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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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騎士ムーラのお勧め

 十四期の騎士たちとビブロンまで行くということになってはいたが、実際のところ、集まるメンバーは五、六人になるだろうと俺は踏んでいた。

 朝方のカイ・セウの話によると、十四期はまだ仲間意識や連帯感などが十分に養われておらず、自分の都合を優先させるだろうと思われたからだ。

 ここで若い女の集団特有の同調圧力などで無理やり参加させられても、こちらが要求する関係性というのは育たない。

 目的を最優先にできるドライな男性の集団と違って、女―――しかも子供と変わらない年齢であることを考慮すると、自然に団体行動の中で培われてほしいのだが、それはなかなかに難しい。

 意識改革というのは、小さなことの積み重ねによるものであり、一朝一夕でできるものではなく、今日のビブロンへの小遠征で少しでもマシになれば良い程度の認識だった。

 だが、宿舎の前に集まったのは、十五人全員。

 それぞれ小さなグループに分かれてはいたものの、全員がこのちょっとした遠征に参加してくれたのだ。

 中には気の進まないものもいるだろうし、どういう思惑によるものかはともかく、とりあえず顔を出そうとしてくれただけでもよかった。

 端の方には全員が乗れる大きさの中型三頭引き馬車も用意されていて、全員が同じ乗り物で移動できるというのもいい。

 ユギンが用意してくれたのだろう。


「教導騎士さま。十四期全員、揃いましたわ」


 と、エレンルが代表して言うので、俺は頷いて馬車に乗るように促した。


「強制とかはしていないよな」

「いいえ、そのようなことは。ところで、強制してはいけないのですか?」

「……あたりまえだ。これはただのお出掛けで、軍務じゃない。羽を伸ばして仲間同士で親密になることが大切なんだ。無理強いされたら、どんな旅行だって心からは楽しめないだろう」


 エレンルは微妙に納得できていないようだった。

 それほど顔を合わせている訳ではないが、やはり大貴族の娘という出自がかかわっているのか、彼女は極端に形式にとらわれるところがある。

 要するにお堅いのだ。

 規則にうるさく、立場にこだわりやすい。

 そのくせ、シノと決闘騒ぎを起こしたりするように感情が激しく揺れ動くので、ちょっとした口論が日常茶飯事だ。

 もっとも、副長であることを意識しているのか、最近ではそういうシーンは減り、むしろ直情径行のあるシノのフォローに回ることが多くなっていた。


「軍務ではなくとも、騎士である以上、常に上からの指示に従うようにするべきなのではありませんか?」

「〈雷霧〉の中では指示待ちしかできない騎士はすぐに死ぬ。自己判断が生死をわける戦場なんだ。そのあたりはナオミとかに聞いているだろう」

「それは、そうですが」

「指示を出す側にも出される側にも、どちらに立ってもすぐに動けるようにしなければならないということを、おまえももう少し肝に銘じておけ」


 そう言って、俺たちは最後に馬車に乗った。

 御者は俺の仕事だ。

 ゆっくりと馬を発進させると、最初は無口だった車内も少しずつ会話が始まりだし、ビブロンに着く頃にはかなり盛り上がっていた。

 もともと若い娘の集まりだ。

 きっかけがあればすぐに大騒ぎになる。

 俺はたまにでる質問の受け答えをしながら、全員の発言を聞き逃さないようにして、注意点を見つけることを行った。

 シノとエレンルの二人の隊長格は、どうやら全員とそれなりに関係を築けているらしいことや、カイも思ったよりは話しかけられていること、あと、十三期では意外にナオミが人気があるらしいことなど、情報収集は充分達成できた。

 しかし、三ヶ月近く共同生活していて仲良しにはなれても、今ひとつ、信頼関係のようなものは形成できていない理由もわかった。

 どうやら、先輩たちばかりを見すぎていて、やや同期を軽くみている節があるようだった。

 このあたり、ほとんど自分たちだけで先輩抜きに養成されていた十三期と違って、十四期は既存のチームありきでそこにはめこまれる形で育成されている以上、仕方のないことかもしれない。

