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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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いくさの前支度

 昼までの訓練は、個人の戦技が中心になるため、はっきり言って俺は何の役にも立たない。

 それでも、ユニコーンたちの世話を終えて時間が余った場合などは、教官であるアンズとアラナの二人を色々と手伝ったりはする。

〈呑竜嶽〉から戻って二ヶ月、最近は数人の十四期も先輩たちの訓練に加わることができるようになり、人数も少しだけ増えた。

 心配していた見合いも成功し、〈ユニコーンの乗り手〉は現在のところ、二十八人となっている。

 十四期で相方が決まったのは、シノとエレンル、どういうわけかカイ・セウ、そしてトワ・ハルチィの四人だ。

 例の演習の原因となった二人が、今ではベタベタして気持ち悪いほどに仲良くなっているということがかなり意外だった。

 四六時中一緒にいて、十三期と十四期の架け橋となり、同期の仲間たちを助け、導き、ともに歩もうとする姿勢が眩しいくらいである。

 また、面倒見のいいナオミが、準教官的な役割を持って、指導しているのもいい結果をだしているようだった。

 ユニコーンとの騎乗訓練のない午前中は、二つの期が合同に訓練することも増え、確実に連帯感は増していた。

 

「よし、百本、矢を射ち終わったものから休んでいいぞ。ただし、半分以上、的を外したものは終了後に全員分の矢の回収をすること」


 アンズの指示に従い、やや遠目の的に向けて矢を射る訓練をしていた騎士たちは、黙々と自分のノルマをこなすと疲れきったように木陰に座り込む。

 全員が肩で息をしていた。

 これ以前の訓練も、かなりのハードワークだったし、午後の訓練にも影響があるのではないかと思われるほどだ。


「大丈夫なのか、こんなに飛ばして?」

「まったく問題ありませんよ」


 アラナはあっけらかんと答える。

 慣れた様子だった。


「まあ、見ていてください。えーと、ミィナがいいですね」

「どれ?」


 俺が注視していると、だらしない格好で横になり、タオルで顔を拭いていたミィナは、何を思ったのか急に立ち上がり、野晒しにされていた誰かの替えの衣服が風に飛ばされようとしているのを阻止するために走り出した。

 そして、その衣服を確保すると、また木陰に戻り、ぐへぇと言いながら横たわる。

 さっきまで一歩も動けないぃとか言っていたわりには素早い動きだった。


「……体力温存のために、手を抜いていたのか?」


 俺にはそう見えた。

 力の限界を出さずに、体力を温存していたとしか思えない。

 だが、アラナは笑って否定する。


「いいえ。騎士ミィナはさっきの訓練中も限界までやっていましたよ。集中力を切らさないで、手も抜かず、しっかりと。〈雷霧〉特攻の時に思うことがあったんでしょうね。騎馬以外の訓練にいつでも真剣に取り組むようになりました」

「へえ」

「……今、タナとアオがおしゃべりしていますよね。あの二人だって、さっきまで全力でやっていたのに」

 

 確かに、端の方で二人は楽しそうにぺちゃくちゃと喋っている。

 二人もかなりしんどそうにしていたはずだ。


「男性の騎士と違って、女性の騎士は限界まで訓練しても、どうしても別のことをするだけの余力を残しておくのです。だから、訓練後もああしてちょっとだけは動ける。男性だと完全に動けなくなりますけど」

「……それは手を抜いているからではなく?」

「ええ。意識は限界まで頑張っているつもりでも、女性は無意識に肉体に制御が入るらしいのです。それがなぜかはわかりません。女が子供を産む性であることが理由だという説もありますが、実際にはわからないところなのです」

「なるほど……」


 そういえば、この一年でもよく見かける光景だった。

 あまり意識したことはないが、訓練のあとで何もできずにずっと倒れている騎士というのはあまり見たことがない。

 なんだかんだ言って、すぐに風呂に行ったり、着替えに帰ったりはしているようだったし。

 体力的に過酷に追い込まれても、確実にこなしてやり遂げてくる理由はそういうことなのか。

〈雷霧〉での突入戦においても、最後まで気を抜くことなく戦い抜いていたし……。


「……男性の教官の場合、それが理解できずに、教導騎士が感じたように手を抜いていると決め付けてしまうんです。女性は男性と比べれば、気功術がなければやはり体力面では劣りますからね。そういう風に見下されるとうまくいくことはないです」

