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聖贄女のユニコーン 〈かくて聖獣は乙女と謳う〉  作者: 陸 理明
第十三話 西方鎮守聖士女騎士団、大遠征!
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見捨てるな

[第三者視点  数年前]


 騎士たちが、その平原すべてを見渡せる小高い丘に辿りついた時、その眼下ではすでに戦いが行われていた。

 いや、正確に言えば、戦闘は終わりかけていた。

 一方の陣営の無惨な潰走という形で。

 潰走を始めていた陣営は、先陣から崩れ、中央を切り裂かれ、鉈を振るわれたように割って入ってくる敵に蹂躙されていた。

 前にも後ろにもいけない中盤の兵士たちは、味方同士で混乱しながらひしめきあい、最後尾に控えていた後詰のはずのものたちは次々と逃げ出していく。

 完膚なきまでの負け戦。

 戦意をなくした者たちは、まともな抵抗もできずに大剣で駆逐されていき、背中を向けたものに太い矢が突き刺さる。

 一方的な殺戮の度合いを深めていく地獄絵図に、少女騎士たちは口を押さえて、立ちすくんだ。


「カジュランめ……! 手柄を焦ったか!」


 中心でその戦いの帰趨を凝視していた彼女たちの将が、苛立ちを隠しきれない口調で怒鳴った。

 その斜め後ろにいた騎士たちの隊長が言う。


「オオタネア様。あちらを」

「何だ!」

「カマンの街が〈雷霧〉に呑み込まれています……」


 絶望的な叫びが騎士たちの中から漏れる。

 この中には一人のカマン出身者がいて、カマンを含むこのカマナ地方自体の産まれのものも二人いた。

 彼女たちは自分たちの故郷がなすすべもなく消失してしまった跡を、むなしく遠くから眺めることになったのである。

 

「……〈雷霧〉の侵食速度が早すぎませんか!」

「いつも通りなら、カマンの街が侵食されるのは明日の昼のはずです。一日以上早い。おかしいです!」


 騎士たちが口々に言う。

 それはそうだろう。

 彼女たちは十分に余裕を持って、このカマナ地方に出征してきたのだ。

 間に合わない、手遅れになっているはずがない。

 だが、現実に守るべき街は侵食され、滅ぼす相手はさらに大きくなっていた。


「西方鎮守天装士騎士団が、誤った情報をこちらに伝えたのよ、きっと……」

「どうして! なんでそんなことを!」

「おかしいじゃないですか!」

「……自分たちを信用してくれていなかったのか。いえ、違うわね。手柄が欲しかったのね。だから、一日時間を誤魔化して、自分たちが来る前に戦端を切ったのよ」


 騎士の一人がぽつりとつぶやく。


「そんなことのために、もしかしてわざとカマンを飲み込ませたのですか?」

「可能性は高いわね。カマンの街に〈手長〉たちが引き付けられれば手薄になるかもしれない。その時に攻め込めば、少ない魔物たちを、数で掃討できる。自分たちがのこのこやってきた時には、もう突撃の準備が出来ていて、恩を着させられる。そんな筋書きだったんでしょうね」

「……だが、カジュラン将軍は実際の戦闘で無様を晒したみたいね。あの方の予想よりも魔物たちが多かったか、カマンを見捨てた甲斐がなかったか、どちらかはわからないけど、あの〈雷霧〉から出てきた魔物に逆に壊滅させられしまったというわけかしら」


 吐き捨てるように、副隊長の少女が言った。

 眼下で打ち捨てられた騎士団の遺体の数を見る限り、魔物たちよりもその比率ははるかに大きかった。


「天装士騎士団の陣形……。私たちが提案したものと違いますね。普通の北方民族との戦い用のものですね」

「こっちの作戦も無視したんだろ。一期と二期の先輩方の命を犠牲にして立案した陣形の提案を採りもせず、自分たちの慣れたやり方を押し通したんだよ! それが、これさ。もう戦いにもなっちゃいない! そして、カマナ地方はもう終わりさ!」


