ユニコーンとの「見合い」
ユニコーンとの「見合い」とは、その名のとおり、乗り手の候補となる少女騎士たちと一角聖獣を対面させてその相性を確認する作業である。
前も言ったが、ユニコーンたちは「見目麗しい処女の尻と胸と太腿」が大好きな連中であるが、誰でもいいという訳ではない。
個体によって、それぞれ微妙に好みが違うのだ。
例えば、カーというユニコーンがいる。
奴は騎士アラナの相方として、彼女の愛馬となり戦場を駆けたことがあり、その際に彼女を生還させたこともある。
西方鎮守聖士女騎士団においては、一度でもユニコーンとともに〈雷霧〉に突撃して生きて帰ってきた騎士は非常に少ない。
それは運がいいだけではなく、相方との相性が抜群にいいことの証明でもあった。
つまり、カーとアラナの相性はとてもよかったということになる。
では、どこが良かったのかというと、カーは背の高い女が好きなのである。
背が高いということは、四肢も長いということに繋がり、普通の女性だと届かない部分まで手の長さを生かして撫でることができるということだ。
アラナは騎乗中に頻繁にカーの鬣を優しく撫で続けることができた。
それも項からき甲までを満遍なく。
鬣を愛撫されるのを何よりも好むカーは、それだけでアラナにベタ惚れし、なんとしてでも彼女を生かそうと奮戦した。
結果として、騎士アラナは地獄のような〈雷霧〉から戻って来られたのだ。
そういうこともあるので、ただ単に訓練中の騎士にユニコーンを機械的に割り振るのではなく、最初から相性を重視して、相方は選別されることになっている。
「すまんが、時間がない。みんな、適当にユニコーンたちと触れ合ったりして、ピンとくるやつを見つけてみてくれ」
俺は思い思いに散らばっている三十頭のユニコーンたちを指差して、新米騎士たちを促した。
「……ピンとくるといわれても、わからないのですけど」
これはナオミだった。
生真面目な彼女らしく、感覚的にモノを決めるというよりも、何らかの指針が欲しいのだろう。
ただ、今までの経験上、きちんとした基準というものはない。
赤い糸で結ばれているのならいざ知らず、この国にそんな言い伝えはないし。
ただ、それぞれのユニコーンたちの好みについて、俺は知り尽くしてはいるので、何人かを紹介できなくはないぐらいだ。
「おまえらからすれば、この白斑が好みだとか色艶がいい程度の見た目が可愛いものを選ぶというのがいいかな。おまえらからの愛情がないと、結局のところ、うまくいかない関係ではあるからさ。ちなみに、何頭かは俺が紹介できるから、参考してくれ」
「僕の好きな見た目だけでいいんですか!」
「いや、ミィナ。おまえはちょっとこっちに来い。……他の連中は勝手にユニコーンたちのところに言っていいぞ。危険はないから、怯えるな。多少、獣臭いが普通の馬よりは臭いも強くないだろう。恐るなよ、怖がったらそこで嫌われるぞ。では、見合いを開始しろ。何度も言うが急げよ」
俺が合図を送ると一斉に騎士連中は、ユニコーンたちのところに駆け寄った。
こいつらはこいつらで一角聖獣に憧れてはいるんだろう。
かなり楽しそうだ。
一方で、俺はミィナを連れて、一頭のユニコーンのもとに向かう。
個体名はベー。
やや前肢と後肢が長い、群れの中でもスマートな体型をしている。
俺がミィナを紹介すると、うるさいぐらいに嘶いた。
内容は、「おお、可愛いじゃん、可愛いじゃん、人の仔よ、でかした」という意味だ。
おまえのためじゃねえよ。
ただ、そんなことはミィナに告げる必要はない。
「驚いたか。ちょっと興奮しているんだよ。久しぶりの乗り手との対面だからな」
「ううん、馬の嘶きには慣れているよ。それに、この子、僕のことをすごく喜んでくれているんだもん。乗り手としては嬉しいよ」
「……さすがだな、よく馬のことをわかっている」
「うん」
俺は、ベーの頸を叩いて愛撫する。
少し落ち着けという意味でもあった。
「こいつは、肢が長いだろ。だから、襲歩になった時の速度は群れの中でも一番のユニコーンなんだ」
「え、そうなの?」
「ああ、おまえが誰よりも早く馬を走らせることができるということは知っている。おまえの適性を活かすのならば、こいつが一番だと俺は考えたんだよ。……なあ、ベー。おまえだって誰よりも早く走りたいだろ? このミィナとだったら、戦場でも野原でもおまえが一番に風になれるぞ」