「確かにそうだな」

「私たちだって、ちょっと前まで彼女たちと同じでしたから、よくわかります。だから、ここの女だけの騎士団は居心地がいいのかもしれませんけどね」


 最近は、アラナたちも後輩たちに混ざって訓練に参加することが多い。

 すでに教え子というのではなく、共に戦う仲間として受け入れ始めているのだろう。

 それに、王都に詰めている十二期たちが、たまに戻ってきてはみっちりと訓練をして帰るのは、再訓練というだけではないはずだ。

 そろそろ、例の作戦が始まるからというのもあるだろうが。

 

「教導騎士、午後からの教練についてなんですが……」


 メモ帳を片手にアンズがやってくる。

 午後はユニコーンたちと共に、少し激しい演習を行う予定になっていた。

 その打ち合わせのためだ。

 俺は手にしたファイルを参照しながら、各人のいまだ弱い部分を確認する。

 しばらく、そうして打ち合わせをしていると、本部の方から騎士見習いのレレがやってきた。

 まだ子供の彼女は、午前中は文官騎士たちに座学の講習を受け、午後だけ体力作りをするように指示されている。

 さすがに戦闘訓練をするには年齢が早すぎるのだ。


「セシィくん、閣下が呼んでいるよ」

「……何だって?」

「午後からビブロンに行くから同行しろだって。午後の教練はアンズ姉さまに任せればいいんだそうよ」

「街に、なんでだ」

「タツおじさんも行くみたいだよ。あとはわかんない」


 そんな予定があったか、と首をひねる。

 朝方に会ったユギンからもそんな話は聞いていない。


「はて、何の用だ?」

「教導騎士、もしかして、例の作戦の軍議じゃないですか? タツさんも行くのですから。わざわざ街に行くということは、ここには立ち入れない誰かがビブロンまで出張してきているんですよ」

