表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

終章『卒業』

 ――姉さま。私は今、とても幸せです。


  *  *  *  *


 吉田良恵、十八歳。

 桜の舞わない卒業式を経て、私はついに卒業試験に臨むことになった。すなわち、「守護者」との決別である。私たち学生――「契約者」は、この儀式を経て、「守護者」よりすべての魔法の源を譲り受けて「継承者」となる。力を継げるだけの技量はおおよそ身についている。稀に卒業の適わぬ者もいるが、だいたいは魔法省の開発した三年間のカリキュラムの中で条件をクリアできるようになっている。

 大人――魔法人への新たな一歩であり、心躍らせる反面、守護者との一生の別れとなる。

 槍真や麗奈は、これをクリアした。ほぼ全ての生徒が卒業式前にこれを終わらせている。けれど、私は決心がつかず、卒業式の後に卒業試験という名の魔法儀式を持ち越したのだ。それもいつまでも延ばしているわけにはいかず、大城先生の説得もあって、私は今日の夕方にそれを受けることになっている。

 だから。その最後の日を、私は守護者のメディと共に街を廻って歩くことにした。

 まずは島の商店街、本屋、ドラッグストア、港……外観からゆっくりと歩いて周った。私たちはその間、一切会話はしなかった。あえて、言葉は要らない。私たちが過ごしてきた時間の密度はそれほどまでに濃い。


 道をそれて、喫茶『night a star』へと向かう。姉さまがアルバイトをして、そして、私がアルバイトをしたお店だ。私が――学校生活の間ずっと、お世話になったお店。

「寂しくなるね。でもまあ、また遊びにおいでよ」

 マスターの内藤さんはあいかわらず、クールな反応だった。前の“エンジェル”の魔薬の一件で、麗奈や廉へ、内藤さんが情報提供したときに、情報屋としての側面も持っていると知ってからは、そのクールさはわざと演出しているのではないかと思っている。けれど、あいかわらず、大人の男性という感じがした。魔法を扱えないでも、内藤さんはちゃんと自分の人生を歩み続けている。私は内藤さんからたくさんの料理や知識を学んだ。ここでの経験は、これから生きていく上で絶対に役立つ、かけがえの無い私の宝物だ。

「内藤さん。今まで、本当にお世話になりました」

「ううん、お役に立てたかどうか。病院食って、栄養価の関係で調味料とかにも結構制限がかかるからね。それでもまあ、火の通し加減とか、そのあたりは共通するか。後は他の調理師さんがそれを覚えてくれるかだけど……それはまだ先の話だからゆっくり考えていけばいい」

「はい」

 実を言うと、私は今まだ管理栄養士としてのレールを走っていない。私はまだ、親の敷いたレールの上にいる。そのことを内藤さんは知っているので、そういう言い方になった。

 ひとしきり会話して、今までのお礼を述べてその場を後にした――また、いつか絶対に遊びに来よう。「絶対」なんて言葉、絶対にないのだけど、それでも私は強くそう思った。


 次に、蓮華病院へ向かった。サラ院長先生と、麗奈のフィアンセの廉。ふたりに挨拶した。廉は将来、魔法省の研究機関に入ることを目標としていたが、先日の“蓮華典”の一件で、典のクローンが魔法省の研究機関に居たことが発覚しており、容姿のよく似た彼が入るのは色々なしがらみが出て来ると麗奈から聞いている。それでも最後は、蓮華家の根回しが行なわれるのではないかと私は思っている。あまり、そういうコネクションみたいなものは好きじゃないけれど、それでも、彼には達成したい目的があるのだから、それはそれでひとつの手段として見ればいいんじゃないかとも思う。

「吉田さんは、ここを出たらひとまずは東京の学校に行くんだろう?」

「はい。まずは一年ほど、一応は医療の世界に触れてみて、それから編入という形を取ろうと考えています」

「もったいないなあ」

 廉は少し残念そうな表情を作って見せたけど、またすぐにもとの笑顔に戻る。

「けど、まあそれが自分の決めた道なら、歩み続けるしかないよ。学校はどっちにしても東京になるんだろ? 麗奈も東京の学校だから、ときどき遊んであげてくれよな」

 廉は今しばらくここの病院で研究を続けていくそうだ。三年ほどで今の研究の目処がつくらしいから、そうなると都心に出て来るという。それまで、麗奈と廉は遠距離恋愛だ。一応、蓮華島も東京都の特別区なのだが、いかんせん距離が開きすぎている。

