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悪女と回すPDCA

作者: 千景 もも
掲載日:2025/11/24



「ほぉ……」



 なるほどな、という言葉はきっと表情に全部出ているんだろう。


 昼下がりに紅茶を嗜んでいたはずが、いきなり部屋に押し入ってきた婚約者。何やらしてやったりな表情で私を連れ出したあたりから、素敵なドラマが始まると思い込んでいた。このヘタレ男、やっとプロポーズに踏み切るのかと。この強引さは悪くないなと。キュンとしかけて。



「エリサ。王である父を誑かし、国の産業を他国に売った罪で貴様を処刑する」



 ちがった。


 前々から思っていたが、この男、期待を底に踏み抜くのが天才的にうまい。唯一の長所。空気クラッシャー。不幸のコウノトリ。



「……あなたのチャンスをピンチに変えるところ、私しか愛せないと思っていたのですけれど」

「ピンチを呼び込むのはいつもお前だ」

「ならお似合いではありませんか」

「誰がお前なんぞと」



 わお。出ましたね、本音。


 私、会社でパソコン打ってたはずが、気付いたら眼前にこの西洋仕立ての顔面と装いに切り替わった瞬間は本当に神様に感謝したんですよ。転生先マジで勝ち確。神様ありがとうって。


 でも2秒後の発言で気付くんです。私をここに呼んだの、疫病神の方だった、って。顔面が良ければすべて許すとか、もうそういう次元じゃない。このダメ王子、私の会社にいたら即クビ切られてる。私いま物理でやられそうですけれど。



「お前、こうなった原因が何かわかるか?」

「処刑服のセンスが悪いって言ったこと、根にもってます?」

「今すぐ黙らせてやろうか」



 キスで黙らせて♡とか、そういう世界に飛ばされたかった。誰がクビ飛ばしちゃって♡になると思うのか。


 いや、きっと。私の振る舞いが悪かったんでしょうね。反省はできるタイプですよ私は。処刑を見守る大衆の中。そこで胸の前に腕を組んで王子の方を見守る彼女こそ、求められていた。


 なんでこうなったかな。


 この王子に見切りをつけたところから?

 それとも、この人が遊んでいても国が回るように、政治に手を出した頃から?


 それか、王と話が盛り上がって政治の楽しさに気付いたこと? そのままあなたのこと放って他国進出に乗り出したあたりからですかね。他国の大使に無能王子と言われたあなたを『ビジュアル王子』と訂正したことが悪かったとか。でも盛大にウケたじゃないですか。


 うーん。身に覚えがありすぎる。



「ところでマルクさま。なぜここまで整えておいて、まだ処刑を実行しないのです?」

「っ、うるさい」



 あなたの震える剣先の方が、よほど雄弁ですけれど。



「ふふ」

「なにを、笑っている」



 どうしてでしょうね。あなたが私を切れない理由。


 チラ、と視線を向けた中央広場の時計台。


 それはあなたと私で指し示す意味が全く違うのでしょうね。私につられて目を向けた彼は、刃先を定めるために握り直す。吐き出しが浅くなる呼吸。奥で噛まれた歯。滲み、滴る汗。


 その瞬間を見守る大衆の、幾多の眼が。



「……とても、愛おしかったんですけれどね」



 うまくいかないと葛藤する、あなたのすべて。



「今さらっ、」

「でももう。終わりにしましょうか」



 刃先を掴むと、怯んだように一歩引かれる足。


 やはり向きませんね。あなたに、王は。



「教えて差し上げたではありませんか。思考は深層で、実行は最短に。これ、PDCAの基本ですよ」



 ほら、こんな雑談に巻き込まれてる時点で最短達成がブレてます。ほらほら、帰ってきますよ。ゼロへと近付く秒針。ほらほらほら。もうすぐ、あの方が──



「マルク」



 地を這うような、一音。


 民衆のざわめきも、個人の意志もすべて飲み込んで支配する。



「ち、ちうえ」

「私の不在が、そんなにも嬉しかったか?」



 彼の掴みあげられた胸ぐらに寄る皺が、さらに深くなる。



「私はお前をちゃんと愛していたつもりだったが……お前はどれも最低値を更新してくるな」



 同感です、セルクさま。


 それでも見捨てないからこそ王の器だと思うんですよね、この人は。だからきっと、今回の件も許してしまうんでしょうね。でもそれが中途半端なものだと大衆にも私にも示しがつかないことを、理解している。


