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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十四話 カマナ地方奪還作戦
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廃墟の街

[第三者視点  カマンの街]


 西方鎮守聖士女騎士団の本隊が一騎の騎馬に苦戦を強いられていたのと同時刻、ナオミ・シャイズアル率いる別働隊は打ち捨てられたカマンの街にたどり着いていた。

 一台の馬車と護衛の四騎の騎馬しかいない別働隊は、まともな戦闘には耐えられない程度の戦力しか有していない。

 そのため、できる限り戦闘を避けることを念頭に慎重に進み続け、予定よりもやや遅れた到着となったのである。

 途中で数匹の〈手長〉に遭遇したが、並外れた視力を持つアオ・グランズが気づかれる前に発見し、それを大幅に迂回することで一度も戦わずに済ませることができていた。


「……ナオミ副隊長、今のところ街の中には魔物の姿は見えないッス」

「ご苦労さま、アオ。そのまま街の様子をつぶさに観察していて。カマンが〈雷霧〉に浸食されてからは中がどうなっているかは誰にもわからないんだから、貴女の眼だけが頼りよ」

「了解ッス」


 御者役のアオに指示を出してから、ナオミは共に馬車の斜め前に位置を取るヤンキ・トーガにも一声かける。


「ヤンキ先輩、右翼方面は変わりませんか?」

「んー、特に何もないなあ。私の自慢の破砕槌(つち)を振るう余地もないよ」

「戦わないにこしたことはないのでは」

「それはそうだけどさ。私も腕に覚えのある騎士の一人だからねぇ。ちょっとは血が滾るんだよ」


 ヤンキはイヒヒと笑った。

 心底楽しそうな顔をしている。

 ナオミはこの豪放磊落な美人の先輩がどういう人格の持ち主なのかを、ほんの数日の付き合いで完璧に理解していた。

 精鋭揃いの十二期の中では戦技という部分で劣るが、その分の並外れた胆力と神経の太さを兼ね備えた屈強で頼もしい先輩だった。

 ただし、その剽軽で冗談が大好きという性格については閉口していた。

 ナオミのように骨の髄まで真面目な女の子には、やや接しにくい相手だからだ。

 もっとも、彼女が自分の元に配置された訳を理解できていないということではない。


(わたしが責任を背負い込み過ぎないように、ということでしょうね)


 一定数の集団の中に、陽気なムードメーカーを用意するということは往々にしてある。

 それがどういうタイプであるかは人によって千差万別だが、その存在だけで場の空気を変えることができるというのは得難い素質であり、戦う集団においては特に重宝されることが多い。

 厳しい正論を吐くことができるお目付け役と共に、全体をまとめるためには用意したほうがいい人材である。

 十三期の中ではタナがこの役割をこなすことが多いが、彼女の場合は盛り上げ役であり、ヤンキのように場の空気を緩くさせてリラックスを求めるものではない。

 ナオミのように生真面目なリーダーの下では、むしろヤンキのような緩いタイプが向いているのだろう。

 彼女を配置したアンズの見識が正しいかどうかはともかく、確かにヤンキの存在のおかげでナオミの肩の力が抜けていることは事実だった。


「ナオミ副隊長、左翼も問題なし」

「後方も大丈夫ですぅ」


 キルコ・プールとカイ・セウからの報告が上がったことを確認して、ナオミは命令した。


「よし、カマンの街に侵入します。街の地図は全員の頭の中に入っていると思うから、打ち合わせの通りに東南の道を行って、そのままロイアネン神殿に移動する。神殿の外郭部を一周後、危険がなければ突入。いいわね!」

「「「了解っ!」」」


 全員が返事して、一行はナオミを先頭にして街中に入った。

 カマンの街は、もともと〈青銀の第一王国〉ロイアンの時代から存在しており、王都バウマンの次ぐらいに歴史の深い都市である。

〈雷霧〉に侵食されるまでの人口は一万人ほどだが、〈赤鐘の王国〉との窓口と関所も兼ねる要所として位置づけられていたことから、西方の流通の中心としての役割も果たしていた。

