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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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次点の恋

[第三者視点]


 さすがに宿舎からだと尾行していることが露見しやすいと考え、タナとハーニェは十四期と教導騎士が合流したのを確認すると、すかさず馬に乗り、先にビブロンへと向かった。

 二人共帽子にメガネという露骨な変装だったが、騎士服でなければバレないだろうという予測によるものだ。

 もっとも、ハーニェの格好はズボンとシャツにベストという、男装といってもいい姿だったので、二人で並ぶと仲のいいカップルに見えなくもなかった。

 騎士団では地味な部類のハーニェだが、少年の格好をするとなかなか端正な顔立ちの美少年風になるのだ。

 一方のタナは、美少女ぶりに拍車をかけないようにあえて化粧もせず、豊かな髪も帽子に突っ込むことでごまかしていた。

 ただし、彼女たちの顔はビブロンの街では有名すぎるぐらいに有名であり、馬方に馬を預けていた時から、周囲の注目を一身に浴びていた。

 変装したとしてもすぐに見破られてしまうほど、ある意味では行政の長である代官よりも、彼女たちの顔は知られていたのだ。

 それは、主に騎士団が陰で販売しているブロマイドやグッズが原因ではあるが、その他にも彼女たちがビブロンで行ったいくつかの示威行動のせいでもあった。

 帽子とメガネ程度では逆に目立ってしまうぐらいなのだ。

 もっとも、ほとんどの市民は、二人がわざわざ変装をしている事情を察して遠巻きにする程度で追求してきたりはしなかった。

 中には空気を読まずに話しかけてくるものもいたが、

 

「あれ、タナ様、どうされたんですか?」

「しー、今日の私はお忍びなの。みんな、お願いだから話しかけないでね」

「無理でしょう。タナ様のご尊顔はみなが見知っていますよ」

「だから頼んでいるんじゃない。いい、今日の私はタナ・ユーカーじゃなくて、そのあたりの普通の女の子のタナなんだから」

「いつものようにハーニェ様にご迷惑をおかけしてはいけませんよ」

「オ、オレは……」

「いーの。ハーニェは私の親友なんだから。あと、いつものようにってどういうこと? 私がいつハーニェに迷惑をかけたっていうのよ。……まったく、みんなはもう邪魔だから近寄ってこないでね。私たちはこれから忙しいの」


 たいていはこんな感じで追い払われた。

 話しかけた人々は苦笑いをしながら、彼女たちから離れていく。

 ビブロンの民は、この陽気で直截な美少女のことを愛していた。沼椿での大喧嘩やキィランとの決闘などの事件での胸のすくような働きと、休暇のときに街で見せる奔放な振る舞いが、彼女の人気を不動のものとしていた。

 だから、ちょっと不審な行動をしたとしても、いつものこととして微笑みとともに見守られてしまうのだ。

 タナやナオミほどではないが、ハーニェもそれなりに人気がある。

 教練中のタナを撮影したブロマイドの端には、常に彼女が写りこんでいることから、タナとセットで認知され、二人の関係について色々と想像を膨らまされた結果だった。

 本人の無口さと「オレ」という呼称が、一部の民の妄想を膨らませたこともある。

 そういうわけで、ハーニェ本人にとっては納得いかないかもしれないが、「タナの右腕」である彼女は、実は特定の層にとっての人気者になっていたのだ。


「……騎士団の馬が何頭か繋がれていた。たぶん、みんなも遊びに来ているんだろう」

「ナオミは部屋で本を読んでいたから、ミィやアオたちじゃないかなあ」

「見つかると面倒だよ」

「じゃあ、ミィたちからは見つけ次第逃げ出す方針で」


 二人が色々と相談していると、予想よりは遅れて、セスシスが御者を務める馬車が馬引き場に到着した。

 十四期たちが続々と降りてくるが、人々は綺麗な女の子の集団だとしか思わないらしく、あまり注目を浴びてはいなかった。

 すでにボルスア〈雷霧〉戦での活躍から英雄に祭り上げられているタナたちと比べて、まだお披露目もされていない十四期ではそれも当然ではあったが。

 もちろん、幾人かの目端がきくものは、彼女たちの素性を感づいてはいたものの、行動をおこすようなものはでなかった。


「むむむ、カイ・セウめ……。エレンルもか……」


 先頭を歩くセスシスのすぐそばでちょこまかと歩くカイと、なにくれとなく彼に話しかけようとする十四期の副長を見て、タナがギギギとハンカチを噛む。

 わざとやっているのか、ただの冗談なのかはわからないが、やきもちを焼いているらしいことはハーニェにもわかった。

 

