妹を優先する殿方が破滅するって本当ですか?
私はミリアネア・ウェルウィッチア公爵令嬢。今、自室の机にはしたなくも突っ伏して打ちひしがれています。
流行りだという恋愛小説を友人に借りて、とても衝撃を受けたのです。その内容は、義妹のわがままをきく男性が、婚約者に見限られて破滅する話で。
義理でも義理でなくても妹には変わりありません。大好きなお兄様の破滅だけは阻止しなければなりません。
だから私は決めたのです。
お兄様と距離を取ろうと。
私のお兄様は、2つ年上の18歳で王立学園の3年生。スラッとした体躯に長めのブロンドヘアを後ろでひとまとめにした素敵な姿で、なにより私にとても甘い。
リクエストしなくても、私が食べたいお菓子は買ってきてくれるし、お兄様の瞳の色と同じような、ブルーグリーンの瞳のクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれたのです。
最近では新作のスイーツが出るたび話題のカフェに連れて行ってくださいますし、先日も話題のお芝居に二人で行きました。
こんなに甘やかされて、何ということでしょう。このままでは、お兄様が破滅してしまいます。確かまだ婚約者はいらっしゃらなかったけれど。
次の日になりましたが、学園へはお兄様と同じ馬車です。距離を取るのに、まずはどうしたら良いのか悩み始めました。
「ミリー、昨日から様子が変だけど、体調が悪いのかい?」
「いえ、なんでもありませんわ」
お兄様が、優しく甘い声で聞いてきて、焦りましたけれど、我ながら冷静に答えられたと思いますわ。お兄様は不満そうな顔をされていますけど。心配させてはいけませんね。
学園につくと、いつも通りお兄様が教室まで送ってくださいます。だめだわ。お兄様と離れるってどうすればいいのかしら。
教室に入って友人のケイトに本を返そうとしたら、第二王子のシオン殿下に話しかけられました。
「なんだか思い詰めて見えるけど大丈夫?」
シオン殿下は気さくな方だけれど、人をよく見ています。私は相談することにしました。
「お兄様を破滅から救いたいんですの」
昨夜のことを話すと、何がつぼにハマったのか、シオン殿下は笑い転げています。
「酷いですわ、殿下。お兄様と距離を取るにはどうしたらいいのでしょう」
実は私は王太子殿下の婚約者候補で、王子妃教育や執務で王城に行くことも多く、同じ歳のシオン殿下ともよく話をするのです。
「じゃあ明日は俺が迎えに行くよ。そうしたら兄君とは別の馬車になるだろう?」
「いいんですの?」
「君は頭が良いのに、抜けていて、心配だからね」
抜けているだなんて、失礼ですわね。でも、友人として相談に乗ってもらえて良かったです。
翌日、迎えの馬車に乗りこむとシオン殿下だけでなく、王太子のエミール殿下がいました。
「なんだか楽しそうなことをしていると聞いてね」
エミール殿下が、満面の笑みでおっしゃいました。楽しそうなことって? 余裕な笑顔がちょっと胡散臭いです。
「ミリアネア嬢は僕の婚約者候補なんだから、シオンと登校したらだめじゃないか」
「それは……申し訳ありませんでした」
「まあ、候補だけどね!」
エミール殿下はおちゃめな様子で、ウィンクをしました。そうなのです。なぜか私達は正式に婚約していません。仲は悪くないと思うのですが、王家のお考えなど私にはわかりません。
「それで、レイモンドと距離を置くことにしたの?」
「はい! 兄離れをしようと思います」
「ふぅん?」
エミール殿下は、何か言いたげな顔をしながら見つめてきます。こういう時、殿下が何を言いたいのか分からなくて、苦手です。
そうして学園につくと、注目を浴びてしまいました。考えてみれば殿下方と登校すれば目立ってしまいます。
「どうしましょう、困りましたわ」
「教室までは僕のエスコートで」
困惑する私をよそにエミール殿下が手を差し伸べます。私はうろたえたあと、覚悟を決めて手を取ったのだけれど、その様子を見たシオン殿下はやっぱり笑っていました。
「ミリー、何があったの?」
教室に着くと、心配顔のケイトが話しかけてきてくれたので、返しそびれた本を渡しながら経緯を話しました。すると、安心したように眉を下げたあと、顔を青くしながら笑うという器用な状態になりました。なぜケイトまで笑うの?
