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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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霧の中から……

[第三者視点 バイロン西域]


 バイロンの西域はほぼすべて〈雷霧〉の領域と化している。

 そして、次の〈雷霧〉がいつ発生するかわからない以上、そのための警戒を怠れないことは揺るぎない事実である。

 したがって、王国は常に西域に多くの兵を派遣し、その監視を続けている。

 具体的には、西域に領地を持つ貴族たちに、資金と人員の援助をし、かつ、定期的に既存の騎士団による巡回をさせるという形だ。

 地域によってやり方は違うが、警戒のポイントはすでに形式化されており、基本的には同じ作業の繰り返しとなっているのだが。

 その騎士隊長は、数人の部下を引き連れて、元はカマナ地方と呼ばれていた地域を侵食した〈雷霧〉を監視していた。


「隊長、そろそろ今日の監視折り返し地点です」

「そうか。特に異常はなく終わりそうだな」

「……一度膨張が固定してしまった〈雷霧〉はそれ以上大きくなることはありませんからね。こうやって監視するのもあまり意味のある行為とは思えませんがね」

「同感です」

「そう言うな。〈雷霧〉から抜け出してくる魔物の討伐も我らの仕事には入っている。完全に無駄な作業という訳ではない」


 彼らの仕事は、既存の〈雷霧〉の縁を馬で移動し、遠眼鏡でもって再膨張をしていないか、もしくは〈手長〉等の魔物が姿を現さないかの監視であった。

 前者については、今までにも確認されたことはなかったが、後者についてはかなり頻繁に発生している。

 そして、はぐれ魔物が一匹程度ならばそのまま討伐し、数が多い場合は本隊と合流して押し包んで始末することとなっていた。

 ただ、ほとんどの場合は何も変化のないルーティンワークばかりだ。

 これが〈雷霧〉の〈核〉の発生を監視する部隊だともう少し勝手が違うのだが、彼らにとっては慣れた仕事といえた。

 

「……あと少しすれば、あの薄汚い霧ともオサラバだと思っても、なんの感慨も湧きませんね」

「あたりまえだ。あんな気分の悪いもの、さっさと消えてしまえばいいんだ」

「聖士女騎士団が来るのは五日後ですか。わりと楽しみなんですよ、オレは」

「ああ、すげえ美女の集団だって話だよなっ! ワクワクするぜ。なあ、もし近くに来たら口説いてもいいのかな?」

「やめとけ、やめとけ。美女なんてきっと噂だけだぜ。〈雷霧(あのなか)〉に突っ込んでいける度胸を持った女が普通なわけあるもんか。絶対に化け物みたいなご面相に間違いないって」

「け、夢がねえなあ、おまえ。それともなにか? 王都にいる婚約者さまにバレると怖いってか? やだやだ度胸のない男は」

「ほっとけ。結婚する相手もいないやつに言われたくないぜ」


 部下たちがいつものように退屈しのぎのバカ話をするのを背中で聞きながら、隊長は黙々と馬を走らせた。

 あと数日でカマナ奪回作戦が開始される。

 その時には、もう二度と訪れることができないと思っていた故郷の土を踏めることになるだろう。

 あれから八年間、何度夢見てきたことか。

 両親の墓や、早世した妻と過ごしたかつての我が家に、ついに帰参することが叶うのだ。

 眼前に望むあの黒い霧によって奪われた、彼の懐かしい思い出が蘇る。

 同時に、あそこから逃げ出した時の、あの屈辱の時間も。

 そして、彼とその仲間を助けるために散っていった西方鎮守聖士女騎士団の騎士の、すれ違った時の美しい横顔を。

 だが、それもあと少しだ。

 長い長い後悔と罪悪感が、ついに解消される日が来るのかもしれない。

 あの〈雷霧〉が消滅することで。


「……隊長」


 かつてない物思いにふけっていたせいか、すぐに自分の名前が呼ばれたことに気がつかなかった。

 慌てて振り向いて問う。


「なんだ?」

「あれ、ちょっと見てください」


 部下の指差した先を見ると、丸く広がる〈雷霧〉の一部に、何か蠢くものがある。

 あんなところにいるということは、〈手長〉か〈脚長〉か……。

 とにかくわかったことは、〈雷霧〉から出てこようとする何かがいるということだ。


「魔物どもめ。性懲りもなく人里に出てこようとしているのか?」

「例の報告にあった〈肩眼〉という奴かもしれません。まだ、ボルスアにしか出てきていないそうですけど、気をつけてください」

「何匹だ? 一匹か、二匹なら、本隊に報告しないでここで討伐してしまったほうがいいだろう」


 隊長の指示を受けて、遠眼鏡で監視していた騎士が眉間にしわを寄せた。

 普段はお喋りな若者が急に静かになったので、さすがに同僚が心配して肩を叩く。


「おい、どうした?」

「……おかしいですよ、隊長」

「何がだ?」


 本来報告にあたって、こんな曖昧な言い方は認められない。

 もっと具体的に説明するように指導しているし、いつもははっきりと的確に答えている。

 それが奥歯に物が挟まったような言い方をして、まったく訂正しようともしない。

 隊長は不審に感じ、自分でも遠眼鏡を覗いてみた。

 そして、部下の常ならぬ振る舞いの意味を理解した。


「……どういうことだ、あれは?」


 彼の目に映ったのは、決してありえない光景。


 ―――〈雷霧〉の中から、数十人単位の騎馬集団が出現するというものだった。


 最初は見間違えかと思ったが、〈手長〉や〈脚長〉のような異形の巨体ではなく、おそらくは自分たち人と同じ体格を持ち、手には人造物と思われる揃いの武器を握っている。

 漆黒に染め上げられた黒い甲冑をまとい、同様に黒い該当を羽織った姿はまるで陽光によって生まれた影のようであった。

 そして、何よりも甲冑の集団が歩ませる巨大な体躯をした黒い馬の威容。

 まるで神話から抜け出してでも来たかのような雄々しい体躯。

 隊長はかつて一度だけ見たことのあるある生き物との類似点に目が釘付けになった。


「あれは……まるで……」


 バイロンの騎士たちが遠くから見つめる中、黒い騎馬たちは続々と〈雷霧〉の中から姿を現し、最終的にはその数は百騎ほどになった。

 不思議なことに、あの魔力でできた稲妻が嵐のように降り注ぐ〈雷霧〉の中にいたというのに、騎馬たちにはなんの被害も受けていなさそうだった。

 それどころか、ただの散策の帰りでもあるかのように自然だった。


「ありえねえ……」

「あいつら、〈雷霧〉から無傷で出てきやがった……」

「マジかよ」


 騎士たちは口々に呟く。

 それはそうだろう。

 あの薄汚い危険な霧の中を無傷で通り抜けられるものなど、彼らの知る限りではただ一つの例外しかないのだから。

 あの騎士たちはまるで……


「まるで、ユニコーンの騎士みたいじゃないですか……」


 核心をつく発言を誰かがした。

 そして、彼らに気づくこともなく、黒い騎馬の集団はそのまま東の方角に向けて走り出した。

 何事もなかったかのように。

 悪い夢でも見たかのように立ち尽くすバイロンの騎士たちを残して。





 ―――これが、後にバイロンを襲った黒い騎馬集団、別名〈雷馬兵団(らいばへいだん)〉が正式に確認された初めての目撃例となる。

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