 同期イコール共に戦う仲間であり、死ぬときは一緒かもしれないということが、まだ理解できていないのだ。

 結論から言えば、オオタネアの犯した珍しい失策だといえる。

 つまり、今までは〈雷霧〉戦の度に騎士が全滅して、また新しく育てなおすということを繰り返していたせいで、継続性というものに微妙な歪みが生じていたのだ。

 十四期はある意味で、はじめてのパターンということに思い寄らなかったことが原因なのだろう。

 教育っていうのは大変なんだな、と俺は改めて思い知った。

 馬車はビブロンの入口の馬方の業者に預けて、俺は十四期を引き連れてまず代官所に向かった。

 ビブロンで三番目ぐらいの大きさの施設周辺は、目の前に街内最大の広場があり、出店も多く、この街の中心といえる場所である。

 代官所の脇には、オオタネアが私費で買い上げた西方鎮守聖士女騎士団の支所があり、普段は数人の文人騎士や従兵が詰めている。

 門番には、男の警護役が半日交代で立っているため、ざっと見ただけでは聖士女騎士団の関係施設には見えない。

 代官所についての説明は簡単に済ませ、それから全員を支所の中に案内し、ここがビブロンでいざということがあったときの俺たちにとっての拠点となることを説明する。

 何人かは実感がないのか理解できなかったようだが、さすがに見習いとはいえ〈雷霧〉戦に随兵した経験のあるシノあたりは厳しい表情で説明に聞き入っていた。

 それから、広場に出て、以前、ムーラに教えてもらった焼き菓子の出店に向かう。

 ここの焼き菓子は、タンパク質の配合を変えた小麦粉にバターと砂糖を混ぜ、釜で焼き上げた一口大のもので、表面はサクサクだが、中身はふっくらしていてとても旨い。

 最初ということもあり、全員分の金は俺が払った。

 騎士たちは人通りのある場所で立ち食いするということに戸惑っていたが、そのうち甘い匂いに耐えられなくなり、全員がかぶりついて食べ始める。


「……教導騎士さま。普通は、こういうのはダメなんですよ」


 と、シノが言う。

 なんでも、騎士にとって歩き食いというのは行儀の悪い行為であるという話だ。


「この焼き菓子は、店の前で頬張って食べるものだからな、そのあたりは目をつむってくれ」

「あたしよりは、エレンルの方が怒りそうだけどね」


 確かに、あの堅物な性格には向いていないかもしれない。

 そう思って様子を見てみると、意外や意外、普通に食べていた。

 頬っぺが落ちそうだよ、とでも叫びだしそうなぐらいにいい笑顔だ。

 一つ食べたあとで我慢できなかったのか、自費でもう一つ購入しようとまでしている。


「……気にしていなさそうだぞ」

「あいつ……普段はうるさいくせに……甘いものについてはすぐに矜持を曲げやがって」


 少しだけ不満げなシノだった。

 ただ、憎々しげというよりも、呆れたような愉快そうな、とても複雑な顔をしていた。

 ああ、貴族の娘とつきあうと大変だよな。

 と、俺は某大貴族の令嬢にして、現上司の女の顔を思い浮かべた。


 ……それから、俺たちは広場を横切り、隣接する市場まで足を伸ばした。

 そこは野菜やらなにやらの生活必需品を売る出店でごった返した、ビブロンの街でもっとも騒がしく活気に満ちた地域である。

 売店以外にも、少し空いた場所では、大道芸人たちが興味深い変わった芸をしたり、異国の音楽を奏でたりして騒々しい。

 静かな森の奥で暮らしている俺にとってはかなりのストレスとなるが、十四期たちは久しぶりに外に出たということもあり、この雰囲気を楽しんでいるようだった。

 客引きに引っかかって無理やり商品を買わされそうになったりする者もいて、引率者としては目が離せない。

