異世界のレコンキスタ
カマナ地方奪還作戦。
これはバイロンの国民が、いや、全人類が待ち望んでいた初めての〈雷霧〉への反撃となる作戦である。
目的は、その名の通りにカマナ地方を侵食している〈雷霧〉の〈核〉を破壊し、薄汚い黒い霧を排除すること。
作戦担当の中核は西方鎮守聖士女騎士団であり、その補助として王都守護戦楯士騎士団とゴニア領の騎士たちがあたる。
それ以外にも、王家が募集した多くの騎士や兵士が派遣されることになっていた。
参加人数は、二万以上。
これだけの大攻勢は、北の蛮族との一大合戦以来、数十年ぶりという話だ。
もっとも、どれだけの人数が参加したとしても〈雷霧〉の中に突撃できるのは、結局のところ、ユニコーンの騎士たちだけなのですべてが外縁での陽動作戦のための人材となってしまうのだが。
ただし、外縁でそれだけの人数が陽動に入れば、〈雷霧〉の中の魔物たちはそれに釣られてゾロゾロと顔を出すのは間違いないので、その分だけ中の魔物の総数は減ることになる。
ユニコーンの騎士たちにとっては危険が少なくなるのだ。
だから、陽動は多ければ多いほど助かるのは事実だった。
現場の総指揮権はダンスロット・メルガン将軍が執り、副将としてサニ・バルテ・ゴニアがあてられていた。
ゴニア伯爵の御曹司の傍には、オオタネア・ザン将軍が指南役として配置され、〈雷霧〉戦の情報提供を行うことになっている。
切り札たる〈聖獣の乗り手〉は全体の中央に位置するダンスロット将軍の麾下に入り、その突撃の命令は彼が下すことになった。
全体的な作戦としては、これまでに培われてきて、三ヶ月前のボルスア戦でも有効性が確認された手順が採用された。
この手順については以前から〈霧釣り〉と非公式に呼ばれていたことから、そのままそれが名前として認められた。
後のことであるが、ダンスロット・メルガンはこの〈霧釣り〉についての指揮能力の高さから〈釣り将〉と称えられることになる。
◇
こうして、全体の戦略が完全に整えられると、あとは俺たち聖士女騎士団の細かい戦術が問題となってくる。
今回は時間もあったことから、細部まで念入りに検討された緻密な計画が練りだされた。
作戦に参加するのは二十一名。
実行隊長はアンズ・ヴルト。
副隊長にノンナ・アルバイ。
そして、別働隊の隊長としてナオミ・シャイズアルが選ばれた。
「別働隊?」
ひと月前に俺の質問に答えたのは、ノンナだった。
「はい、今回は途中で部隊を二つに割って、片方は〈核〉破壊以外の別行動をとります」
「……危険じゃないのか? そもそも、ただでさえ少数の部隊を二つに割ることは反対だな。それよりも全体でことにあたって〈核〉を安全に破壊したほうがいい。……まあ、理由があるんだろうけどさ。聞かせてくれ」
「今回は魔導加工を施した馬車を一台引いていきます。そのために乗り手のいないユニコーンも三頭連れて行くことになりました」
そういえば、少し前にアンズから「ユニコーンに馬車を引かせても怒られないか」を尋ねられたことがある。
処女を乗り手とする以外に、労働馬の真似をさせたりして聖獣のご機嫌を損ねないかが聞きたかったのだろう。
俺はそのことについて”アー”に尋ねたところ、「御者が麗しき処女であるのならば、我慢しなくもないし、そのあとで頸筋を思いっきり抱擁してくれて頬擦りでもしてくれれば特にいうことはない」という言質を採った。
要するに、エロい行為で慰めてくれればなんでも許すということだ。
聖獣としての矜持はどこに消えてしまったのか問いただしたくなる。
「馬車なんか引いていったら、行軍速度が遅くなるだろう。〈雷霧〉の中では速度が生命線なのにどういうことだ?」
「問題は距離なんです……」
ノンナの説明を簡単にすると、こういうことだった。
今回の〈雷霧〉は完全に固着してしまったもので、範囲も広く、中心にある〈核〉まで順調にたどり着けたとしても、早朝に突入して午後までかかるおそれがある。下手をすれば夕方ちかくまでかかるかもしれない。
〈雷霧〉内での夜間の移動はなによりも危険であるのに、もし夕方までかかるとすると完全消滅までの復路はその夜になってしまう。
そうであるならば、〈雷霧〉での夜を安全に過ごすために策を練らなければならず、考え出されたのが途中にあるカマンの街での籠城というものだった。
カマンには幾つかの大きな建物があり、そこにはユニコーンが二十騎余裕で入れるドーム状のものがあるらしい。
そこが健在であれば、〈核〉を潰して夜になる前に街に入れば、ある程度は安全に一夜を明かすことができる。
夜を徹して走るよりは遥かに安全だということだ。
距離的にも、〈核〉があると思われる場所からちょうどいい地点にあるそうだ。
ただし、現在のカマンの街がどのような状態であるかはわからず、〈核〉を潰して疲労困憊の状態でさらに新しい作業をこなすというのは難しい話である。
そのため、馬車を用意して別働隊を作り、そちらに先行させて街の様子を窺い、可能ならば拠点となる場所を用意するということらしい。
もっとも、リスクはかなり高い。
隊を二つに分けることの危険性は前回で身をもって体験しているからだ。
しかし、逆に経験はあると言い換えることができる。
少人数の隊でも魔物の襲撃を避けて進む経験は積んでいるということでもあるからだ。