ベーが俺を見て、〈念話〉を飛ばしてきた。
《おまえが言うのなら、信じよう、人の仔よ。我は群れのどの個体よりも速く草原を駆け抜けたい。それがこの処女とともにならできるというのなら、我が拒む理由は欠片ほどもない》
「おまえはこの娘を乗り手とすることに異存はねえのか?」
《まったく》
俺はミィナに振り向き、
「よし、こいつを連れて奥まで行き、装鞍をしてこい。おまえのことを気に入ったそうだ。……むしろ、おまえの方はどうだ? こいつで納得できるのか? もしかしたら、おまえの最期に付き合ってくれる相手なんだから、もう少し慎重に選びたいというのなら別の個体を引き合わせるが」
「ううん、この子でいいよ。スマートだし、肢が長くて素敵だし、僕はこの子でなきゃもう嫌だよ。ありがとうセスシス殿。僕のことをよく知っていてくれたんだね!ありがとう!」
「礼はいいから、さっさと行け。おまえの方のもブーツと軽装甲鎧の着用を忘れるなよ。もしかしたら、実戦だ。剣も慣れたものを用意しろ」
「はい、セスシス殿」
そう言って、ミィナはベーとともに奥に向かった。
あそこにはすでにユギンたちが必要な装備を借り集めている。
すべて訓練用で、実戦用のものはまだ用意されていないはずだが、それでも戦いが待っているのだ。
文句は言っていられない。
俺は他の騎士の様子を見るために、群れに向かった。
だいたいの連中は触れることもできずに遠巻きに見つめているだけだったが、数人、積極的に話しかけたり触れてみたりする少女がいた。
「おまえがクゥデリア・サーマウか?」
「あ、ハーレイシー様」
おい、様付けされたぞ。
「……自己紹介が遅れました、わたくしはクゥデリア・サーマウと申します。バウロンの東、ザッカスの北で産まれたつまらない下賤な女です。でも、ハーレイシー様の教えを受けることができて光栄です。これからも見捨てないでいただけたら嬉しいです。どうか、よろしくご指導ご鞭撻のほどお願いします」
妙に早口な上、とてつもなく自虐的な挨拶をされてしまった。
自分に自信がないタイプなのだろうか。
伏し目がちで、俺の方を見ようともしないのに、意識されているのは伝わってくる。
てれてれと汗をかきながら、頭をかいて、こっちの様子を見ている。
挨拶が成功したのかどうか確認しているのか?
それにしたって、内気なのか天然なのかわかりづらい奴だ。
「あー構わんぞ、楽にしてくれ、クゥデリア。それとも、クゥと呼んだほうがいいのか?」
すると、ひっく、としっゃっくりでもしたかのようなおかしな音を喉から発し、真っ赤な顔をして両手で万歳をする。
不思議な踊りをされても困るんだが。
「ク、クゥだなんて、は、ハーレイシー様に愛称で呼ばれたりしたら、この不肖クゥデリア、死んでしまいます!」
「いや、死ななくてもいいけどさ。クゥはまずいのか?」
「い、いいえ、ぜ、全然大丈夫でふ。し、死にそうですけど、死んだりしません。どうぞ、どうぞ、クゥとお呼びください。最高に嬉しいです」
「ああ、そうなのか。よろしくな、クゥ」
「は、はいぃぃぃぃぃぃ」
よくわからないやつだ。
今のところ、西方鎮守聖士女騎士団で一番わからんな。
とにかく、自己紹介が終わったところで、俺は自分の仕事に戻ることにした。
「おまえは旋回や停止が得意だそうだけど、それでいいのか?」
「は、はい。馬場の中で図形を描いたりするのも得意ですけど、馬速の緩急などが一番うまいです」
「この中ではどのぐらい実力があると思う」
「戦技の混じらないただの馬術だけなら、わたくしが一番ですが」
さっきまでのドモリ具合が不思議なぐらいにはっきりと言い切った。
眼光までが不敵に輝く。
どうやら誇張も謙遜もなく、ただ事実だけを自分の中で確信としてもっているのだろう。
自分が一番である、と。
さっきまでの妙な態度もこいつの素ではあるだろうが、この一部の隙もない確固たる自尊心。
多分、こいつは強い。
戦うための力は弱くても、おそらくこの騎士団の中で今すぐに〈雷霧〉突入が命令されても、こいつだけは生きて戻ってくるだろう。
生存に直結する自分への信仰心を揺るがず持ち続けている奴は強いのだから。
「……あそこにいる、額に三つの白斑があるユニコーンがいるだろう」