「……ああ、そういうことか。でも、なんで、俺が?」

「自分の立場を忘れないでくださいよ。〈ユニコーンの少年騎士〉の伝説は国中に轟いているんですから。貴方が軍議に参加されるだけで、どれだけ押しが効くことか」

「確かに。普段はただのとっぽい兄ちゃんなのに、実は凄い重要人物なんですよね、この人って」

「とっぽいとか言うな。……でもまあ、俺が行くだけで閣下が有利になるのなら、顔だけでも出しに行くか。後は頼めるか?」

「大丈夫ですよ、任せてください」

「いってらっしゃい、教導騎士」


 俺はレレに連れられて、そのままオオタネアの執務室に向かった……。


        ◇


 ビブロンで行われた軍議の参加者は、十名ほど。

 全員が巨大な会議用の円卓に腰掛けている。

 まず、我らが西方鎮守聖士女騎士団の指揮官であるオオタネア・ザン将軍とその副官。

 上座に座っているということからしても、この場では一番地位が高いということを示している。

 次に、王都守護戦楯士騎士団の騎士キィラン・ジャスカイとその部下である文官騎士。

 王都の第一近衛から派遣された優秀な官僚と騎士の三人。

 ここから西方にあるゴニア地方の領主の息子と、その側近。

 そして、末席にタツガンと俺。

 ただし、円卓から少し離れた場所に、一人の生気のない男が呆けた顔で座っていた。

 紹介されていないので、どういう人物かは不明なのだが、確実に異彩を放っている。


「……今回で作戦の最後の詰めを確認することにしましょう。よろしいですか、ザン将軍閣下」

「任せるよ。我々はもう大まかな計画については口を出すつもりはない。ゴニア伯の騎士団が納得してくれるなら、それで文句はない」

「ありがとうございます。キィラン卿はいかがですか?」

「ワシらも異存はない。そもそも、なんでこの軍議が開催される羽目になったかが、わからんよ。まだ、確認する事項があったのか?」

「その通りなのですが……」


 司会進行は、近衛から派遣された中年の官僚の仕事だった。

 この官僚は頭の回転も早く、しかも各騎士団の内実にも詳しいことから、純粋な文官にしては珍しく騎士たちに好印象を与えていた。

 武官と文官はやはりそりが合わぬことが多いことを考えると、稀有な人材であるといえた。


「私たちに問題があるとでもいいたいのかい」


 最後に口を開いたのは、ゴニアの領主の息子、サニ・バルテ・ゴニアだった。

 まだ二十代前半、いかにも若殿という顔つきの、ふっくらとした血色のいい頬をした小太りの青年だった。

 苦労のなさそうな印象だが、ついさっきわずかに言葉を交わした様子では、それなりに厳しい帝王学を教育された地方豪族の子息という感じだ。

 俺に対する態度も、それほど悪いものではなかった。


「いえ。そういうことではありません」

「そうだろうね。うちの領内の騎士も今回の作戦には乗り気だし、君らが提案してきた作戦案も無理のないものだった。反対の余地はない。だから、そこのキィラン卿が言ったように、大まかな概要は定まっているのにこうして顔を合わせることに意味があるかというと、甚だ疑問だよ。あとは普通に〈遠話〉で間に合うだろう。……わざわざ呼び集められた意味がわからない」


 彼の父親は伯爵だ。

 家督を譲られれば、御曹司である彼はゴニア伯爵となる。

 その将来の貴族をわざわざ呼びつけるなんて、どんな揉め事が起きるかわからないはずがない。

 目の前の官僚はそこまでバカではないはずだ。

 では、どういうことだ?


「……手短に話を進めましょう。今回の会議を開いた最大の理由は、そこに座っておられる方の話を聞くためなのです」


 全員の視線が例の生気のない男に集中する。

 俺には見覚えがない。

 ゴニアも似たような訝しげな顔つきだ。

 だが、オオタネアとキィランだけはやや眉をしかめている。

 記憶に引っかかっているのだろうか。

 咽喉元まで出かかっているのに、どうしても名前が出てこない、というもどかしさがある様子だ。

 その時、背筋が冷やりとした。

 俺の隣に座っているタツガンの放つ殺気が原因だった。

 ついさっきまでとは違い、タツガンは確実に誰かを殺そうという意思を持って、殺気を表に放っていた。

 数人を除いて、ほぼすべての参加者がこの殺気に気がつき、警戒して姿勢を変える。

 それほどまでに強いものだったのだ。

 

「……タツガン、どうした?」


 オオタネアが問いかける。

 あろうことか、あの大陸最強かもしれない女がやや警戒していた。


「……その男に見覚えがありやす」


 タツガンが静かに言った。

 視線は例の男に向けられている。

 その場で抜剣して叩き切ってもおかしくないぐらいに。


「おぬし、タツガンとか言ったな。本来なら警護役に過ぎないおぬしが会議に参加できているのは、カマンの街の代官所の兵士長をしていたという経歴を買ってのことだ。それがどうして、そのような殺気を放つ? その男は知っているのか?」


 キィランも目を眇めて不思議そうに言った

 そう、タツガンがこの会議に参加しているのは、ひと月後に予定されている〈雷霧〉からのカマナ地方奪回作戦のためだったのである。

 カマンの街の産まれであり、その地域のかつての様子に詳しいタツガンから情報を引き出すことで、より確実にカマナを奪還することができると考えたオオタネアが、最初の会合から無理矢理に参加させていたのである。

 すでに誰も立ち入ることができない〈雷霧〉に侵食された地域を攻略するには不可欠だと理由をつけて。

 一介の兵士に過ぎないタツガンの身分を考えると、かなり強引な推挙であった。

 もっとも、その甲斐があってか、作戦はかなりスムーズに細かい部分まで決まり、参戦する戦楯士騎士団とゴニアの騎士団、そして聖士女騎士団はたいした混乱もなく役割などを決定できた。

 

