休暇を一日
カマナ地方奪還作戦が正式に告げられると、会議室に集まった騎士たちに緊張が走った。
あれから三ヶ月、日数にして百日ほどが経っていた。
疲れも癒え、そして闘志も漲っている。
そして、なにより、今までのように発生した〈雷霧〉を潰して回るという受身の立場から、既存の〈雷霧〉を消滅させるための攻勢にでられる立場になったのだ。
ついに、人類の悲願である失われた版図の回復ができる。
緊張の中にも、興奮と熱狂が入り混じったなんといえない表情を皆が浮かべていた。
「……今回の作戦に参加するのは、十一期から十三期の騎士たち。ただし、ボンとテルワトロは本部と王都の出張所で待機のため不参加ということになる。この二人はいざというときの留守居役となるからだ。十四期の騎士は、ユニコーンの乗り手となった四人だけは参加を許可する。他の騎士は従兵とともに現地まで随軍することとする。次の作戦には参加ができるように、先任の騎士たちから学べるだけのことは全て学べ。……なお、教導騎士も現地まで従軍してもらうが、作戦参加は許可しない」
このオオタネアの説明に対して、俺は異議を唱えた。
なぜ、俺が参加してはいけないのか、はっきりとした理由が聞きたかったからだ。
「閣下、俺も作戦に参加させてもらいたいのですが」
「却下だ。おまえ、自分の立場を弁えろ。バイロンという国にとって、自分がどれだけの重要人物であるのか、もう少し自覚しろ」
普通、立場を弁えろ、というのは低い立場のものが言われるもので、重要人物であるからという意味では使われないと思うのだが。
それに、暗殺者退治などにはこきつかったりするくせに、こういう大事な局面からは遠ざけるというのは、ややダブルスタンダードではないだろうか。
「総勢二十一名では、想定していた二十五名の対〈雷霧〉突撃陣形は取れないはずです。カマナ奪還も失敗できない作戦である以上、人数は少しでも多い方がいいと愚考するのですが……」
「セシィ。おまえ、単純な戦闘力でいったら、ここの騎士の中で何位ぐらいかわかっているか?」
「……わりと下の方だと思いますが」
「十五期の騎士見習いよりは上という程度だぞ」
「まさかあ?」
「そのまさかなんだが」
「……ホントですか?」
「戦闘に関することで、私が嘘をつくと思うか?」
俺は首を横に振った。
目の前の女将軍は、まぎれもなくこの王国で最強の女戦士だ。
そして、武芸を見る目においては他の追随を許さない達者でもある。
「前回は〈雷霧〉の同時発生という未曾有の国難に直面した結果、やむを得ずおまえを投入しただけだ。普段なら、実力の劣る騎士を作戦に参加などさせない。……今回は黙って見送り役に徹しろ」
「……了解しました」
邪魔とまで言われて、さらに食い下がるのはさすがに気がひけた。
確かに、オオタネアの言葉は真実である。
今の俺では足でまといにしかならない。
西方鎮守聖士女騎士団の騎士として動くのなら、魔導鎧の〈阿修羅〉を纏うわけにもいかないし、仕方のないことだと諦めるほかないか。
落胆していると、隣に座っていたユギンが、こっそりと話しかけてきた。
「随分とあっさり引き下がりましたね、教導騎士。貴方らしくもない」
「……ここは戦うための集団だ。一人が勝手をしていい場所じゃないし、勝手なことをやったら全員に危険が及ぶ。特に〈雷霧〉の中だとそれは致命的だ。……俺に無理を押し通す権利はない」
「その通りです。軍事作戦において、普段の貴方がよくやる独断専行が許される場合はまずありません。まあ、貴方は最初からそのことだけはよく理解されていましたけど。貴方の身勝手は自分のみが犠牲になる場合だけにしか発動されませんからね。……世の中には、そのあたりをはき違えている殿方がおおいですから、非常に好印象ですよ」
「褒めてないだろ、それ?」
「いいえ。改めて、我らが教導騎士を尊敬し直していたところです」
「……ちぇっ」
口の達者な年上女にかかっては、俺程度では太刀打ちもできない。
とは言っても、俺が諦めるということは全体の利にかなっているということは事実なのだろう。
「陣形や細かい日時等については、おってヴルトから説明がある。アルバイとシャイズアルの二人はその前に意見があるなら軍議に参加しておけ。出発までは時間がないが、調整は各自で行っておくこと。あと、明日は一日休暇をくれてやるから、好きにしろ。門限までなら外出許可はとらなくていい。では、解散だ」
オオタネアが最後にそれだけを指示して会議室から出て行き、扉がしまった途端、騎士たちはわっと声を上げた。
休暇を一日、しかも許可をとらなくていい完全に自由なものなど、二ヶ月ぶりくらいだったこともあり、全員が喜びのあまり叫びだしたくなったからだった。
特に、十四期たちにとっては、おそらくははじめての一日休暇である。
普通の騎士団と比べても洒落にならない厳しさの訓練をする西方鎮守聖士女騎士団で、心身ともに鍛え上げられつつあった彼女たちにとって、まさに砂漠でオアシスを見つけたような気分になったに違いない。
親しいもの同志で、明日一日何をするかを話し合いだした。
もっとも、俺にとってはどうということはない休暇だ。
騎士たちは、妙齢の女性もしくは子供ということで、ビブロンへの夜の外出は禁止されているが、俺は普段から夜遅くに警護役たちと飲みに行ったりしていたりとわりと息抜きはできていたからである。
ユギンやハカリといった二十歳を超えている団員も、そのあたりはうまくやっているので、実のところここまで大喜びできるのは十三期と十四期の騎士だけなのである。
「……教導騎士はどうします? ビブロンまで飲みに行きます?」
アンズが声をかけてきた。
こいつとハカリはどう見ても、十代前半ぐらいにしか見えない容姿の持ち主なのだが、ともにかなりのうわばみで頻繁に宿舎を抜け出しては酒保に通いつめている。
何度か一緒に飲んだが、酒癖が悪いのであまり一緒にいたくないタイプだ。
俺に声をかけるということは、ご相伴に預かりたいということか? それとも奢れ、ということか?