 さすがに十五人を一人で引率するのは無理だったかと後悔しかけたところで、ようやく市場を抜けて少し閑散とした通りに出る。

 ここから少し先に行くと、予定していた店につく。

 変わった食いもの屋でメシでも食いながら語らおうという芸のない趣向である。

 その店は、街の南にある港から仕入れた魚介類を料理する店で、夜は飲み屋だったが、昼間はうまくて軽い食事をだすということで有名だった。

 元々二つの店を附合させた建物であることから、間取りも広く、十五人が余裕で入れるということで選んだ店だった。

 俺たち以外にも、奥の方に数人の客がいたが、時間が時間なのでそれほど混雑してはいない。

 入口から入ろうとしたときに、またしてもここを紹介してくれたムーラが、


「へへぇ、ハーちゃんが海の幸が好きだっていうんで、わざわざ見つけておいたとっておきの店なんだよ。感謝してよねぇ」


 と、俺の肩をバシバシ叩きながら自慢げに語ってくれたのを思い出す。

 バイロンは内陸に王都がある関係上、あまり海の魚介類には縁のない場所であることから、そういう食べ物に出会うことがあまりない。

 たまたまそういう話をしたあとに、ムーラが知人のツテを頼りに見つけてくれたのがここだった。

 干しイカを使った煮物なんてものを食べたのはこの世界に来てから初めてだったから、俺は思わず泣きそうになった。

 ムーラは笑いながら、俺が食べるのを見ていてくれた。

 そういう思い出がある。

 他の騎士たちはあまりエビとかを好まないので、警護役たちぐらいしかここにつれてきたことがない。

 ただ、ムーラとの懐かしいやりとりを大事にしたかっただけかもしれないが。

 それでも、彼女の後輩のこれからのために使わせてもらうとすると、俺にはここが一番だと思っていた。

 全員が適当に席に着いて、俺が注文をだす。

 お品書きをみても、海の魚介類に縁のない連中には想像できないからだ。


「はいよ、ハーさん」


 店の大将が注文を聞いて、人数分の前菜のエビと青菜のスープを用意してくれた。

 俺の大好物だ。

 スープの元は干し貝柱なので、ややクセがあるが、舌越しが柔らかく味わい繊細なのにコクがある。

 食べるのに箸が欲しいところだが、この世界ではフォークとスプーン、そしてトングのような道具しかないのでそれで我慢しなければならない。

 十四期の騎士たちは最初は独特の匂いに戸惑ったものの、一口飲めば味がわかるのか、すぐに一杯飲み干してしまう。

 それを確認すると、次は小麦粉を練った生地で野菜と肉を混ぜ合わせた餡を包み、それをさっきとは違うスープで煮た料理が出てきた。

 これは俺が店主にアイディアを提供して作ってもらったもので、いつのまにかこの店の名物になっている。

 要するに、水餃子の一種だ。

 やや生地の粉の質が悪いのは、やはり異世界だからだと思われるが、あとはそれほど違和感がない。

 醤油がないのが残念だし、ラー油も作り方を知らないので用意できない。

 その代わりにここでは甘酢をかけて食べるようになっている。

 なかなか爽やかな味で、つるりと食べられるのどごしもいい。

 酒が飲みたくなるが、さすがに昼間から教え子の前では飲めないので我慢した。


「……美味しいですう」


 ちゃっかり隣に座っているカイ・セウが舌鼓をうった。

 こいつは意外と大食らいで水餃子モドキをすでに五つも平らげている。


「食いすぎるなよ」

「大丈夫ですよぉ。こう見えても私ぃ、胃だけは丈夫ですから」

「女が自慢できる話じゃないだろ」

「あとぉ、〈少年騎士〉さまぁ、写真の件を忘れないでくださいねぇ」

「わかっているよ。取引は守る」

 

