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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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騎士カイ・セウの傾向と対策

 西方鎮守聖士女騎士団の本部、宿舎、そして訓練施設のある〈騎士の森〉は、その名のとおり緑豊かなひとつの森を丸々利用している。

 利便性という点では不自由極まりないが、緑に囲まれた生活のいいところは、集中力を回復しやすく、心理状態を良好に保ち、そして人の気性や性質を快活にする効果があることである。

 自然が人の心に与える具体的な影響というのは、俺のいた世界でも学問的に実証されていたはずだ。

 また、かつて自殺部隊と蔑視されていた過去の扱いを見る限り、それらの雑音から遮断されるということは重要な利点であったのだろう。

 森閑とした施設の中で一心不乱に訓練に励むことは、騎士たちにとって大切な時間となっているのは間違いない。

 ただし、外界と完全に離された地で純粋培養するという方針をオオタネアは採らなかった。

 騎士たちは訓練時、長袖シャツと半ズボン、ひざ下までの靴下という統一した格好を強制されるし、普段着も例のスモックとズボン着用とされているが、休暇の時にはどんな服装をしても咎められることはない。

 それどころか、休暇時に散髪にいくものには『散髪料』が補助される仕組みになっているし、週に一回は街から女性の理容師が通ってきて前もって予約しておいた騎士の髪を手入れしている。

 これは、騎士たちにガチガチの武人になるのではなく、お洒落や流行に敏感な普通の少女としての感性をなくさないで欲しいという考えによるものだ。

 その賛否はともかくとして、おかげで彼女たちは常に女の子らしい状態を維持しつつ、普段の生活を送っている。

 俺なんかから言わせれば、ちょっとした全寮制の田舎の女子校のようなものだ。

 親元から離れ、精神的にも肉体的にも鍛え上げられ、確かな態度と意思を養っていくのだから。

 ユニコーンの馬房の掃除を終えて、数頭の身体を洗うと、今日の仕事は完了する。

 午後からは十四期を連れて、ビブロンまで行かなくてはならないが、その前にするべき仕事はしておかなくてはならない。

 道具の片付けをしていると、一頭のユニコーンに〈念話〉で話しかけられた。


《人の仔よ、最近、我らの同胞エムの様子がおかしいのだが、その理由(わけ)に気づいているかね》


 俺の今の相方であるアーだった。

 ユニコーン王の息子にして、現在の王子でもある。

 いつか(何千年後かもしれないが)、父親に替わって王として君臨することになるかもしれない優秀な聖獣であった。

 ただ、問われたことについては思いつく理由がない。


「いや、知らない。何か、あったのか?」

《我らにもわからないのだ。普段のエムは、同胞中でも秀でた論客として認められているおっぱい愛好家なのだが、最近は我らの議論にも加わらず、片隅で思案にくれているばかりなのだよ》

「……一点だけツッコミどころがあるな。まあ、それはさておいたとしても、お喋りなエムが会話に加わろうとしないってのは心配だな。病気かなにかか?」

《……聖獣と魔獣は病いにはかからないよ》

「それはそうだ。……そういえば、あいつは、確か、十四期のカイ・セウの相方に選ばれていたな。そのあたりかもしれん」

《自分の処女(おとめ)が決まって気が沈むなどということは、我らにはないよ。むしろ、発奮して皆に自分の乗り手の良さと、自分が人になれたならば乗り手と繰り広げたいイチャイチャ妄想を心ゆくまで語り合うのが普通だ。我には縁がないが……》