「何にしても、吉田さんは卒業試験だね。麗奈も守護者と別れるのには結構悩んでいたけれど、それも仕方ない。いつかはそのときが来るんだ」

 麗奈はしっかり継承者となり、本土の大学にも合格して、入学が決まっている。名前を聞けば驚くくらいの、東京の有名大学だ。海外の有名どころも狙えたようだが、あえて東京を選んだのは廉と色々な将来図を考えているからなのだろう。いずれにせよ、麗奈は、家に猛反対されたがそれを巻き返し、自分の意思を貫き通した。

「……そういえば、八卦さんは?」

 ちょっと、話をそらしてみる。

「今は、学校じゃないか? なんか、クラスメイトとお別れパーティとか。そっか……そうだよな、八卦さんも居なくなるんだよな。知った顔が一気にいなくなるのは寂しいもんだ」

 八卦さんは医療魔法の名門の家柄で、私の想像を遥かに絶するほどの知識の持ち主だ。その八卦さんが蓮華病院に出入りしていたのは、自分の専門外の分野も知っている廉が居たからで、そのため、助手を買って出ていたという。

 彼女は、途中から蓮華魔法技術専門学校に編入してきたので、槍真が入院したときなど当初はここで顔をあわせることも無かった。もし、例の一件がなければ私と彼女の接点はないままに終わっていたかもしれない。そう考えると、縁とは不思議なものだ。

 八卦さんは、医療の道を歩み続けるという。いや、それ以上ずっとずっと先の道を見据えている。彼女は今は大学に進学するらしいが、それは経歴を作るためだけに通うとのことで、同時平行で自身の研究も行なっていくそうだった。いずれまた、廉と歩む道の交わる日が来るかもしれない。

「蓮華島は、出会いと別れを繰り返す島なんですよぉー。寂しいけれど、また新しい子たちがやってくるのです。廉先生もまた、ここを旅立つでしょうから、サラが蓮華島を守っていきますよ」

 サラ院長先生は、かわいらしくガッツポーズしてみせた。


 蓮華病院を後にし――私は、街外れの古びた寺院を目指した。

 一見すると廃寺かと見紛うが、実は電気ガス水道も通っていて、中にひとり住んでいることを私は知っている。古びた扉を開け、中に呼びかけた。ノックしなかったのは、それをしてしまうと建物が壊れてしまいそうな気がしたからであった。

「おう、吉田か……」

 里見は眠そうに欠伸をしながら玄関へと姿を見せた。いつもとは違う、ティーシャツというラフな格好だ。

「里見さん」

「あん? こちとら寝不足なんだよ」

 そっと部屋の中を見ると、参考書や問題集などの本が積んである。

「公務員試験、受けるんですか?」

「ああ。まあな」

「警察官ですか」

 里見の一家は警察官を多く輩出している家柄である。魔法を扱える里見なら、きっと立派に職務をこなせることだろう。

「里見さんは、家のやり方には従わないものだと思ってました」

「別に警察官になりたくなかったわけじゃねぇよ。兄貴は立派に人々の平和を守ってるし、あいつはオレの憧れだった。オレが警察官にならなかったのは、まあ……色々あったからな」

 色々、と言葉を濁して里見は言った。

「それに……べつに警察官になっても、オレはオレのやり方でやってく。里見家の言いなりにはならねえよ」

 それにさ、と私の顔を見る。

「一応、胸の中の突っかかりは取れたしな」

 姉さまのことだ――そう思い、まじまじと里見の顔を見つめてしまう。

 里見は恥ずかしそうにそっぽを向いた。そして、私の愛用の肩掛けカバンに視線を移す。

「お前はどうなんだよ」

 私は、と言おうとして、ふと、聞いておこうと思った。

「里見さんは……姉さまのことが好きでしたか?」

「言えるかよ、バカ」

 代わりに、別のことを口にした。私にとって、最大の試練となるべき事柄を。

「お前の姉貴の最後の敵討ちは、お前しかできねえよ。姉貴の想いを継げるのもお前だけだ。だからよ、吉田良恵。お前は――」


 ――お前は思うままに生きろ。

 そうか、私にしかできないのだ。姉さまの生きてきた証。結果的に死を選ばざるを得なかったけれど、姉さまは必死にもがいていたのだ。その未練を、その遺志を引き継げるのは、吉田義美の妹である私でしかありえない。