 カマナ地方の出身者たちは大粒の涙をこぼしていた。

 ついさっきまで、自分たちの故郷を絶対に救うんだと闘志に燃えていた姿はどこにもなかった。

 間に合わなかった後悔に心をズタズタに切り裂かされるだけで。

 そんな仲間たちの様子を見て、隊長が空を見る。

 青空が広がっている。

〈雷霧〉の中からでは絶対に見られない綺麗で爽やかで涼しげな蒼穹だった。

 これが見納め。


「オオタネア様……」

「なんだ」

「……あの薄汚い霧の中には、まだ助けを求めている方々がたくさんいますよね」

「……ああ、そうだろう。完全に避難が成功したとは思えない」

「それに、今、あそこで戦っている騎士たちは、このままいけば本当に皆殺しにされてしまいますよね」

「だから、どうした。それの責任を追うのは、カジュランの馬鹿とその取り巻き連中だけだ」


 隊長は優しく微笑んだ。


「でも、あの人たちにも家族がいて、友達がいて、また次の戦いのために生き延びてもらわなければならないのですよね」


 全員の視線が隊長に注がれる。

 皆、すでに彼女が何を言いたいのか悟っていた。

 オオタネアだけは、わかっていてもそれを口にさせたくなかった。

 せっかく、ここまで育ててきたものたちなのだ。

 今回は捲土重来を図るべきだ。

 尻尾をまいてでも逃げるべきだ。

 だが、三期の隊長は言った。


「私たちが突貫すれば、魔物たちの勢いは止まります。そして、何人かが運良く〈雷霧〉に突入し、そして奇跡でも起きて誰かが〈核〉にまで辿りつけばあの〈雷霧〉は消滅させられます。そうすれば、カマナ地方を救えるかもしれません」

「無理だ。危険が大きすぎる。おまえらを、一期二期のように全滅させるわけには行かない。次を待て」

「……閣下。私たちは西方鎮守聖士女騎士団の〈ユニコーンの乗り手〉なのですよ。その使命は〈雷霧〉を阻止して、民草の幸せを守ることです。ここで逃げるわけにはいきません。……そうですよね、ウー」


 ウーと呼ばれた一角聖獣(ユニコーン)は嘶いた。

 賛同の意思表示なのか、それとも乗り手を案じた引き止めの言葉なのか。

 彼女たちにはそこまでわからない。

 だが、隊長の言葉を聞いて、三期の騎士たちは、全員が相方を一歩前に進めた。

 全員が馬具から馬上槍を取り出す。

 幾人かは片手で涙を拭い、幾人かは隣の友の手を握る。

 準備は整っていた。

 あとは許可を得るだけ。

 

「……行ってきます。閣下」

「私の命令を無視するのか?」

「はい」


 勝手極まる態度でありながら、隊長は晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 それこそが天命だとでも言いたげなほど。


「貴様らがしようとしている勝手な振る舞いが聖士女騎士団にどういう不利益をもたらすか、わかっているのか。それがバイロンに及ぼす影響についてもだ」

「わかっています」


 オオタネアから目をそらし、〈雷霧〉を鋭い視線で睨みつけ、


「西方鎮守聖士女騎士団は、幸せを奪われ、涙を流すものたちを決して見捨てないということを内外に知らしめることができます。その事実が、多くの人々の心を慰めてくれることでしょう。この無意味な突撃がバカな喜劇ではなく、明日へのきざはしになることを信じて」


 騎士たちは、オオタネアに向けて騎士の礼をとった。

 別れの挨拶であった。

 彼女たちの大切な将に贈ることができるものは、もうそれだけしかなかった。


「……わかった。おまえらに命令をだしたのは私だ。命令違反という汚名は残させん。最後まで誇りと守るべきもののために死んでこい」

「「「はい!」」」


 全員が唱和した。

 一人ひとりが渾身の名乗りをあげ、そして、叫ぶ。


「西方鎮守聖士女騎士団、突撃ィィィィィィィィィィ!」





 ―――しかし、〈青銀の第二王国〉バイロンの最西端であるカマナ地方は、この翌日には完全に〈雷霧〉に呑み込まれ、王国は初めて版図を失う結果となった。

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