの!」

「えっと、ずっと『トモア』って叫んでいますぅ!」


 その『トモア』という名前の意味にすぐ気がついたのは、ナオミとヤンキだけだった。

 やや遅れてキルコとアオもはっとする。

 カイだけは気がついていなかったが、それはまだ十四期が騎士団の歴史について不十分だったからにすぎない。

 本来は知っていて当然の名前なのだ。


「『トモア』って……」

「もしかして……」


 ヤンキが放心する。

 あの気楽な彼女までが眼を呆然と見開く。

 ナオミも同様だった。


「トモア・カレト……。あの……」

 

 その時、今まで沈黙を守っていた〈墓の騎士〉が剣を振りかざし飛びかかってきた。

 ところどころが錆び付いて切れ味の落ちた剣を、ボロボロな見かけとは裏腹に的確に振り回し、ナオミに襲いかかる。

 動きは早くない。

 防御に特化したナオミが見切れない類のものではない。

 ただし、その一撃の重さは想定外だった。

 一度、短槍の柄で受けたとしても、グイっとさらに押し込むように人間離れした力を込めてくるのだ。

 すると弾き飛ばすタイミングを失い、そのまま次の攻撃にさらされることとなる。

 オオタネアのように気功術である〈握〉の達人と試合っている気分になる立会いだった。

 錆びた剣はともかく、その刃筋を立てた攻撃は、十分に剣技と呼べるものであり、この魔物がただの反応と殺意で動く敵でないことは明白だ。

 生前の剣技がこの動く亡骸の中でそのまま生きているのだ。

 そして、何よりもナオミ自身が迷っていた。

 眼前の敵の正体―――いや、素性を知ってしまった今となっては。


「トモア・カレト先輩……三期の隊長……」


 そして、


「―――〈犬死にカレト〉」


 ナオミの目尻に熱い水滴が浮かんだ……。


          ◇


 結論だけを言えば、聖士女騎士団三期の騎士たちの特攻は、撤退する天装士騎士団とその麾下にあった多くの兵士たちの生命を救った。

 無残に崩され瓦解した陣形を立て直し、撤退するまでの時間を稼ぐことができたからだ。

 その数は数千人。

 同時に避難もしていた多くの民の生命も救っていることになる。

 しかし、カマナ地方に発生した〈雷霧〉の〈核〉を消滅させることができず、結果としてバイロンは版図を失った。

 バイロンとしては初めてのことであった。

 そして、王都に戻り、その責任を問われたとき、天装士騎士団の指揮官を勤めていたカジュラン子爵は、こう言い放った。


「すべては西方鎮守聖士女騎士団の騎士たちが、突撃の機会を逸したのが原因である」


 彼の率いる騎士団が巧妙を焦り、無茶な作戦を実行しようとしたことは誰の目にも明らかであった。

 後に、天装士騎士団が解散を命じられ、彼は任を解かれた上、処刑されたのがその証である。

 その処分には事実を知った当時まだ若いストゥーム王の怒りがこめられていたという。

 だが、このカジュランの責任逃れの発言は国論に波紋を呼んだ。

 カジュランは西方でも有力な貴族であったこともあり、当時、ザン家の専横を恐れたいくつかの有力者がその発言を擁護したからだ。

 すると、バイロン国民の中にもカジュランを支持する声が起こり始める。

 意味もわからず同調するものたちが増えたのだ。

 そして、いつのまにか、天装士騎士団のみならず無謀な突撃を敢行したとして三期の隊長であったトモア・カレトが戦犯扱いをされるようになっていく。

 曰く、「国土を無駄に〈雷霧〉に明け渡した愚かな騎士」として。

 彼女の救った何千の兵士たちのことは無視され、ただカマナ地方を喪失したことだけが注目されていった。

 これまでくすぶっていた聖士女騎士団への侮辱的な蔑称がまかり通っていくのは、これ以後のことである。

 トモアが望んだ、「人々への希望のため」という突撃は、ただの犬死にまで貶められ、彼女は希代の愚者として辱められた。

 オオタネアの必死な抗弁も実らず、彼女に下された渾名は、


〈犬死にカレト〉


 決して認められない汚名であった。

 

 トモア・カレトの逸話の中にこういうものがある。

 あるとき、演習中に大きな失敗をして自軍敗北の原因を作った少女がいた。

 その少女はそれから失敗しないようにすべてが消極的になり、同時に周囲から距離を置くようになっていた。

 仲間たちが常に彼女のことを責めているかのような疑心暗鬼にとらわれていたからだ。

 だが、その少女はトモアの一言で変わった。


「貴女は皆が自分を責めていると思っているみたいだけど、もしかして私が失敗したら

貴女もそんな風に私の悪口を言うの?」

「い、いえ、言いません!」

「そうでしょ。だったら、皆だって貴女の悪口を言ったりしないと思うわ。それに貴女の失敗は頑張った上でのものよ。少なくとも私はそう思っているから。もうしなければいいだけ」


 その励ましを受けて少女は立ち直り、彼女はその短い生涯を最後までトモアとともに送り、〈雷霧〉の中まで付き従うことになる。

 騎士団の古株は皆、そんな三期の優しい隊長のことを忘れていない。

 オオタネアを始めとする騎士団の主幹が、カマナ地方奪還作戦にただならぬ執念を燃やす原因の一つは、この謂れのない汚名を受けた優しい少女のためでもあった……。

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