 それだけでなく、代官所にも二百人の兵士が常時配置されたうえ、同時にカマナ地方の領主の率いる騎士たちも詰めており、国境の防衛のための要所でもあった。

 古い歴史を持つだけあって街並みも古く、轍の痕が残った石畳や同じく石造りの建物が軒を連ね、ビブロンよりも王都に近い趣きを誇る古都だった。

 ただ、人っ子一人いないおかげか、雑草やおかしな形に捻じ曲がった潅木などが物悲しく不気味な雰囲気を発している。

 十年間、誰も住むことがなければ街というものは容易く老いて死を迎えるのだとカマンの街は訴えているかのようだった。

〈雷霧〉の黒い霧が靄のように包み込む風景から、全員が目を離せないでいた。


「……タツおじさん、これを見たら悲しむッスね」

「そうだね」


 ポツリとアオがつぶやき、キルコがそれを受けた。

 この街について何も知らない彼女たちでさえ、物悲しいのだ。

 街を愛していた住民にとってはとても耐え難い光景だろうと。


「私たちが負けたら、他の街もこんなになってしまうのですかねぇ……」


 カイが泣きそうな声で言う。

 初めて〈雷霧〉の中を見た彼女にとって、この光景は相当の衝撃があった。

 突きつけられた死の街という現実は、この魔道士くずれの少女にとっては今までの想像を遥かに上回る悲惨なものだったからだ。

 この時になって、カイは聖士女騎士団の守るものがどういったものであるかを、頭でなく心で理解したのだ。


「なに、明日にはここの〈雷霧〉も晴れて、皆が帰ってこられるようになるさ。なんといっても〈核〉を潰しに行ったのはうちのアンズ隊長が率いる無敵の騎士たちなんだぞ。大丈夫、大丈夫」

「……ヤンキ先輩」

「そんな辛気臭い顔すんなってば」


 後輩が沈みそうになったらすかさず声をかけるヤンキ。

 それが自分の使命であることという以上に、声をかけずにはいられないお節介な女なのである。

 もっとも、ヤンキにしてみたら思っていることを素直に語っているだけで、特段変わったことを言っているつもりはない。

 先に行った本隊が予定通りの戦火を上げてくることを信じきっていたのである。


(まるでセスシスみたいですね)


 ナオミはふとそんな感想を抱いた。

 いつもは彼女たちのためにセスシス・ハーレイシーがしている励ましの声かけを、今回はヤンキがしてくれているのだ。

 だが、天然な彼女と違って、彼女たちの教導騎士の場合は、いつも意識しての明るい振る舞いに違いない。

 ナオミの知っている彼は、真面目で一生懸命な努力家であるが、そんなに陽気な男ではない。

 年下の少女たちのために色々と無理をしているのだろうな、と結論づけている。

 そんなことを思うと、背中が少し寂しくなった。

 前のように彼が後ろにいてくれたら、きっと自分はもっと頑張れたのだろうに。


(まあ、それもわたしが肩に力を入れすぎな原因の一つだと判断されたのでしょうね。ふふ、オオタネア様はなんでもお見通しということですか)


 街には全くと言っていいほど魔物の姿がなかった。

 ここにたどり着くまでの道のりにおいては、それなりに感じた気配さえもない。

 どうやら〈雷霧〉の中で支配地となった人の居住区は、魔物にとってなんの価値もない場所なのだろう。

 おそらく、侵食当時は残留している生物を排除するために大挙して押し寄せてきたとしても、完全に制圧したあとはほぼ無視となったのではないか、とナオミは推測した。

 そうであるならば、彼女たちの任務は比較的危険の少ない状態で行える。

 気を抜いて警戒を怠ることこそしないが、すこしだけ気が緩んだ。

 そして、一行は目的地としていたロイアネン神殿に達した。

 周囲をぐるりと一周し、何もいないことを確認すると、ヤンキとキルコの二騎を開け放たれていた正門から中に突入させる。

 しばらく経って二人からの安全だという報告が入ると、馬車を慎重に神殿内に入れた。

 

 ロイアネン神殿は、もともとロイアンで信仰されていた〈青き天空の神〉を祀るためのものであり、各地に建設されている。

 だが、ここカマンのものはその中で特に凝った造りのものとして有名であり、〈雷霧〉に飲み込まれる以前は多くの信者が巡礼に訪れていた場所である。

 どのように凝っているかというと、二十四間(44メートル)ほどの直径の円堂に半球形のドームが乗った構造で、床からドーム頂部までも同じ二十四間と計算してつくられている。

 また、頂上部には採光のための円形の天窓があり、窮屈さがなく、石造りによる質量を感じさせない。

 これだけの建物であるにも関わらず、カイにも魔導を感じさせないことから、魔導を使わず石工の技術のみで造られたということが驚きであった。

 これは下部の基本となるところを念入りに構築し、壁が高くなるにつれて材質を軽いものに使い分けて、精緻に築き上げられたということである。

 建築の知識のない少女たちですら、あまりの荘厳さに打ち震えてしまうほどに素晴らしい建物であった。

 中はもともと礼拝のための長机と椅子が用意されていたようだが、まともに原型を整えているものはなく、無残に破壊されていた。

〈手長〉の仕業である。

 床につけられた大剣の傷跡をみれば一目瞭然だった。


「……副隊長」

「なに?」


 キルコに呼ばれて行くと、中央の机の残骸に隠れるようにして、数体分の人骨が転がっていた。

 この神殿に追い詰められ、神の助けもなく無慈悲に殺された者たちの亡骸だった。

 頭蓋骨の数が四つということは、おそらく四人分の遺体ということだろう。

 はっきりしないのはまともに五体が揃ったものがひとつもないからだった。

 殺されただけでなく、死んだ後も遺体を無残に陵辱され、破壊された痕なのだろう。

 