「……おまえ、もしかして俺に不満があるのか」

《もちろんだよ、人の仔。どうして、我だけがその輪に加われないのか、残念でならない。それもこれも乗り手が君だから仕方ないのだが》

王様(ちちおや)に言えよ。おまえを指名したのは、あいつだ」

《……くっ、我が王子でさえなければ……》


 また、地団駄を踏み出したアー。

 こいつ、種族の王子で能力的には最高級の癖にどうしても三文安い印象が先に立つんだよな。

 ロジャナオルトゥシレリアもそれを見越して、帝王学でも学ばせるために俺につけたんだろうけど。


「なにはともあれ、話は聞いてみるか。おまえらの精神的なケアも俺の仕事だ。おい、誰か、エムを連れてきてくれ」


 俺が頼むと、キルコの相方であるヴェーがエムを連れてやってきた。

 ヴェーは匂いフェチなユニコーンで、キルコを選んだのはその全身から発する体臭にドハマりしたかららしい。

 なんでも柑橘系の酸っぱい感じがいいという話だ。

 騎乗訓練のときに、キルコの身体によく鼻面をおしつけているシーンを見るたびに、彼女が可哀想になる。

 ちなみにキルコ自身は、「ヴェー、私に甘えすぎ」と文句を言いながらも満更でもなさそうなのがさらに哀れだ。

 あいつ本人は、ユニコーンに可愛く甘えられているだけだと思っているのであろうから。


《連れてきました、人の仔》

「助かる。……よお、エム。元気でやっているか」

《どうしました、人の仔。我をわざわざ指名するとは?》


 見た目はそれほど変わった様子はない。

 理屈っぽい同族(ユニコーン)の中でもかなり偏屈な性質の持ち主であることは変わらないようだが。


「単刀直入に言うとな、おまえの様子がおかしいということで聞き取りをしようと思ってな。何かあったのか?」

《単刀直入すぎますな。もう少し、オブラートに包んだほうが好印象だと思いますよ》

「そう言うなよ。おまえたちのケアは王様に頼まれた俺の仕事だ。あまり遠まわしにやりすぎて、時間をかけたくない」

《……それで、我がどうしたと?》

「口数が減っているそうだな、相方が決まって以来。カイ・セウとうまくいっていないのか?」

《そんなことは……》

「それともあいつに何かされたのか?」

《人の仔、我の処女を侮辱するような発言は謹んでもらいたい》

「ほお。カイに対して何か含むところがあるわけではないのか。だったら、はっきり言え。でないと、あいつにも迷惑がかかるぞ」

《それは……》


「それは、私ぃが話しますぅ」


 空気の抜けたような声がした。

 そちらを向くと、縁の太い黒いメガネをかけた痩せ型の少女がいた。

 十四期の騎士―――カイ・セウであった。

 なぜ、ここにいるのかはわからない。

 この馬房のあたりは俺以外の騎士は立ち入り禁止のはずだからだ。


「カイ。このあたりは立ち入り禁止の筈だ。なぜ、ここにいる?」


 俺は鋭い口調で問い詰めた。

 この手のルール違反は厳格に処理しなくてはならない。しかも、ユニコーンに関することには機密もある。なあなあでは済まされない。


「も、申し訳ありません。どうしても、一度〈少年騎士〉様と直接、お話がしたくてぇ」

「……話なら、前にもしただろ。確かに、俺はおまえの愛読書の登場人物のモデルではあるけれど、それだけだ。物語の登場人物と同一視されても困る」

「それはわかっていますぅ。サインを頂けただけでも満足していますしぃ。ただぁ……」

「ただ?」

「……ただぁ、どうしてユニコーンたちは普段は変な話ばかりしているのか、そこをどうしても聞きたくてぇ」


 心臓が一気に早鐘のように鳴り出した。

 今、カイはなんといった?

 ユニコーンが変な話ばかりしていると言ったな。

 もしかして、聖獣の〈念話〉が聞き取れるのか?

 駄馬どものヤバイ会話が漏れているとなるとまずい事態になる。


「へ、変な話ってなんだ?」

《人の仔、動揺が顔に出すぎている。冷静に》

「……そうですねぇ。アーちゃんの忠告の通りだと思いますよぉ」


 完全に俺は目を見開いた。

 カイはアーの〈念話〉を確かに聞き取っていたのだ。

 直接に馬体に触れることでなんとかユニコーンの〈念話〉を感じ取れるエイミーよりもはっきりと、しかも俺と同様に。


「……〈念話〉が聞き取れるのか?」

「はい、ただぁ、感じ取れるのは単語ぐらいなんですけどぉ」

「単語?」

「えっと、さっきのアーちゃんの場合、『冷静に』ってのが感じ取れただけですぅ。あとは〈少年騎士〉様が驚いてらっしゃるようなので、アーちゃんが冷静になるように忠告したんだと思ったんですぅ。」


 単語が聞き取れる?

 ユニコーンだけでなく聖獣の発する〈念話〉が聞き取れるのは、この世界では相方と特殊な契約を結んだ俺と高位の魔道士ぐらいなはずだ。

 それを単語程度とはいえ、聞き取れるというのはどういうことだ。


「私ぃ、一応、魔道士の訓練を受けているので、〈念話〉ぐらいなら聞き取れるんですぅ」

「魔道士って」


 カイが魔道士あがりであるということは、すでに団内でも知れ渡っている。

 王都で後進をスカウトしていた騎士たちが、魔導の知識があるということに目をつけて勧誘したという人材であるということも。

 例の演習の時の発炎筒もカイのものだったということも。

 その特殊な前歴が騎士団のためになることは有用ではあるが、まさか、ユニコーンの発言が聞かれていたとは……。

 はっきり言って、あの駄馬たちの会話内容はうちの最高機密である。

 もし、騎士たちに知られでもしたら、うちの結束が簡単に崩壊してしまう。

 なんといっても、このことはオオタネア・ザンですら知らないのだから!