「……あんた、八年前にカマナに来たよな」


 感情を押し殺した声だった。

 双眸からの鋭い眼差しは、まるで睨み続けることで相手を刺し殺そうとするかの如きだった。


「八年前……」

「……まさか」

「もしかして、あれか?」


 会議の参加者たちもようやく男の正体に気がついたらしい。

 俺を除いて。

 八年前はまだ〈聖獣の森〉にいた俺にはまったく覚えがない。


「タツガンさん、お願いですから自制してください。あなたのお気持ちはわかりますが、その方が亡くなられると私どもとしても大変困ったことになるのです」


 官僚は言った。

 あろうことか、身分の低いタツガンを多少なりとも気遣った響きがある。

 この官僚は少なくとも高圧的に物事を進めるだけの無能ではないようだった。


「……ご紹介します。こちらの方は、元天装士騎士団の騎士隊長をしていらした、マクヴェム・カイバさん。現在は騎士の位を剥奪されていますので、騎士という敬称はつけることができませんが、数年前までは騎士だった方です」


 西方鎮守天装士騎士団。

 それは功を焦った挙句、カマンの街を囮として、カマナ地方を〈雷霧〉に飲み込ませるという失策を犯した、バイロンにとって汚点ともいえる騎士団の名前であった。

 そして、オオタネアにとっては、聖士女騎士団の三期の騎士を全滅させる元凶となったものたちであり、タツガンにとっては故郷、家族、友人、すべてを喪失させた仇ともよべる連中であった。

 騎士隊長といえば、責任の一端は十分にあるだろう。

 だからこそ、タツガンはこれだけの殺気を発しているのだ。

 だが、それだけなら、わざわざビブロンまで眼前の有能な官僚が連れてくるはずもないし、その話を聞かなければならないと提案する必要はない。

 それ以外になにか、当時の関係者でなければ理解できないことを、この生気のない男はしでかしたのだろうか。

 それこそが、わざわざ三つの騎士団の中心人物を呼び集めた理由なのだろう。

 しかし、それは一体なんだ?

 官僚は咳払いをした。

 やや緊張気味だった。


「……天装士騎士団の行いについては皆さんもよくご存知だと思われます。私もわざわざ繰り返して説明することはしません。ただ、最近、新たな事実が判明しまして、そのことについてカマナ奪還作戦の前に参戦する騎士団の方々には説明するべきだと上から指示されました」

「上? 宰相か?」

「いいえ。我らが国王陛下からです」


 本当に国の最高位からの指示なのか。

 道理で俺が呼び出されたわけだ。

 陛下はこのことを俺にも知らせておくべきと考えたに違いない。

 それだけ重要な内容という訳か。


「で、それは何だ? もったいぶらずに早く言え」


 この中でもっとも我慢のきかないうちの大将が急かした。

 

「そちらのマクヴェム・カイバさんの証言によると、カマナ地方における〈雷霧〉の発生については人為的な介入が認められるそうなのです」

「人為的……誰かの手によるものということか? まさか?」

「はい、ゴニア様。そのまさかです」

「〈雷霧〉は地震や竜巻と同様の自然現象のはずだ。人の関与する余地があるとは思えんが……」

「最新の説では、何らかの計算された指向性があることは確実とされていますが、それがついに裏打ちされたと我々は考えているのです。カイドさんの証言がそれらの証拠の一つとなるでしょう」

「……では、誰かが〈雷霧〉を引き起こしているということか?」

「はい」


〈聖獣の森〉でロジャナオルトゥシレリアが指摘していたことに、王家と政府も気づいていたということか。

 帝国の魔道士の関与とまでは断言していないが。

 それでも、やはり何か裏があるということは抜き差しならない事実なのだろう。


「そこの、カイバという元騎士がそのことについて知っているということか? だが、どうして知り得たのだ。知り得る環境にいたとは到底思えないが……」

「それは、ご本人から説明していただきましょう。ただ、私から一言申し上げるのなら、幾分刺激的な話題であるため、やや注意していただきたいということですね」

「どういうことだ?」

「西方鎮守天装士騎士団に……いえ、騎士団のごく一部の者たちなのですが……人類に対して背信的悪意を持って行動するものたちがいたということなのです」

「背信的悪意……だと」

「はい」


 官僚はカイバを見つめて、それから言った。


「要するに、裏切り者がいた、ということです」

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