「タナちゃんだって、普段、あんなものじゃないか」

「私はもうちょっと遠慮しているよ!」

「ああ、タナちゃんの中ではそうなんだろうけどね。実際はあんなもんだよ」

「違うもーん」


 やや離れて十四期たちの後を追う彼女たちに、街の人間が好奇の視線を送っていることにさえ気づかない。

 それだけ真剣に尾行しているのだが、傍から見るととても微笑ましくちょっと間抜けな光景だった。

 途中で、二人をたまたま見つけたミィナたち年少組が、なんとなく恥ずかしくなって声をかけるのを止めて逃げ出したというほどに。

 一行が代官所脇の支所に入り、それから出てくるまでに、のちにセスシスたちが食べたものと同じ焼き菓子で腹を満たし、じっと見張りを続けた。

 ハーニェは時折欠伸が止まらなくて困るのだが、タナは余所見もしないで見張りに集中している。


(よく、この根気が続くなあ)


 タナが教導騎士にベタ惚れなのはわかっているので、だったら普通にデートでも誘えばいいのにと思ったが、よく考えれば自分たちにはその資格がない。

 前回こそ運良く生き残ったが、〈雷霧〉に突貫して再度生き残れる保証はどこにもないのだ。

 自分の想いを叶えるのはいいが、その後に戦死しようものなら、残された相手はどうすればいい。

 だから、例え恋心があったとしても、それははっきりと表に出してはいけないものだ。

 その点で、教導騎士が、ユニコーンの友としてというだけでなく、女子の恋心に極めて鈍感なところは救いであるといえた。

 タナを含めた、彼に懸想している女の子たちは、ただ憧れと恋心を抱くだけは許されているのだから。

 翻って、ハーニェはどうだろう?

 セスシスのことは好きだが、それは年上の頼りになる男性への敬愛程度であり、恋愛に該当するようなものではない。

 ただ、皆のように、いつか恋に落ちたりしてしまうことはあるのだろうか。


(それはないな)


