餌を食べにくる動物
家で飼っている猫のために、餌を玄関前の古びたベンチに置いている。
家の猫は当然食べる。他所の猫も食べに来る。喧嘩もしょっちゅうだ。そうやって家にいるボス猫が自然と変わって世代交代していくのだから、仕方がない。
たまに放し飼いの犬も来る。猫たちは物陰に隠れるか、すぐに察知して逃げ出す。なんのことはない。人の世にもよくあることで人ではないだけまだマシだ。すずめ、名も知らない青い鳥やら黄色の鳥、カラスは特に目立つせいか見かけ、それはもう好き放題にやってくるのはひとつの幸せなのだけれども、いつ頃からだったかひとつ気になる物音がしていた。
昼間はそれらがどこからともなく現れ餌を食べているのだが、それは家の中にいると玄関のガラス戸から影として伺われる。粗目のガラスだからはっきりと映らないが、色や大きさから大抵何がきているかわかる。夜になるとあとはやはり飼い猫が主だが、当然闇の時間だからガラス戸からはどの猫がいるのか、わからないがただ餌を食べるときに発生する物音でいるのだなと気がつく。
そして……例によって玄関で物音がする。もう十二時を過ぎていて、家の猫はすべて家の中に入れたはず。物音に違和感があった。まず猫にしては音が大きく、人間なら貪るように食らいつくような感じだ。野生の動物だろうかと気になっていたがしばらくほっといていた。
日を置いて間歇的にその餌を食べる音は訪れた。やはり何が食べに来ているのか興味があったし、その日はその自分の欲求に勝てず、野生動物を見れるという期待を抱いて玄関に行く。足音を忍ばせながら戸の前に立つ。そのガラスから伺えるのは漆黒の空気と餌を食べる音だけだ。電灯を点けていないし、気がついていないのは明らかだ。
音を立てないように戸を開ける。もちろん田舎の寝静まった夜だから、自分みたいなアホなやつぐらいしか起きてはいないので、少しの音でも響く。餌を食う影がすばやく動いてベンチから、少し離れてからこちらを見た。一瞬目があったあと、すぐに草むらに消えていったが、それは間違いなくタヌキだった。
その日以来、夜中によくその音を聞くと戸を開けるようになった。そのたびにタヌキが来ていて、その影の大きさが日によって違うことから何匹かのタヌキが餌を食いに来ていることがわかった。
そのうち、その姿を写真に取りたいと携帯のカメラ機能を利用して撮影するのだがうまく映らない。光もなく当然画像は薄っすら影があるくらいで暗闇である。せいぜいタヌキの目が反射して流れるように撮れるぐらいで犬だいえば犬だろうし、猫だといえば猫だろうし、タヌキと言ってもあまり信用されず、人に見せれば鼻で笑われそうだ。何を撮影したのかも判別できない。
それでも一枚ぐらい写真に収めたくて、作戦を練り機会が訪れるのを待っていた。
その日は夕方から激しい雷雨が騒いで、夜中になり止んで薄い月が淡い光を放っている少々静かな夜だった。蒸し暑く、湿気が家の中にいても肌をまとわりついて、寝苦しかったのを覚えている。事実その日は「あぢィー」と愚痴をぶつぶつと言いいながら、寝床でもそもそしていた。
そして、浅い眠りに悩まされながらその音を聞いた。
寝室は二階でしたのでためらったが、結局眠れないので、脇の台の上に置いといた携帯を掴み、カメラ機能を取り出して玄関に下りて行ったのです。
作戦としてやることは頭にイメージしていたので、あとは気持ちを整えるぐらいだった。玄関の前に行くと一呼吸した。餌を食う音はしています。鍵を外し、少し音はしたがやはり食べています。
右手で携帯を持ちながら電灯のスイッチに指を置き、左手で取っ手に手をかけます。一呼吸してから、瞬時に電灯をつけながら、戸を開けました。同時に感覚的にベンチに向けて携帯のシャッターを切ったのです。撮影出来たかは後にならないとわからないので、とにかく餌を食べていた動物を見てみました。
背中が寒く逆立って……すぐに玄関を閉めました。
寝付けなかったことはもちろんそれ以来夜中に物音がしても絶対戸を開けないようにしている。その日撮った写真は確認する気になれないし、かといって携帯なのでいずれはそれを消さないと思っているのですが。