 里見に礼を述べると、その場を後にした。

 潮風がつんと鼻をつく。けれど、今はその匂いさえ心地良かった。


  *  *  *  *


「やあ、吉田さん。決心はついたかい?」

 大城先生は、心配そうに尋ねる。

「キミは蓮華典の一件で、本なしで魔法を行使したよね。あれは本来、違法でとても危険な行為だけど、それでもキミはそれをやってのけた。もう、この試験――いや、儀式を通過できるだけの技量は持っているはずだ」

 もう、揺るがない。力強く頷いた私を見て、大城先生は少し安心したように微笑むと、儀式用の部屋へ案内した。

 扉を開き、私の目を見つめる。

「――ここなんだけど、見たとおり、何もない。愛用の本を持って、一人で入ってもらい、守護者と対話してもらう。それだけなんだ。実力が伴っていれば、守護者は応じてくれる。力を譲った後に、その姿を消すだろう。それが、魔法発祥からずっと行われてきた世代交代の儀式だ」

 大城先生は、悲しそうに目を伏せる。きっと、自分の守護者のことを思い出したのだろう。

「そして、魔法を受け継いだ者が天寿を全うしたとき、次の世代へと引き継ぐ。次の世代というのが、自分の子なのか、何代も後の子孫なのか、こればかりはわからない。相性と素質と、その他様々な要素が絡み合うから。僕やキミもきっと、この尊い力を次の時代へとバトンタッチするときが来る。それまで、この力をさらに高め、守り続けるのが、魔法人に課せられた使命だ。正直、僕は、“M-JAPAN構想”だとか、そういうのはどうでもいいと思っている。大事なのは、さっき言ったことだよ」

 さあ、と扉の中を示す。


 私は一歩、歩みを進める。

 部屋は電気がついておらず、暗い。完全に部屋の中に入ると同時に、静かに扉が閉められた。

 一面の暗闇――けれど、恐怖は感じなかった。

 深く息を吸う。空気が澄んでいた。屋内とは思えない。

 息を思い切り吐き出し――幾度か深呼吸をした。そして、私は腰のあたりを手探りし、カバンから本を取り出した。そして、その名前を呼ぶ。

「メディ」

 名前が呼び子となって、愛用の医薬品集から飛び出す。

 暗闇の中でも彼女は輝いていた。白い体毛がうっすらと全身を覆っており、そこがほのかに明かりを放っている。背中の翼を操り、小さな妖精はぱたぱたと私の目の前に浮く。

 そっと私に近づき、小さな顔に笑みを浮かべる。慈しみと、労りと――それはひどく懐かしくて。

「ねえ、本当はさ……言わないでおこうと思ったんだ」

 彼女は首を傾げる。暗闇の中、彼女しか見えない。その姿すら、ぼやけてくる。涙だった。

「言うと、心が揺らぎそうだったから。きっと、きっと、この儀式を終えられないような気がしたから」

 彼女はそっと、小さな手を優しく伸ばした。私の鼻筋にそわせ、大丈夫だよ、という風にぽんぽんと撫でる。

「最初は気づかなかった。ずっと、気づいていなかった。最初、この学校に来たとき、『night a star』で本を読んでいたことは教えてくれたけど、そこで働いていたことは教えてくれなかったよね。今だったらわかる。あれは自分のことを知っている人と会われると、もしかしたら気づかれるかもしれないって思ったからでしょう?」

 彼女はただ静かに聞いていた。

「三年生になって、薄々気づき始めて。この前の蓮華典の一件で確信したよ。姉さま、私のことを助けてくれたでしょう。そのほかにも色んな場面にヒントはあった。里見は貴方のこと、気づいてたよ。気づいていて、あえて何も言わなかった。言うと、また居なくなったときにもっと寂しい想いするから。だから、私にこの役を与えたんだよ。私だって、寂しいの嫌なのにずるいよね」

 彼女の小さな瞳を見つめる。その奥に浮かぶ感情の起伏を読み取って、私は言う。

「でもね、私も気づいたんだ。寂しいのも、哀しいのも。それは私だけじゃないって……それは、それは貴方も一緒だよね?」

 ねえ、と涙を拭い去り、私は“彼女”に向き合った。

「姉さま」

 慣れ親しんだ呼び方だった。十二年間ずっと続けてきた、その呼び名。

 涙を拭っても駄目だった。次から次へと、流れてくる。この量だけは、どうやら魔法で減らせるものでもないようだった。


 吉田義美――享年十八歳。

 彼女は、魔薬“エンジェル”の副作用を知らずに摂取してしまった。ちょっと脳を活性化させる薬だと騙されたのだ。後になって真相を知り、“怪奇”となってしまうことを怖れ、魔薬を絶とうとしたが……あまりの中毒性故にそれは出来なかった。また、絶ったとしても結果が遅くなるだけで、徐々に魔法の力に蝕まれて変化していく身体を疎み、脳が快楽を司る物質ドーパミンを出し続けるために、生きているだけで得られる快楽という鎖を断ち切り、自らの手で死を選んだ。

