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ぷるぷる

「私は、アハトと申します。父はフラの軍人で、母はロアアール人です。現在、フラの公爵弟閣下の補佐官を拝命しています」


「ネ、ネイラと申します。公爵家の第二令嬢の侍女をしています」


 何故、こんなことになったのだろう。


 ネイラは、居心地が悪く思いながらも、彼──アハトと向かい合わせに座ってお茶を飲んでいた。


『本のお礼というのであれば、お茶を入れてくれませんか』


 そう言われたので、彼女は喜んでお茶の用意をしようとしたのだ。


 遅くまで仕事をしているのだから、喉も乾いただろうし、一息つきたいだろう。


 とびきりおいしいお茶に、お礼の気持ちと仕事へのねぎらいを込めようとしたのである。


 しかし、彼のお茶は二人分という指定つきだった。


 誰か来る予定でもあるのだろうかと思ったが、余計な詮索をせずにネイラがお茶の準備を終えて戻ってくると、『どうぞ』とソファの向かいの席を勧められたというわけだ。


 お礼の中に、どうやらお茶に付き合うという項目も含まれていたようで、ネイラの多少の抵抗など空回るだけだった。


 ロアアールの男のような見た目ではあるが、中身は必ずしもそうではないのだと、彼女は身を持って味わわされる。


 断りがたい、優しい強引さ。


 そんなネイラの居心地の悪さを気にもせず、彼は自分の名と出自、そしていまの地位についてきちんと彼女に並べて見せた。


 並べられる物を見て、どう反応していいか分からないままに、同じように返す。


 既に出自の話は終えていたので、そこは省略したが。


 この人は、何を考えているのか。


 同じフラとロアアールの混血として、親近感がわいたのだろう。


 それくらいは、分かる。


 しかし、どうしても真面目そうな男に見えるため、混乱してしまうのだ。


「私は、今年で十九になりました」


 自己紹介はそれで終わりかと思いきや、オマケがくっついてきた。


 年下!?


 思わず、ネイラは彼を二度見てしまった。


 落ち着いたその姿は、どう見ても二十代中盤、下手したら後半に見える。


 なのに、まだ十代だというのだ。


 いま二十歳の彼女だが、もうすぐ誕生日が来るため二十一になる。


 その微妙な年齢差の理由は、少しして思い当たった。


 ああ、そうかと。


 ネイラは、先の防衛戦の戦中の生まれで、彼は防衛戦でフラの軍人と結ばれたロアアールの女性が、戦後フラで生んだ子どもなのだろう。


 二年弱の差があって、当然である。


 彼もまた、ネイラの祖父が大きく関わって生まれた子なのだ。


 そう思うと、祖父の孫のひとり──ネイラのはとこのように思えてきた。


 可愛い弟分というには、随分と大きいが。


「私の年も、お話した方がよろしいでしょうか」


 アハトが、まっすぐな視線をこちらに向けているので、彼女は落ち着かない気持ちになりながら苦笑した。


 女性に年齢を言わせたいがための間だろうか、と思ったのだ。


「いいえ、ネイラ・オーレン。私にとって必要な情報は、年齢ではなく、あなたが未婚であるか既婚であるかだけです」


 彼は、口元に運びかけたお茶を思いとどまり、再びテーブルの上のソーサーに戻しながら、こんなことを言った。


 ロアアールの青でありながら、フラの熱を秘めた瞳が、一度伏せられた後にネイラに飛ぶ。


 彼女は、頭が真っ白になっていた。


 突如として現れた言葉を、うまく理解することが出来ない以前に、この男の頭の構造が理解出来なかったのだ。


 しかも、彼はネイラの名をフルネームで語った。


 語れるはずなどない。


 彼女は、名乗っていないのだから。


 では、どこで知ったのか。


 彼女の姓など、秘密でも何でもない。


 この家に雇われている者であれば、皆知っているだろう。


 第一、彼は侍従頭に本を預けたではないか。


 他の誰に聞かずとも、侍従頭であれば、ネイラの事は子どもの頃から知っている。


 本名どころか年齢も、大体の性質も、ある程度プライベートなことも。


 要するに。


 アハトは、彼女の事を人に聞いたのだ。


 それならば、既婚か未婚かくらいもすぐに知ることが出来るだろう。


 ネイラは、ちらりと伺うために彼を見た。


 まっすぐ受け止めるには、強すぎる目である。


「そ、そんなことを知って……どうなさるんでしょうか」


 今日会ったばかりの侍女のプライベートが、そんなに気になるものだろうか。


「大事なことです」


 彼は、大きくはない瞳を、半分以下に細めた。


 熱く、しかし、優しい瞳になる。


 そんな瞳で。


「いくらなんでも、既婚者に求婚するわけにはいきませんから」


 ひどい言葉を吐いた。


 この時、ネイラの頭の中には、薔薇色とは間逆の色が大きくうねりをあげ、ロアアールで一番ひどい寒波より、冷たい冬の嵐が吹き荒れたのだ。


 今日会ったばかりで求婚など、頭がおかしい。


 いや、頭がおかしいのではなく、頭が良すぎるのかもしれない──そう彼女は思ったのだ。


 ネイラが、フラの物語に出てくる英雄の孫だから。


 そんな女をフラに妻として連れ帰れば、アハトという男の評価は今よりももっと上がり箔が付くだろう。


 フラの男からしたら、彼女は優良物件に見えるに違いない。


 この男は、ネイラ自身を見ているのではないのだ。


 彼女の後ろにいる、祖父を見ている。


 そう考えると、彼女の心の中は腹立たしい気持ちでいっぱいになるのだ。


「お、お断りします」


 怒りの余りにぷるぷると震えながら、ネイラは言葉もぷるぷるにしたのだった。





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