旅の報酬
「……という訳で、おまえらの教導騎士様が旅の途中で拾ってきた、このちっこいのが、うちの十五期の最初の一人となる。まだ、一般通念では騎士養成所にも入れない年齢だが、例外として可愛がってやれ」
そう言って、オオタネアがレレの背中を押して、騎士たちの前に出す。
レレは子供らしく酷く緊張しながら、それでもはっきりとした大きな声で挨拶をした。
「レリェッサ・シーサーです。十一歳です。レレと呼んでください。先輩方、これから、どうぞよろしくお願いします」
元気のいい、こちらが陽気になれるようなはきはきとした話し方だった。
初めての場所で、大人数を相手にしても物怖じしないというのはいいことだ。
今ひとつ、話の展開を飲み込めない連中以外は、騎士たちは大きな拍手を送って、最年少の後輩を歓迎する意思を表わした。
ただし、レレに対する温かい対応に比べて、どうして隣に立つ俺への視線が冷たいのかについてはよくわからない。
予定通りとはいえ、三週間も教導の仕事を放ったらかして探索にでていたことへの非難だろうか。
確かに、本来の仕事をおろそかにした自覚はあるが、さっきまでこいつらは、俺たちが〈呑竜嶽〉で鬼芥子を手に入れ、術師を逮捕したことで、クゥが騎士に復帰できることを感謝して喜び合っていたというのに、どういうことだ?
もしかして、クゥの復帰は嬉しいが、俺のしたことはダメだとでもいうのだろうか。
だが、タツガンたち警護役の無事を祝って慰労会をしようとすら言っていたのに、俺だけが非難されるのは納得できない。
そのことでちょっと抗議しようとすると、
「アルバイ、あとで予備の徽章を一つ用意しておけ」
「うちの騎士の徽章ですか……? ああ、レリェッサ……レレの分ですね」
「いや、シーサーはすでに自分の徽章を持っている。どこかのバカな騎士が自分の分をくれてやったのだ。だから、予備の徽章はそいつに渡しておけ」
「……はあ、騎士の証をもらって早々に女の子にあげちゃったバカな方がおられるのですね。わかりました、準備しておきます。少し汚れていたから、あとで職人に作り直してもらおう思っていたものがありますので、それで構いませんね」
「ああ、そんなのでいい。頼むぞ」
……あれ、さっきより視線が厳しくなったぞ。
騎士の証たるものを勝手に贈与してしまったことについて怒っているのか?
いや、あれは別に最初からレレにやろうとしていたわけでなく、あとで返してもらうつもりだったんだ。
ところが、オオタネアがなんと十五期として任官するとか言い出したから、そのままになっただけで俺は何も悪くないのに。
なんというか年頃の女は小さなところで潔癖症なんだな。
寛容の心がない。
「……では、ここで解散だ。すぐに午前の教練があるだろうから、騎士たちは庭に移動しろ。教導騎士は……どうでもいいから、二三日休養をとっていろ」
「どうでもいいはないだろう。俺もきちんと仕事しないと……」
「だったら、しばらくはユニコーンたちの面倒をみていろ。ちょっとおまえの顔を見ていると腹が立つ」
「酷い言われようだ……。過酷な任務を果たしてきた労をねぎらって休ませるにしても言い方ってものがあるだろう。なあ、タナ」
同意を求めたというのに、久しぶりに会うタナは俺と目を合わせようともしない。
わざとこちらを見ないようにしているみたいだ。
そのくせ、レレに向けては小さく手を振ったりして楽しそうだった。
この態度の違いはなんだろう。
長旅から疲れて帰ってきた皆の兄貴分への仕打ちとしてはあんまりではないだろうか。
「……まあ、いいけどさ。じゃあ、俺はユニコーンの世話に行くよ」
「その方がいいですね、セスシスは。あ、しばらく宿舎の方にも近寄らないでください。疲れているでしょうから」
「ナオミの言うとおりです。セスシスさんはどっか別の場所で疲れを癒されてきたら、どうでしょう。……例えば〈聖獣の森〉とか」
「僕もそれがいいと思うな。……セスシス殿、ちょっと邪魔だし」
「俺もそう思う」
「賛成」
と、なんか知らんが、次々に俺を遠くへ追いやろうとする、特に十三期たち。
俺はクゥのために危険を犯して大変な探索行に赴いたというのに、いったいどういうことなんだ。
あまりに騎士たちの態度が悪いので、俺は少しキレ気味になって、そのまま会議室から退出した。
くそ、出稼ぎに行っていた北国のお父さんだってもう少しは感謝されるぞ。
腹立ち紛れに、中庭の土の上で地団駄を踏んでから、俺はユニコーンの馬房に向かった。
〈呑竜嶽〉へ出発してから、だいたい三週間ぶりぐらいの訪問である。
ユニコーンどもぐらいは久しぶりに会うお世話係に、少しは親愛の声を掛けてくれるに違いない。
まあ、あの駄馬どもにあまり期待はしていないが……。
色々と複雑な思いを抱きつつ歩いていると、前方からユニコーンのものとおぼしき蹄の音が聞こえてきた。
軽快な駈歩の、こちらまでがウキウキしたくなるような楽しげな肢音だった。
そちらを向くと、一組の騎士とユニコーンがやってくる。
額に三つの白斑があり、まだ成長しきっていない若い一角聖獣―――エリ。
そして、二本の三つ編みした長い髪を風にたなびかせ、雲一つない晴れた空のように透き通った笑みを浮かべた儚げで美しい少女―――クゥだった。
一人と一頭は、互いに絆を確かめ合うように軽やかにステップを踏み、踊るように跳ね、風のように舞っていた。
西方鎮守聖士女騎士団の誇る、絶対的な馬上の天才はただ愛する相方との逢瀬を夢中になって喜んでいた。
(良かったな、クゥ)
俺は気づいてくれるかはわからなかったが、軽く手を振ってみた。
クゥはわかってくれたのか、こっちに振り返してきた。
エリも嘶きで応える。
出発前のあの雨の日のような悲痛な嘶きではなく、歓喜に満ちた楽しげなものだった。
(ああ、願いが叶ったんだな、おまえら)
俺はまだ頭上に昇りきっていない太陽の輝きの下、時間も忘れて、ただ馬術の天才少女の最高級の技巧に見惚れるのであった……。