 死の直前、姉さまは“エンジェル”の魔法促進の主要効果で、魔法をすでに継承していたのだという。先代メディもそのときから姿を消したという。そして――自身の死の後に「守護者」として、先代メディの身体を借りてこの世に具現化した。

 そんな風なことを姉さまはおおまかに語った。

「ずっと……側にいてくれたんだね。見守ってくれていたんだね」

 メディ――いや、姉さまは頷いた。

 亡くなって、自分には未来も無い。そんな中で、未来のある妹の成長を見守り続け、そして、最期には自身は魔法を継承させて消えてしまう。これほどまでに酷い仕打ちってないと思う。神様はなんて残酷なのだろう。

 ――しばしの、無言。

【良恵……ひとつだけ、付け加えさせて。貴方がさっき、私が自分の所縁あるところに貴方を案内しないようにしていたのは、メディが吉田義美だと気づかれないようにしたからって言っていたよね……なぜだか、わかる?】

 私は首を振った。

【私が遺書をのこさなかった理由と一緒。私が遺書をのこさなかったのは、魔薬のこととか、オチコボレだったこととかを知られたくなかったとか、そんな理由じゃないの。私は……】

 言おうとして、尻すぼみに言葉は消えていった。姉さまもまた、自分の内側の感情と向き合い、必死に戦っている。

 ややあって、姉さまは続けた。

【……父さま、母さまの言いつけもあっただろうけれども、あなたは私のことを思って、私に近づきたくて、ここに来た。そうよね?】

 姉さまは、東京の実家に居るときから、私に寄り添い続けていた。だから、私のそんな魂胆はお見通しだった。

【私はね。私の死をきっかけだとか、そんなことで、進路を決めてほしくなかったの。だから、私に繋がるものは見せたくなかった……】

 私はじっと姉さまを見ていた。徐々にその姿が生前の姉さまのものへと変わっていく。

【私は両親の言うままに生きてきたし、その期待にだけ沿おうとした。だから、魔法の腕もろくに上がらず、卒業も危ういと言われて……あんなものに手を出してしまったの。ドーピングみたいなものだからそんなに危険は無いと騙されたけれど、それでも私の意志の弱さが招いた結果だった】

 姉さまは、泣き続ける私の目元にそっと指筋を這わせる。涙を拭う。

【なんだか、昔を思い出すね。貴方はいつも泣いていて、私はいつもそれを慰めて。貴方は私を強いと思っていたけれど、私は弱い人間だった。ずっとずっと、長女として、親の期待に応えなければならないと思って、自分の本当にやりたいことも見つけられず、結果こんなのになっちゃった】

 私はそれをただ震えながら聞くことしかできない。

 言葉が、出なかった。何を言えばいいのか、何も言うべきでないのか。本当に、本当に口が開けなかった。かわりに涙はいくらでも出るというのに。

【でもね。貴方の守護者になれて、貴方にこの力を託せて、良かった】

「姉さま……」

 姉さまが消えていく。

【駄目! 決意を揺らがせないで!】

 いよいよ最期の時が来ていた。私の迷いで、決意がぶれないように姉さまは叫ぶ。

 そうだ。私がここで迷うと、姉さまの決意もぶれてしまう。これほど辛い決断はないのに。私がこんなことで立ち止まってちゃいけない。

 涙が止まった。姉さまはその様子を見ると、私と距離を取り、静かに宙に浮いた。

【これは、私からのお願い。私の分も生きて、私のできなかったこと、いっぱいっぱい経験して大人になって。私は自分の道を見つけられなかった。けれど、貴方はちゃんと、貴方の道を見つけた。だから、これは姉としての最期のお願い。両親や家の言いなりにならないで。貴方のやりたいようにやって。どんなに困難な壁があっても立ち向かって、貴方の道を貫いて。ずっと歩いて、歩いて、歩き続けて、そして――】