「私は真剣ですのよ?」
「はいはい。本は作り話なのだからミリーは別よ。それより私の身が危ういと思うわ」
話しが終わらないうちに、授業が始まってしまいました。仕方がありません。
そういえばエミール殿下に口止めをしていませんでした。
昼になると、教室にお兄様が来てしまう気がして、授業が終わるとすぐに教室を飛び出します。淑女としてのギリギリで早歩きをして食堂に向かうと、途中であっさりお兄様に捕まってしまいました。
「ミリー、僕を置いて行っちゃうなんて酷いじゃないか」
お兄様は、優しい声で、だけど困った顔をしながらしっかり文句を言ってきます。
「きょ、今日は殿下が来てくださったので」
「明日は?」
「明日は……」
何も考えていませんでしたわぁ。どうしましょう。
その時でした。お兄様の隣に近づく令嬢がいました。
「ミリアネア様はじめまして。レイモンド様の婚約者のエリザベス・ハワードですの。いつもミリアネア様を理由にデートもお茶会もしてもらえませんの。いい加減にしてくださらない?」
お兄様の婚約者!? そんな話は聞いていなくて、とても驚きました。口を開けても声が出てきません。お兄様がピンチです! そのまま続けてエリザベス様が話を続けます。
「義理だとしてもミリアネア様は妹なんですわよ。独り立ちしてくださいませ」
今、聞きずてならないことが聞こえた気がします。学園の廊下で話すようなことではありません。周りの人たちが固唾を飲んで見ています。
「ハワード侯爵令嬢。勝手に婚約者を名乗らないでくれないかな。縁談は何度も断っていたはずだが、知らなかったのか? 公爵家として抗議をさせてもらう」
目が笑っていない冷たい微笑みで、お兄様がきっぱりと宣言しました。聞いたことのない硬い声、見たことのない表情です。エリザベス様は顔色をなくし、震えながら口を開きます。
「なぜですの? ミリアネア様が理由ではありませんの? ミリアネア様は殿下とご一緒されていたではありませんか」
「今朝はそうだったけれど、君には関係のない話だ。でもそうだな、君には感謝しよう」
お兄様の声だけが聞こえる静けさの中、拍手の音が聞こえて驚きました。
「賭けは僕の勝ちかも知れないね」
エミール殿下が、いつものどこか含みのある笑みを浮かべておっしゃいました。
「賭け?」
やっとのことで出した私の声がそれでした。何を言っているのかわかりません。
「僕が卒業するまで、ちゃんと兄妹でいたらミリアネア嬢は王太子妃になる予定だったんだよ」
「どういう……ことですの?」
私は、展開に追いつけなくて気が遠くなってしまいました。
◇ ◇ ◇
僕がミリーと会ったのは5歳の時だった。当時、公爵令嬢であるミリーに王家との縁談が持ち上がって、後継者候補として養子に迎えられたのだ。
男ばかりの家の末っ子だった僕は、ちょこちょこと着いてくる妹が可愛くて仕方がなかった。人見知りだと聞いていたから、よけいに僕だけの妹のようで嬉しかった。
家柄と年回りで決まった王家との縁談は、顔合わせのときに、人見知りのミリーが僕から離れなかったために、正式な婚約は一旦保留になった。
そして、僕とエミール殿下が14歳の頃だった。僕は殿下の学友候補として、王城によく行っていた。
「レイモンドは、ミリアネア嬢が好きなんだろう」
突然殿下が放った言葉に、息が止まるかと思った。空気がうまく吸えない。
「別に怒ってないよ」
「ミリーは……妹です。ミリーも血が繋がっていると思ってます」
「じゃあ、血が繋がってないと知られたら、どうするんだ? そもそも隠してもいないだろう」
確かにミリーが思い込んでいるだけだ。
僕はすぐには答えられなかった。見透かしたようにエミール殿下がおっしゃった。
「僕はね、公爵家が後ろ盾になってくれればミリアネア嬢でなくてもいいんだ」
それは、とても甘い誘惑のようで。
「愛しい人は側妃に迎えてもいいけれど、出来ればミリアネア嬢を蔑ろにはしたくないだろう?」
「殿下にはそういうお方がいらっしゃるのですか!?」
「ふふ、どうだろうねぇ」
冗談なのか本気なのかわかりにくい。けれど殿下に誘われるまま、密約を交わした。
僕は、エミール殿下に忠誠を誓うと。
血が繋がってないと知って気絶したミリー。冷静に考えられるようになったら、どう思うだろうか。眠るミリーの穏やかな顔を見ながら落ち着かない時間を過ごした。
◇ ◇ ◇
目を覚ましましたら、公爵家の自室でした。すぐにお兄様と目が合いました。驚いたことに外は暗くなっているようです。
「私……」
「大丈夫だよ、ミリー。驚かせてしまってすまない」
「お兄様はご存知だったんですか?」
「血が繋がってないことなら知っていたよ。当時5歳になっていたからね」
私はゆっくりと身体を起こします。
「本当のご家族は……」
「ほとんど会ってないけど、皆元気だよ」
「他人が知っていることを、私は知らなかったのですね」
自分の無知さ加減に嫌気が差します。その時、くぅぅっとお腹が鳴りました。恥ずかしくて死にそうです。
「何か軽食を持ってくるよ」
席を外すお兄様の背中を見つめてしまいます。幼い頃から、いつも追いかけていた背中は、今はずっと大きくて、たくましくなっていました。
しばらくしてサンドイッチとハーブティーを持ったお兄様が戻ってきました。