「……ちょっと待て、そのことを誰かに話したことはあるか?」

「いいえ。特に、誰にも」

「ユニコーンたちがどんな話題を好むかを知っているのか?」

「単語からわかる程度ぐらいならぁ」


 俺はエムの耳を引っ張った。


「……おい、これがおまえの悩み事なのか?」

《すまぬ、人の仔。わかっていたのだが、言い出せなかった》

「ざけんな! そういう兆候があったんなら、すぐに俺に言え! 俺が無理でもアーかゼーに伝えろ! 最悪じゃねぇか!」

《すまぬ、すまぬ、乗り手が出来て嬉しすぎて、つい……》

「すまんじゃねえだろ、どうすんだ、この始末!」


 すると、俺の手をカイが掴んだ。


「……〈少年騎士〉様、エムちゃんを責めないであげてくださいぃ」

「そうもいかん。おまえが〈念話〉を聞き取れるということはうちにとって重大すぎる事実だ。その報告もしなかったんだから、悪いのはエムだ」

「でも、私はユニコーンちゃんたちが変な話ばかりしていてもあんまり気になりませんよぉ」

「おまえは良くても、おまえ以外は気にするんだよ。……ちょっと待て、本当に誰にも話していないのか?」

「え、まあ、私ぃ、同期に友達がいませんしぃ」

「友達いないって……」

「別に必要ありませんしぃ」

「必要ないはないだろう。おまえ、うちが結束と団結が命の騎士団だということをわかっていないのか。〈雷霧〉の中で戦うときは、一人の個人的な戦技だけでは立ち行かないんだぞ」

「……個人個人が実力を十分に発揮すれば、なんとかなって大丈夫だと思いますけどぉ」


 俺は愕然とした。

 十四期はもう十分にやっていけているだろうと思っていたが、どうやらそれは大間違いのようだ。

 これについてはカイだけが例外という訳ではないだろう。

 なぜなら、カイが孤立しているにも関わらず(望んでなっているようだが)、他の連中がそれを放置しているということから、十四期には全体になんらかの問題があると考えられるからだ。

〈念話〉が聞き取られていたということのみならず、このことは看過できない内容だ

 すでにカマナ奪還作戦の日時が決まっている状況下において、バックアップを務める騎士たちのチームワークに問題があるというのは致命的だ。

 仕方なく、ここで俺はカイから軽い聞き取りを行った。

 そこからわかったことは、仲が悪いという訳ではないが十三期ほど同期が密接ではなく、まだ余所余所しさがあるということだった。

 すでに三ヶ月近く経っているのに、これか。

 少し嘆きたくなった。

 そういえば、十三期の連中はわりと早い段階で幾つか面倒な事件に接していたことで、逆説的に結束が強まったのだろう。

 それに対してトラブルもなかったことで、十四期は今ひとつ団結できなかったということか。

 あと、最初の段階での俺たちの方針にも問題があったのだろう。

 もう少し、十四期全体をともに育てる計画の方がよかったのかもしれない。それならば、俺たちの責任も多大にある。


「……おい、カイ」

「なんでしょう?」

「おまえ、ユニコーンたちの会話を聞いてどう思う?」

「別にいいんじゃないですかぁ。ちょっとお下品ですけど、殿方ってみんなこんなものですし」


 胸を撫で下ろした。

 顔を見てもどうやら本気で言っているようだ。

 カイがあまり性的に潔癖なタイプではないことは運が良かったかもしれない。

 これなら、取り引きによって口を黙らせることができるかもしれない。

 ユニコーンに恩義を感じ、騎士団に忠誠心を持っているエイミーのように自主的に黙っていてくれるとは限らないからだ。


「……おまえが、このことを黙っていてくれるのなら、おまえの言うことを一年に一回だけ、なんでもきいてやろう」

「一年に一回?」

「おう、その頻度でできることに限らせてもらうが、できることはなんでもしてやる」

「……はあ、それはいい話ですねぇ」


 取り引きは確実に締結しなくてはならないので、対価は十分に釣り合うものである必要がある。ただ、制限はつけなければならない。

 その意味での、一年に一回だった。

 これは、なんでもは困るが一年に一回という縛りをつけることで、一回のお願いのレベルを軽くする作戦である。

「また来年も頼める」というブレーキがかかるので、意外と大した願いは言われないものである。


「じゃあ、今日のお出掛けのときに、写真を撮っていただけますかぁ。私と〈少年騎士〉様が写った」

「いいとも。お安い御用だ。その代わり、〈念話〉の件は口外法度だぞ」

「任せてください。魔道士の名誉にかけて守りますぅ」


 そこは騎士の名誉だろ、と思ったがとにかく取引が結べればそれでいい。

 俺は安堵した。

 とにかく、まだ油断はできないが、ヘタをしたら西方鎮守聖士女騎士団最大の難事は回避できたかもしれない。

 



 ―――ああ、疲れた。

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