 ――そして、私の分も幸せになってください。

 この言葉を最期に、姉さまは消えていった。私に、未来という名前の魔法を託して。


  *  *  *  *


 卒業の儀式を終え、継承者となった私を出迎えたのは、麗奈だった。

「辛かったでしょう」

 麗奈も気づいていたようだった。けれど、それ以上は言わなかった。

「うん、大丈夫」

 私は泣かない。もう、ぶれない。

 そんな様子を見て、麗奈は目を細めた。

「強く、なりましたわね」

「そうでもないよ」

 姉さまの力は、姉さまの想いは私の中にある。これからも、私の代を越えたその先も、おそらくずっと。

 私は思うのだ。魔法とは、先人の遺志。次の世代へ、より良いものを伝えたいと想う心が生み出した、力。不慮の事故で亡くなったり、戦争で死んでしまったりした人が、自らの幸せを、次の時代へと託す。その連鎖の、想い。それは世代を越えるたびに強くなり、次の世代をより幸せへと導く。

 無くならない想い。永久の願い。それが、魔法なのだと。魔法の発祥は科学的には解明されていない。だから、私は思うことにした。人が、次の時代の人にできること。それが――魔法なのだと。

「さ、良恵さん。お別れパーティですわよ」

 麗奈はそう言うと、手を引っ張った。

 案内されたところは、私たちの教室だったが、すでに卒業式も終っているため、生徒は私の見知った顔のみだった。

「大城先生が、試験を延期した良恵ちゃんのために段取りつけてくれたんだよ」

 槍真がそう説明してくれる。

「そして、私がプロデュースする期待の新人によるコントがあるんやで! ドッカンドッカン笑ってや!」

 そう言ったのは、仁美だ。隣に、八卦さんも居る。

「仁美、八卦さん……」

「私だけ最後まで苗字でしたね。下の名前でえんって呼んでくれたらいいのに」

 八卦さんは笑った。

「え、いや、だって医療魔法の天才で、私と同じ道だからつい恐縮しちゃって……」

「でもこれからは違うのでしょう? 最初は同じ学部ですけど、貴方は途中で自分の進む道に編入するって聞いたけど」

「どうしてそれを?」

 そのことは八卦さんには話していなかった。

「私が話してしもたんよ……私のこと話す時に、ついつい一緒にな。私もあんたもな、ちょっと似てるとこあるねんよ」

 仁美はそう言って、ばらしたこと堪忍やで、と手を合わせる。

「いいよ、気にしないで。それより似てるとこって?」

「私もな、最初は魔法の道を目指してたんやけど、『死者の掟の象徴ネクロノミコン』を使えんかった一件からちょっと考え始めてな……家業手伝おうと想ってるねん」

「家業って?」

「簡単に言うたら古本屋さん。それも、魔道書を扱ってる。卒業後は、魔法を利用して、次の時代の魔法を勉強する子らにぴったりの本を探したるねん。守護者の宿る本は何でもいいとは言うけど、やっぱり、その人にあったものがあるわけやし、そういうのを選ぶのが私の役目っていうかな、そんな感じ」

 照れくさそうに笑う。みんな、ちゃんと考えているんだ。

 ほほえましくて、ついつい笑みがこぼれる。仁美は照れ隠しだろう、急に手をパンパン、と叩いて叫んだ。

「こらー、いつまでお客待たせる気ぃや!」

 合図と同時に、仁美のクラスメイトらしき二人組が入ってくる。

我統がとう 左右衛門ざえもんでーす」

米沢よねざわ たかしでーす」

 そして、声を合わせる。

「ふたりそろって、ヨネザえもん!」

 そして、我統と名乗った男が、「なんでお前の名前が先やねん」と突っ込みを入れる。

「え、なんか響きがええかなって思って……」

「だいたい、それやと、秘密道具出すネコ型ロボットみたいな名前やないか!」

 突っ込む方も突っ込まれる方も、なぜかカンペキなイントネーションの関西弁だった。

 仁美に叩き込まれたようだ。満足げに頷き、「よう成長した。これで、デビューも夢やないで」と感無量に涙さえ浮かべている。ただ、私にはその二人のコントのどこが面白いのかわからなかった。

 よくわからないコントは続き、その間に、廉や内藤さんが入ってくる。大城先生が連れてきたようだ。遅れて、里見もやって来た。いつもの趣味の悪いホストっぽい服を着て。

 教室の中、一列になって、一緒にコントを見る。とりたてて、コントはおもしろくなかったけど、それでも自然と笑顔が溢れてきて。おかしくて。涙さえ浮かべて、私たちは大笑いした。