「食べ終わった頃に、父上と母上も来るそうだよ」
「気を失うなんて恥ずかしいです」
「それだけ驚いたんだろう?」
ベッドから降りて、ソファで食事をしました。思った以上にお腹が空いていて、ペロリと食べてしまいました。気持ちがもう落ち着くなんて、意外と図太いのかもしれません。
ちょうど良い頃合いに、お父様とお母様が来ました。
「ミリー、聞いたよ。辛かったね。ハワード侯爵家には抗議の書状を送ったからね」
「ミリー、レイが来た日のこと覚えてなかったのね。話してなくてごめんなさい」
お父様とお母様が優しく話しかけてくださいます。
「レイ、殿下がおっしゃってたという賭けってなんなんだい?」
「賭けというほどのことではないのです」
「もう、皆が聞いてしまったのだろう?」
「はい……。血が繋がってないと知ったミリーが、それでも王太子妃になるのを選ぶのかという話です」
「それで、殿下は選ばないと思われていると」
「はい」
気まずそうに、お兄様がうなずきました。
「ミリーが選ばなかったらどうなるんだい?」
「公爵家がエミール殿下の後ろ盾につくならば、妃はミリーでなくても良いと」
「なるほど」
私は、話の内容を理解するのに必死でした。私が選ぶ? エミール殿下の隣というより、王太子妃の地位が欲しいか聞かれている気がしました。
「今すぐ答えは出さなくて良いからね」
お父様が優しく語りかけてきます。でも、なんだか止められない流れに巻かれていく感じがします。
「王太子妃の地位が欲しいかと言われると、どちらでもいいです。でも……」
「うん。焦らなくていい。陛下には明日にでも会ってこよう」
◇ ◇ ◇
翌朝、なんとエミール殿下が迎えに来ました。顔を合わせづらいけれど、断るわけにもいかないので馬車に乗り込みます。
「やあ、ミリアネア嬢。昨日はよく眠れたかい?」
「はい。おかげさまで」
向かいに腰掛けると、殿下が隣に移動してきました。初めてのことで、驚いて落ち着きません。殿下は何をお考えなのでしょう。
「レイモンドとは、ゆっくりと話をした?」
「……え?」
声を潜めて耳元で話されると、くすぐったくて困ります。心臓がどきどきしてきます。
「お兄様とはまだよく話してなくて、お父様が陛下に会いに行くと」
「なるほどね。とりあえず僕達は学園に行こうか」
無駄に距離が近い上に、エミール殿下に何かを見定められているようで、居心地が悪いです。
教室まで送ってもらうと、授業が終わった頃に迎えにくると言われました。今日もエミール殿下の考えが全くわかりません。優秀な方だけれど、その考えは謎めいています。
学園から王城に着くと、国王陛下とお父様のいる応接室に通されました。
「この度は、エミールの不用意な発言で迷惑をかけたね」
「とんでもございません」
陛下に答えると、お父様が心配そうに見ています。
「エミールとの婚約のことだが、ミリアネア嬢はどう思う?」
「私はあくまで候補ですから、エミール殿下の御心のままに」
「エミールはなにか企んでいたようだが、どうしたい?」
「僕は、次期公爵を取り込み、妻にはルルティナを望みます」
ルルティナ様は、確か王妃殿下のご実家側の姪に当たる方です。同じ家から王妃を続けて出すのは難しいかもしれません。しかも、まだ13歳だったと思います。
「我が公爵家で反対の声を抑えろと、殿下は仰りたいのですね」
お父様の言葉に、不敵な笑みを浮かべるエミール殿下。陛下は呆れた声をあげました。
「公爵もエミールの戯言に付き合わなくても良いぞ」
「恐れながら、陛下。娘が愛されぬと分かって嫁に出したいとは思えません」
「うむ……」
結局、私との婚約の話は白紙となることになりました。もともと正式な婚約者ではなかったのですから、そういうこともあるでしょう。ただ、朝の殿下の態度が訳が分からなくて少し腹立たしいです。
◇ ◇ ◇
ミリーとエミール殿下との婚約話がなくなったと聞いた翌日、殿下と話すことができた。
「いやぁ、父上には後で叱られたよ。計画がずさんだってね。確かに、公爵にはミリアネア嬢と結婚しない僕に力を貸す理由がない」
殿下が言うけれど、笑い事じゃないよ。
「公爵は愛情深い方だからね」
そこに賭けた殿下に僕は呆れた。
母上が次の子供を望めないと分かった時に、愛人より養子を選んだ方なのだ。殿下の意図も汲んでくださった。
「お相手がルルティナ嬢だとは昨日知りました」
「だって、いもうとは可愛いだろう? ずいぶん僕好みに育ったしね」
いたずらっ子のような笑みに目を奪われた。
「それにしてもミリアネア嬢は手強いぞ。まだまだ子供だな」
「な……! 殿下、何かされたのですか?」
「それは、ミリアネア嬢に聞いてみるといい」
僕はムスッとしたふりをする。
エミール殿下の悪戯はたちが悪い。これからも振り回される日もあるだろうが、お支えしていこう。
ミリーを射止める時間はまだまだあるしね。
ここまで、読んでいただきありがとうございます!
義兄妹ものが書きたくて、癖を込めて書いてみました。
それぞれの兄の執着愛が出せてるといいなと思います。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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