しかし、騎士としての俸給において、俺よりもこいつらの方が高額を貰っているはずなのだが。
……西方鎮守聖士女騎士団に入団する際に、彼女たちには破格の俸給の支払いと本人・家族への高額の年金が約束されている。
また、退団後も国が存続する限りの高待遇が保証されているうえ、希望者には爵位も授与されることになっているはずだ。
しかし、それだけの厚遇をもってしても、やはり自殺部隊、全滅騎士団の汚名は拭い難く、人材の募集には相当苦労していたというのが実情だったが。
ちなみに、俺の俸給は実戦部隊の騎士たちの三分の一ぐらいだ。
騎士とはいっても、ユギンたちと同様の文官騎士扱いだからである。
まあ、金は飲み代ぐらいにしか使わないので別になくったって構わないのだけど……。
「……奢らないぞ」
「誰も教導騎士にたかったりはしません。そんな甲斐性はないでしょ。……じゃあ、行くんでしたら、昼の十二時に代官所前の広場に集合ということでよろしくです」
「なんで、そんなに早い時間なんだよ」
「明日はとにかく五次会ぐらいまではする予定なので、開始時間は早いほうがいいじゃないですか。……街の美味しいものを完全制覇する気持ちでいきますよ!」
ぐっと拳を握ったガッツポーズをとって会議室を出ていくアンズを、俺は冷ややかな眼差しで見送った。
五次会って……。
どれだけ飲む気なんだ、あのうわばみは……。
俺もかなりの酒好きだが、あそこまで重症ではないぞ。
「行くんですか?」
「まさか。ああいう限度を超えた飲み方は、酒の味を不味くする。……それにあいつらと飲むと疲れる。休暇にならない」
「そうですね。騎士アンズはあたりかまわず歌いだしますし、ハカリさんは絡み酒でしたしね。ところで、騎士アラナはどうなんです?」
「あいつはもっと質が悪い」
「どういう風に?」
「キス魔だ。それに、あいつの隣に座ると貞操の危機を感じる」
「……ユニコーンの乗り手としては最悪ですね」
「未だ処女だってのが不思議なくらいだ」
そういう理由から、ビブロンにはまずアラナは連れて行かないことにしている。
本人も薄々わかっているので、飲む時はたいてい宿舎に限定しているみたいだが。
あいつは戦闘中でも、宴会中でも、いきなり豹変するので扱いには相当の苦労がいるタイプだった。
「では、教導騎士、こういうのはいかがでしょう?」
「なんだ」
「十四期の騎士たちに街の案内をしてさしあげるのです。確か、ほとんどの騎士たちがまだビブロンまで行ったことがないはずです。彼女たちはほとんど〈騎士の森〉に直接配属されてきていたはずですから。いい機会ですし、色々と巡ってみては?」
「……俺は引率の先生か。十五人も連れてゾロゾロと動くのは、大変だろ?」
「以前は、騎士ムーラがしてくれていたことですよ」
「ああ、ムーラか……」
俺はバンダナを巻いた赤い髪の少女のことを思い出した。
蟄居明けの仲間たちを連れて、ビブロンの街中を歩き回っていた彼女の姿は何度か見かけたことがある。
素朴で陽気な普通の女の子でもあった。
「……ムーラに教えてもらった店とか、色々あるもんな。それをあいつの後輩に伝えるのも、ある意味では弔いか」
ユギンは何も言わない。
俺がムーラの死に責任を感じていることをよく知っているからだ。
「よし、じゃあ、その案に乗るか。十四期ともそろそろ打ち解けていかなければならない頃合だしな」
「では、シノ隊長に話をつけておきます。時間は昼からでよろしいですか?」
「ああ、頼む」
ユギンと別れて、俺は会議室から自分の小屋へと戻ることにした。
今日も疲れているし、すぐに風呂でも炊いて、湯船に浸かってから寝ようと考えたからだ。
このあと、俺はちょっと迂闊だったと後悔する羽目になる。
俺とユギンの会話に聞き耳をたてていた奴がいることに、気がつかなかったということを。
自分にとってはたいしたことのない話でも、受け手によっては大惨事になることもありうるという簡単な事実を、俺はすっかり忘れていたのである……。