 窓の外には青空が広がっている。春でも蒸し暑い、蓮華島の気候は、卒業の代名詞である桜を奪っていた。

 だけど、今日ばかりはいいだろう。

「ね、麗奈」

 麗奈は首を傾げた。

「ペン、あるかな?」

 麗奈は胸ポケットからボールペンを差し出した。

 私はカバンから愛用の医薬品集を取り出し、さ行のページに「しあわせ」と、ありえない薬品名を書き足した。本当はそんな行為や、この本にはもう意味はないのだけど、それでも私はこの本を使って魔法を唱えたかった。それも、継承者なければできないような、難しい魔法を。

 コントをしている二人の間に割って入り、私は叫ぶ。

「にばん、吉田良恵! 一発芸やります!」

 高々と、私の愛用だった医薬品集を胸元に寄せる。姉さまの、愛用でもあった医薬品集を。

 そうしてそれをびりびりに破り、私は魔法を叫ぶ。幸せの、魔法を。

「吉田良恵の魔法――みんなが、幸せになりますように!」

 私の両手から舞った紙のページは桜の花びらへと変化し、教室中に、たくさん降り注いだ。

 桜の咲かない、桜の花びらの舞わない蓮華島の春に、ピンク色の吹雪が生じる。花びらは見渡す限り一面に、ひろくひろく、舞った。

 嬉しそうにそれを掴もうとする槍真や、麗奈。ほほえましそうに見ている廉や大城先生。呆気にとられていたコントの二人や仁美、八卦さん――いや、閻も、みんなみんな笑っていた。あのクールな内藤さんも、ぶっきらぼうで斜に構えている里見でさえも、笑みを浮かべている。

 ここに居ない姉さまに、私は胸の中で話しかける。


 ――今までありがとう。ここからは、私の足で歩きます。

 ――吉田良恵は、こんなにもあたたかいものを手に入れられたのです。

 ――姉さま。私は今、とても幸せです。


 私は立った。自分の道に。それは、これからもずっと続いていく。

 この手にした力には、姉さまの想いがこもっている。この暖かい力は、吉田良恵だけの魔法。親や家の命令で使うものではなく、自分の意思で使うもの。

 かつて、世界にはなかったそれを、人は魔法と名づけたと言う。けれど、私はそれに自分で名前をつけたい。この素敵な力につける名前――それは、これから生きていく中で見つけるもの。

 目の前に舞い落ちてきた桜の花びらを、私は掴んだ。そのまま握りこぶしを作る。

 私はこれから、戦わなければならない。今まで避けるだけだった、両親や家と向き合わなければいけない。そして、勉強ももっともっと続けて。色々な困難もあるだろう。消えたくなるくらい辛いこともあるだろう。

 けれど、私はひとりじゃないのだ。同じ空の下どこかに、今日この場にいる皆がいる。そして、心の中には、姉さまがいる。桜吹雪のなかで、私は姉さまの笑顔を見たような気がした。

 最後までご愛読いただき、誠にありがとうございました。本作品は、魔法学園企画『The Magical Book』(http://nightastar.web.fc2.com/book/)の参加作品です。こちらは、魔法のある日本という同一の世界観を、複数の書き手で作り上げようというシェアワールド企画でした。

 私たちの住んでいる世界とは平行世界ということで、それなら、自分の他作品の登場人物で話進めちゃったら面白いんじゃないかと勝手に自分で自分の作品の二次創作をしていました。元となる作品はわからなくても読めるようには気をつけています。

 それぞれ、同名ないしは似た名前で登場させており、「とある管理栄養士の日誌」より、吉田良恵。「南月島の人魚」より、大城慶太。「ファルネース」より、服部槍真と里見守、サラ。「鬼が島の神隠し」より、神宮寺麗奈。私のサイト「night a star」の昔のイメージキャラクターより、内藤義康。

 また、本シェアワールド企画で別作品を走らせている、ぶれさんの「我統と魔法」より、中井仁美と八卦閻。我統左右衛門と米沢孝。

 我ながら、ここまで引っ張ってくる自分にどん引いています。特にキャラクターをお貸しくださったぶれさんに改めて感謝の言葉を申し上げるとともに、当シェアワールドに関わった全ての方、そして、この作品を最後まで読んでくださった方に、改めて厚くお礼申し上げます。

 もし、本と魔法のこの世界観に興味を持たれた方はご一報ください。世界観を利用していただいて構いません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