 どう落とし前をつけるかって。



「エリサ。ただいま」



 私の不在時を頼んだぞ、と。言われたことが、脳裏によぎる。

 交わされた視線で気付く。お前これ止められなかったんだから責任とれよ、ってのが。


 それ私に振るんですか、とは思う。ラスボス登場しといて部下が処理するってなんなんですか。やれと言われたら死んでもやれと洗脳された前世が、脳を回してしまう。極まってる。異世界だろうが社畜魂が。



「……おかえりなさいませ、セルクさま。見ての通り私はこれから処刑されるそうなので、少し下がっていてもらえます?」

「そなたが処刑? 罪状は?」

「他国へこの国の産業を横流しした売国奴だとか」

「ほぉ……貿易交流と売国の違いもわからんのか?」



 それ思いましたけど。

 理由聞いてあげないとかわいそうだったんですよ。時間稼ぎも必要でしたし。



「ですがッ、この女は我が国固有の教育プログラムをまとめあげ、他国へ売ろうとしたのですよ!? これは敵に塩を送り、我が国の脅威を育てているだけです!!」

「その売ろうとした他国の現状は?先日、我が国の属国となったところだということは把握しているのか?条約で相手国の核兵器技術を我が国へ持ち込むという話は?我が国が今後、化学兵器に力を入れていこうとしていることは?そのために優秀な人材を確保する地盤づくりとして、教育を施していることまで。本当に、わかっているのか」

「それ、は……」



 その言葉責めはかわいそうですよ。

 だって最初の質問で脳内がスパークしてそうな感じでしたよ。話し相手のレベルに合った情報量を調整してあげないから、そうなるんですよ。意図してるんでしょうけど。



「なぁ、民よ。本当にこの国のことを考えているのは、どちらだ?」



 投げられた王子と、腕を引き上げられた私。

 もうこの構図が、答えそのもので。


 一人呟けば、それは十分に火種として機能する。


 燃え広がる民衆の圧に、立ち上がる気力すら失っているかわいそうなひと。あなたの可愛い彼女はどこかへ消えたようですよ。


 彼を捨てることは、あまりにも簡単だ。証拠も根拠も自分で揃えてしまっているし。でもその顔面は捨てきれない利用価値がある。この状況を回収したのは王だけれど、彼はきっとその先をどうにかしろと言っている。



「マルクさま。私を、信じていただけませんか?」



 差しのべた手。


 回すPDCA。今度は突き放すことなく、あなたを受け入れるように慈愛の表情を浮かべる。切り替わらない葛藤。それがこの手を取ることを躊躇わせるなら、いっそ塗り潰して差し上げましょうか。



「大丈夫。あなたの弱いところも全部、私が受け入れますよ」

「エリサ……」



 母親のいないあなたなら、包み込まれることに抗えるはずがない。


 センスの悪い処刑服。突き放すことなく、腕のなかへと収まっていった反抗者。素材の悪さが、彼の早まる心拍をよく伝えてくれる。



「もう一度、やり直しましょう」






 と、いうのが昨日の出来事。


 で、現在。



「処刑でクビ切ってる暇があったらこのサツマイモ切ってください。ほら早く!もう他国の大使、来ちゃいますよ」

「なんで僕が調理なんかを……」

「毒混ぜて薬の効果を大使に実感してもらうため、て説明しましたよね? それとももっと噛み砕いて説明した方がいいでちゅか? あ、話してる間にも手動かしてくださいね」

「……もう許してください」



 うるさいですね。顔面観賞男は黙らせて差し上げましょうか。


 あ、もちろんキスですよ。




ここまでの流れ

テーマが転生悪女の処刑回避、ジャンルはコメディと提示

→処刑回避の方法に迷走し、なぜかPDCAをぶっ込む

→157分後、なぜか王子とサツマイモクッキングエンド

→いいや出しちゃえ


読んでくださって、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
このテンポの良い流れ素敵です( *´艸`)✨️ 大使が盛られる毒も気になります。
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