 確か、写真館のようなものも裏通りにあったはずだし、そこに行けばいいか。

 他の連中の様子を見る限り、それなりに楽しめてはいるようだ。

 あまり縁のない食い物だから、珍しいということもあるのだろう。

 ただ、これをきっかけにして人間関係が劇的に仲良くなるということはないだろうが。

 人間というのはそこまでお気楽にはできていない。

 こういう日常の積み重ねを続けていくか、それとも刺激的なのっぴきならない事態に遭遇するか、そういうことでもないと難しいだろう。

 あと一週間後には、カマナ奪還作戦が始まる。

 それまでに、こいつらが少しでも堅い仲間との信頼関係を築ければいいのだが……。

 などと思考しながら、新しく運ばれてきた炒めた魚介と米を合わせたパエリアのようなものをかっこんでいると、聞き覚えのある声がした。

 最初は気のせいかと思ったが、声だけでなく呼びかける名前にまで覚えがあった。

 俺が慌ててそちらを見ると、店の奥、もう一つの店があった場所のテーブルの上で一人の少女がなにやら叫んでいた。

 帽子とメガネをかけているが、すぐにわかる。

 タナ・ユーカーだった。

 彼女は必死になって、テーブルに突っ伏したもうひとりの少女の名前を呼びかけている

 その様子は明らかに尋常ではない。

 何かあったのだ。

 タナがなぜここにいたのかはよくわからない。

 教えた覚えはないので、たぶん、隠れた名店として休暇を利用してやってきていたのだろう。

 もしかして、ムーラが教えていたのかもしれない。

 俺はそのままタナのもとへ向かった。

 十四期たちもついてきたが、構っている暇はない。

 

「どうした?」


 俺が声をかけると、タナは、


「セシィ! ハーニェが、ハーニェが!」


 突っ伏して何やら震えているのはハーニェだった。

 喉を押さえて呼吸ができなくなっているかのように、ゼエハア言っていた。

 それだけではない。

 すでに机の上にはハーニェがもどしたと思われる嘔吐物がわずかにある。


「吐いたのか」

「う、うん、少しだけ」


 俺はまず毒の存在を疑った。

 つい何ヶ月か前には俺は致死量の毒を飲まされ、死に瀕した記憶がある。

 だからこそ、真っ先に考えついたのだが、よく考えてみるとハーニェを毒で暗殺する必要性はない。

 あり得るとするとまだタナの方が可能性が高いが、タナとてただの騎士団員でしかない。

 毒で暗殺される理由はない。

 ただし、毒の可能性を完全に否定はできない。

 魔道士あがりのカイを呼んで、〈解毒〉の魔導をかけさせる。

 もし、毒ならば少しは効果があるはずだ。

 だが、カイは〈解毒〉をかけても首を振るだけだった。


「だ、だめですぅ。これはぁ毒のせいではありません」

「そうか」


 俺はテーブルの上にあるものを見た。

 グラスが二つとスープのための椀が二つ。

 中に入っているのは、俺たちが食べたものと同じ、エビと青菜のスープ。

 しかし、同じものを食べたはずの俺たちには影響はない。

 試しに全員に聞いてみると、調子が悪くなったものはいない。

 食中毒ではなさそうだ。


 ならば、これはなんだ?

 病気なのか?


 俺はとにかくハーニェを、脱いだ俺の上着の上に寝かせ、呼吸を楽にさせるために衣服をはだけさせる。

 その時、のどのあたりに赤い斑点が浮かんでいるのが見えた。

 いつものハーニェにはないものだ。

 この症状によるものか。

 一瞬、かつての世界の記憶が蘇る。

 もしかして……。


「ハーニェ、しっかりしろよ」


 俺は自分の妄想に近い想像があたっていることを期待して、必要な手段をとるために、一つの名前を呼んだ。


「モミィィィィ!」


 すると、騒ぎを遠巻きに見ていた野次馬の中から、西方鎮守聖士女騎士団の若き間者が慌てて顔を出してきた……。

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