「あ、あ、彼ですね」
「そうだ。個体名はエリ。群れの中では若い方だが、その分、体躯が軽くて、素直に乗り手の細かい指示を聞いてくれる奴だ。不従順なんてことはまずない。ただ、若いからユニコーンとしての動きに自信がなくて、いつもしょぼくれている。だから、おまえのような実力者がユニコーンとしても導いてやってくれないか?」
「わ、わたくしなんかが……え、あのユニコーンさんの馴致をしろということなのでしょうか」
「そういうことだ」
「大役ですね……」
「頼めるか」
「え、え、ええ。尊敬するハーレイシー様の頼みとあれば、馴致の一回や二回、馬の一頭や二頭、お任せあれです。では、いってきます」
「おお」
エリさぁぁぁぁぁぁぁん、と叫びながら突進する奇行娘を見送ってから、俺は次の騎士の元へ向かった。
どうやら、二人ぐらいは「見合い」が成功しそうだな。
あと、一人ぐらい成功していれば、この短時間での成果ということなら十分ということになるか。
周囲を見渡してみると、驚くべき光景が目に入った。
一人の少女がすでに、ユニコーンに騎乗して、スタスタ歩かせているのだ。
しかも、乗られているユニコーンも興奮して入れ込んでいる様子はなし、歩様も乱れていない。
つまり、お互いに納得して、乗り手と騎馬という関係を結んでいるということである。
それにしたって早すぎる。
俺は駆け寄った。
「あっ、セシィ! どう、私もユニコーンさんに乗れたよ!」
いつも明るい騎士団の太陽は、屈託のない笑みと楽しそうな声を上げて、俺を出迎えてくれた。
まさか、タナが「見合い」に成功するとは思わなかった。
乗馬経験なしという話だから、騎馬に対して尻込みするのではないかと予想していたというのに、そんなものは簡単に飛び越えて、誰よりも早く『聖獣の乗り手』に昇格したのである。
乗っているユニコーンの個体名は、イェル。
俺との〈念話〉でもあまり喋ってこない無口な奴である。
そんなイェルとタナは、まったく正反対の性格の持ち主だというのに、いったい何が決め手となったのだろうか。
「おい、イェル。おまえ、この娘でいいのか?」
《かまわん。むしろ、この処女でなければならぬ》
「……随分と入れ込んでいるな。おまえにしては珍しい」
《……予感があった。この処女こそ、我らの姫となるというな》
「姫?」
おかしなことを言う。
しかし、必ずしもそれは笑い飛ばせるものではない。
こいつらは腐っても聖獣。
それが予感したことなのだ。
決して無視できる内容ではない。
「セシィ、ユニコーンさんはなんて言っていたの?」
〈念話〉の内容は聞き取れないから、言葉の通じる俺に聞くしかない。
しかし、正確に伝えることは出来そうにないな……。
「こいつの個体名はイェル。おまえのことを太陽のように眩しくて気に入ったそうだ」
「ホント? やったあ、嬉しいな。それって、私の相方になってくれるってこと? ねぇ、イェルくん?」
一度だけ、嘶くイェル。
それが肯定の返事だとタナは悟ったようだ。
満面の笑顔で、鬣をかかえ込むようにしてイェルの頸をかき抱く。
「ありがとう、イェルくん」
タナも嬉しそうだったが、馬のくせに赤面仕掛けているユニコーンはどんなものなんだろう。
いつも変態的嗜好を垂れ流しているくせに、妙なところで清純派なんだよな、一角聖獣って。
その時、今まで姿を現していなかった、オオタネア・ザンが遂に愛馬を引き連れてこの場に登場した。
随伴しているのは、騎士アラナ。
ユニコーンと違うただの馬だというのに、その栃栗毛の巨馬は恐れることなく、聖獣たちの群れに接近してくる。
それはオオタネアも一緒であった。
『聖獣の乗り手』ではないのに、それを指揮する将軍にふさわしい貫禄とカリスマを備えた稀代の戦略家。
異名は伊達ではないということか。
「……セシィ、何人成功した?」
「三人というところです」
「よし、その三人と相方のユニコーンを連れて、おまえは私のあとに続け。騎士アラナは相方とともに先に警護役の詰所まで行って、仔細の確認。残りの騎士たちは、もう休んでいい。『見合い』の続きは明日ということにしろ。では、私は行く」
「了解しました!」
……こうして、まったく予期していなかった魔物との戦いが、もうすぐ始まろうとしていた。