 ハーニェは首を横に振った。

 彼女は自分が美人でないことは自覚している。

 太陽のような可愛らしさを持つタナ、少年のように凛々しいナオミ、楚々としたクゥ、華々しい美しさを誇るマイアン、気高く可憐なキルコ、知的で端正なノンナ……。

 他のとんでもない美少女ぞろいの仲間たちと比べたら、彼女は不美人とはいえなくても、地味でダサいただの女の子だ。

 仲間の輝きの反射光で、それとなく評価されているだけのこと。

 それは聖士女騎士団に入団した時の経緯と同じだ。

 次点で欠員ができたからなんとか入団できたという彼女にとって、華やかな仲間たちの艶やかさはまぶしすぎるものだった。

 今でこそ、タナの右腕として騎士団の中核扱いされているが、それだってタナという巨星のおかげであり、彼女自身が認められたものではない。

 いつまでも、誰かの次点でいなければならないのか。

 そう思うからこそ、教導騎士に惹かれることはないと言い切れてしまうのだろう。

 恋においてまで、次点にはなりたくないから。


「……オレは、タナちゃんには敵わない」

「ん、なんか言った?」

「いや、別に何でもない。あ、教導騎士たち、動いたよ。市場に行くみたい」

「ははーん。予定通りだと、今度はご飯を食べに行くつもりだな。よし、先回りしよう」


 慣れた近道を走り出したタナに、後ろから追いすがって訊く。


「なんで、教導騎士たちの予定なんか知っているんだ?」

「ユギンさんが教えてくれたの」


 あなたの情報が漏洩しているよ、教導騎士。

 少しだけセスシスが可哀想になった。

 あの可哀想な男性のプライバシーは基本的に守られていないらしい。

 人通りの少ない道にでると、タナはキョロキョロして、


「確か、セシィが懇意にしている店があったような……。十五人ぐらいが入れる店構えで……」

「それなら、あれかな?」


 ハーニェは看板になにやら大きな貝殻が埋め込まれた店を指差した。

 かなり大きな店だ。

 あれなら十五人ぐらいは入れるだろうか。


「ぐっじょぶ、ハーニェ。きっとあれだよ。なんか、海で採れた気持ち悪い食材ばかり扱っているってムーラが言ってた!」


 そう叫ぶと、タナは店内に直行する。

 セスシスたちが来る前に、見張りやすい席を確保するためだ。

 店内はかなり広かったので場所取りは容易だったが、十四期の一行がやってきたのはそれからすぐだったので間一髪であったらしい。

 じっとただ十四期(そちら)を見守っているだけでは、怪しい人物と変わりがないということもあり、タナがお品書きを手にとる。


「……うーん、なにがいいかな。実は私、海の食べ物って魚ぐらいしか知らないんだよね」

「オレはなんでもいいよ」

「じゃあ、ものは試しだしね。変わったものにしてみようか」

「……あまり変なものは嫌だな。ねぇ、今、教導騎士が頼んだスープにしてみたらどうだろう。えっと、エビと青菜のスープっていうのかな、これ? ……それを二つで」


 給仕が注文を受けて、すぐに盆の上にお椀を二つ持ってきた。

 少しだけ独特の生臭い臭いがしたが、だからといって気持ち悪くなるわけではない。

 タナはスプーンで、奇妙な形の塊を持ち上げ、興味津々といった顔で見つめている。

 それがエビと呼ばれる生き物であることは知っていたが、山奥育ちのハーニェは見たことがなかった。

 多少不気味だったこともあり、まずは見慣れた青菜から食べてみると、味が沁みていてとてもコクがある。

 おお、と思わず声が漏れた。

 それから意を決してエビを口に入れてみる。

 意外と歯ごたえがあったが、それでも簡単に歯で食いちぎれた。

 予想よりも甘い。

 もっと肉に近いものかと思ったが、一部の木の芽に似た甘さがあった。


(美味しいな)


 と、今までは食べたことのなかった肉を飲み込み、それからスープをすする。

 これも優しく、口の中がふわりと温かくなる美味だった。

 あまりに美味だったので、もう一口、飲もうとしたとき、突然、腔内に柔らかい不気味なものが詰め込まれたような感触が襲う。

 いきなり鳩尾から喉までを何かが逆走する。

 ハーニェは椀を取り落とし、そして、テーブルに突っ伏した。

 いつのまにか上半身の動きが取れなくなっていた。

 何が起きたかはわからないが、とにかく彼女の全身がぶるぶると(おこり)にかかったように震えだし、ハーニェは口中のものをぺっと吐き出した。

 目が痛くなる。

 しかも、その痛みは頭骨の中から針で刺されるようだった。

 息ができなくなっていた。

 必死で空気を吸おうとするが、なかなかうまくいかない。


「ハーニェ!」


 タナが叫ぶ声が聞こえた。

 絶望的な叫びに聞こえた。


(タナちゃんを……泣かせちゃいけない)


 以前、教導騎士が言っていた。

 友達の泣く声は何よりも辛いと。

 だから、心配ないと、気にしないでと答えようとしたが、まったく舌が回らない。

 呼吸もできないのに、声など出せるはずもないということを、ハーニェは思いつきもしなかった。

 それよりも、タナのことが心配だった。

 タナを泣かせたくない。

 そのことだけがハーニェの脳裏を占めていた。


「どうした?」


 頭上からセスシスの声が聞こえた。

 ハーニェは苦しみながらも、安堵して胸をなでおろす自分を感じた。

 ああ、教導騎士が来てくれたのならもう大丈夫。

 この人がタナちゃんを泣かせるわけがない。

 瀕死の自分のことよりも、ハーニェは親友のことが心配だったので、その憂いは杞憂に終わることになる。


(お願い、教導騎士。タナちゃんを頼むよ)


 だが、そんな彼女の願いはセスシス・ハーレイシーには届くことなく、ハーニェ・グウェルトンの意識は一気に反転して、闇に飲まれていった……。

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