霧に招かれ聖馬は来たる
少女たちは、騎乗するユニコーンの一本の角のごとき抜き身の槍となり、遮二無二戦場を駆け抜けていく。
目指すのは山よりも巨大な、黒々とした暗雲のごときドーム状の霧の中心。
そこに鎮座する元凶。
流れ星にも似たその突撃を後方から見つめる男たちは、情けなさのあまりに目を逸らそうとしたが、いかんせん果たせなかった。
それは何故か?
―――答えは簡単だ。
自分たちが生き残るために死神へ差し出した生贄に対する、ちっぽけな罪悪感がそれを許さないからだ。
「……あいつら、またみんな死んじまうのかな」
「だろうな。今までだってほとんどの奴らが戻ってこなかったんだし、今回の連中だって、きっとそうなるだろうよ」
「まだ、ほんのガキだっていうのに……」
「うちの娘もあのぐらいの年齢なんだぜ。そんな娘っこが死にに行くのを見るのは辛いなあ……」
ひた走る彼女たちよりも、年齢も、体格も、技量も勝るかもしれない男たちが、胸中に沸き起こる慙愧の念をこらえながら、ただただ見送るだけしかできない。
屈辱であり、惨めでさえあった。
だが、そんな彼らの鬱屈した思いなど気にすることなく、少女たちは地獄への道を駆け進んでいく。
「タナ、もうすぐ戦楯士騎士団が開いてくれた通り道に入るぞっ! 気を引き締めろっ!」
「わかっているって。セシィは真ん中でどんと構えていてよ。ナオミ、セシィをよろしくね」
「余計な心配をしていないで前を向けっ! もうここは戦場なんだっ!」
「はーい、頑張っていきまーす」
騎馬隊の先頭には、二人の騎士が並び、その一人である双剣を腰に佩いた少女がお気楽な返事をする。
だが、その眼差しは進むべき一点を見据え、全くと言っていいほど油断をしていない。
それどころか、とても十七歳の少女のものとは思えない鋭さを誇っていた。
そして、他の少女たちも彼女と同様だった。
全員が手にした超重の凶器である馬上槍を水平に掲げ、尖った切っ先を前に向けて、一心不乱にユニコーンたちを駆けさせる。
どの顔にももう怯えはない。
この先に待っているのが地獄だとわかっていたとしても。
数ヶ月前に縮みかける希望にすがりついて泣いていた少女たちの姿はどこにもなかった。
―――彼女たちが突撃していく黒い暗雲は、人々に〈雷霧〉と呼ばれている。
一つの地方を飲み込むほどに巨大すぎるその黒い霧は、十二年前にこの大陸の最西端に突如として発生し、瞬く間に世界を飲み込んでいった。
その腹の中に、侵入者を焼き尽くす稲妻と暴虐な魔物たちを潜ませ、次々と人の住む土地を陣取りゲームのように掠め取っていく、自然界の超脅威。
これまでに十を越す人の国家が滅ぼされ、数百万人もの人間の生命を飲み込み、殺し尽くし、焼き尽くしていった。
人々だけでなく、それ以外の生物とて例外ではなく、悉く滅亡の縁にまで叩き落とされていったのだ。
人類―――いや、大陸で生きるすべての生命の敵といっても過言ではない、情け容赦のない無慈悲な破壊。
その真っ只中に向けて、少女たちは進んでいく。
待ち受けるものは、「死」そのものであり、たとえ残酷な死神が腕を広げて待ち受けているとわかっていたとしても。
彼女たちには退けぬ理由があるのだ。
なぜなら、目の前の地獄のような〈雷霧〉に、人類の中で対抗できるものは彼女たちしか存在しないからだ。
彼女たちとその相方―――ユニコーンだけが〈雷霧〉に渦巻く嵐に突入して生きて進むことができる。
華奢で幼い、見目麗しいこの少女たちだけが人類に残された最後の切り札だった。
〈西方鎮守聖士女騎士団〉
これは世界の救世主として駆り出された、勇気ある少女たちの物語である。