「全部、集めてから隅に寄せておいて。あとで街の人が戻ってきたら弔ってもらおう」

「うん」

「わたしたちは何もしてあげられないけど、せめて丁寧に扱うぐらいはしてあげて」

「わかった」


 キルコが布に遺骨を集めている間、カイとヤンキが馬車の荷物を降ろして、そのまま拠点となる準備を整える。

 要は籠城ができるように正門を固めるのだ。

 アオはその目を使っての見張り。

 街の中心部にはいないとしても、どこに魔物が潜んでいるかわからない状況であることに変わりはないからだ。

 その間、ナオミは神殿内の探索を行った。

 礼拝施設としての本堂内は広いが、それ以外は数人がくつろげる程度の部屋がいくつかあるだけで、外部への裏口もあったが、一人が通れる程度の広さで〈手長〉のような巨人では潜ることもできないものだ。

 また、上部の天窓は開閉式らしいが、そのための仕組みがどこにあるかがわからない状態でもあった。

 

「ナオミ副隊長、終わったよ」

「わかりました。先輩はそのままアオと一緒に見張りに入ってください。それから、カイはユニコーンたちの面倒をみておいて。本隊がやってくる時間までに、神殿(ここ)の確保を完全にします」


 その命令を受けて、皆が動き出す。

 カイ・セウが全員の相方と馬車を引いていた三頭を隅に連れて行き、そのままブラシをかけるなどの世話を開始する。

 教導騎士から、「俺がいないときはカイに色々とやらせておけ」と指示されていたので、それに従ったのだ。

 魔道士くずれということで、ユニコーンの〈念話〉が少し聞き取れるというのがその理由だ。

 ナオミとしては、一度くらい相方のエフとお喋りがしてみたいのだが、それは結局のところ叶わぬ夢となりそうなので、少しだけカイが羨ましかった。


「……いいわね」


 その時、先ほど戸締りを確認した神殿の裏口から何かの壊れる音が聞こえてきた。

 しかも、それは自然に聞こえることがありえるようなものではなく、間違いなく異質なものだった。

 ナオミの全身に警戒のためのスイッチが入った。

 すぐに愛用の短槍の鞘を外す。

 隣を見ると、いつのまにかキルコが抜剣して並んでいた。

 彼女もあの音を聞きつけたのだろう。

 一瞬だけ、目と目を合わせ頷くと、そのまま揃って駆け出す。

 何があったかはわからない。

 しかし、ここは敵地だ。

 どんなことがあっても不思議ではなく、それはすべからく脅威の範疇に含まれるものだ。

 そして、何よりも彼女たちはここを死守しなければならないのだった。

 躊躇うことなどありえない。

 ナオミが裏口に続く部屋にはいろうとした時、暗がりから光る剣先が彼女を襲った。

 難なく弾き飛ばす。

 それだけでなく、弾いた方向もすぐには剣を引き付けることができないように相手の左側に限定する。

 人の腕の筋肉の構造を把握した上での、無意識でありながら計算された弾き方だった。

 そして、自分はその相手側に向けて交差気味に槍を突き出す。

 必殺の突きだった。

 相手の素性などは考えない。

 ここは〈雷霧〉の中である。何度も繰り返すが、ここは敵地なのだ。

 襲いかかるものはすべて敵として認定する。

 だが、ナオミの攻撃は確かに当たったが、肉を貫く手応えを感じさせなかった。


「?!」


 未知の悪寒が背筋を走る。

 ナオミは後方に飛び退った。 

 すかさず、前方の空間にキルコがペティナイフを投擲する。

 だが、それも何かに刺さる音は聞こえなかった。

 まるで、何もそこには存在しないかのように。

 しかし、そこに確かに攻撃を仕掛けてきたものはいるはずなのだ。


 ゆらり、と暗闇の中からにじみ出るように現れたものがいた。

 まるで白い紙を汚す染みのように。

 例えれば、清水にぶちまけられた泥のごとく。

 妖々と。


「その鎧……?」

「まさか!」


 二人の少女は絶句した。

 驚きのあまり声が出ない。

 なぜなら、その鎧は青い銀でできていて彼女たちの纏っているものと寸分違わぬ意匠が施されていたからだった。


 青銀で鋳造された完全突撃騎行鎧。


 西方鎮守聖士女騎士団に所属する騎士だけに与えられる名誉の鎧だった。

 だが、それを纏うものにははっきりと肉体と呼べるようなものはなく、黒い靄のような不定形な姿をしていた。

 そして、その兜の下には顔がなく、ただ、人の髑髏のみが存在していた。

 ああ、なんたることか、武器を構える二人の前に現れたものは……。


「……わたしたちの先輩なのですか!」


 歩く魔と化した、かつてのユニコーンの騎士の亡骸であった……。

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