「……わかった。作戦内容は理解した。じゃあ、馬車を組み込んだ教練もしないとならないな。別働隊の面子は決まっているのか?」
「ナオミとアオ、キルコ、そして十二期のヤンキ先輩が入る予定です」
「ヤンキって、あの鍛冶屋出身のか?」
「ええ、よくご存知ですね。馬車の調整がヤンキ先輩の仕事になります」
「あいつには陛下に頂いた〈瑪瑙砕き〉を是非見たいと何度もせがまれて閉口した記憶がある。結局、押しに負けて見せたけどさ」
「……ああ、先輩、武器に目がないですから。あと、騎士ハーレイシーはもう少し押しに強くなったほうがいいですよ。無防備過ぎます」
「え、あ、ああ、わかった。気をつける。……それはいいとして、ヤンキも腕は確かだが、ただ、ちょっと心配だから、もう一人ぐらいはたしておけよ。さすがに四人では心もとないだろう」
後に、この面子に魔道士くずれのカイ・セウが加わることになる。
「しかし、馬車なんて〈雷霧〉の雷のいい的にならないか?」
「その点はご心配なく。基本的にあの雷は生物限定みたいですから。仮に馬車にあたっても、放電のための仕組みは用意してあります」
「準備は万全か。前から検討はしていたんだな」
「オオタネア様は用意周到ですから」
俺はこの会話のあと、一ヶ月をかけてナオミを中心とした別働隊の訓練に付き添った。
馬車を加えた陣形ということで最初は色々と苦心したが、隊長をナオミが務めるということでさすがの座学トップの実力を遺憾なく発揮し、問題点は片っ端から修正していき、最後にはかなりしっかりとまとまった。
馬車を中心において、最前衛をナオミ、左右にキルコとヤンキ、殿にカイという布陣で、馬車についてはアオが基本的に御者となる。
やや護衛としては頼りない印象があるが、アオの〈眼〉やカイの魔導、そして頭のいいナオミやキルコの組み合わせはいざというときにはかなり頼りになるはずだった。
馬車は、四頭立ての四輪のもので、かなりの大型だ。王都で以前からこの作戦ために特注で頼んでいたらしい。本番では予備の武器や一日分の食料も積むそうだ。
雷から御者の身を守るため、ユニコーンの〈魔導障壁〉が届くように、やや御者席が凸型をした特徴ある形になっていて、ややごつい造りとなっていた。
馬車を引く四頭のユニコーンは、アオの相方の“ハー”と相方のいない三頭の暇そうな奴をあてがった。
さすがにユニコーンの四頭立てとなると、かなりの速度を出すことができ、行軍の速さも予想よりはダウンしそうになかった。
それに、この時点では俺も別働隊に参加する予定でいたのだが、あとでオオタネアから参戦禁止を言い渡されたので結局訓練に関わることしかできなかったのだが。
「……セスシスがこれに乗ってくれないと聞いて、少し残念です」
出立の前に、馬車の準備をしているとナオミが突然、そんなことを言ってきた。
「最初は俺もついていく予定だったんだけどな。将軍に直々に止められちゃ、どうにもならない。悪かったな、手伝ってやれなくて」
「オオタネア様のお気持ちもわかりますから……」
十三期というか、騎士団全体でもナオミとハーニェはオオタネアの直弟子の印象が強い。
その考えもよくわかっているのだろう。
「まあ、俺は足でまといだからな。無理してついていって、おまえたちの足を引っ張ったら本末転倒だ」
「そんなことはないです! 貴方を足手まといだなんて思ったことはないです!」
ふざけてみたら、思いのほか真剣に否定された。
「今回の馬車についてだって、貴方がいてくれなかったら、今みたいにうまくいくことはなかったでしょう。貴方には感謝の言葉しかありません」
「そうか、それなら良かった」
「それに、貴方が献身的に支えてくれているからこそ、わたしたちは心置きなく戦えるんです」
背中がむず痒くなった。
そこまで褒められることはしていない。
普通に仕事をしているだけなのに。
過大評価されすぎている。
「おまえ、結婚詐欺に騙されるタイプだな」
「な、何を言っているんです!」
「あまり男の行動をいいように解釈するなよ。男ってのは下心丸出しなんだから」
「けけ、結婚だなんて! まだ早いですし、わ、わたしたちは〈聖獣の乗り手〉なんです! してはいけません!」
「……話を聞けよ。結婚詐欺の話だって。誰が結婚するって話をしているんだよ。おまえ、普段は冷静沈着なのにどうしてたまにそんなに狼狽えるんだ? お兄さんは心配だよ……」
うーん、ナオミは普段から真面目で潔癖なせいか、どうもこういう冗談に過敏なんだよな。
ユニコーンに中々慣れなかったのも、こういうところがあるからなんだろうし。
「でも、おまえがそういう風に言ってくれるのは嬉しいよ。今度も無事に帰ってこいよ。また、王都の家族に無事な姿を見せて、安心させてやれ」
「……はい」
俺はナオミの頭を撫でてやった。
才女で通っているこいつには不釣合いな行為かもしれないし、もしかしたら怒らせてしまうかもしれないけど、これはちょっとした礼のかわりだ。
今回は〈雷霧〉にまでついて行ってやれないけど、絶対に生きて帰ってこいよ。
また、全員で練習や演習をしような。
「みんなを守るんだろ? 頑張れよ」
「守ります。わたしの背中にあるものすべてを、きっと」
「よし、上等だ。その意気でいけ!」
ナオミは力強く頷いた。
少年のように凛々しい美貌が晴れやかに輝く。
俺はそれを眩しく感じ、そして、今回の戦いへの必勝を胸の中で神に願うのだった……。




