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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第一章:【悲報】転生チュートリアルが適当すぎる【チートなし】

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9 呪いと呼ばれた病

リテナの家の小さな食卓には、まだスープの湯気が残っていた。

だが、訪ねてきた村人の震える声が、その温かさを一瞬で冷ましてしまう。


ケンサクは椅子から静かに立ち上がり、落ち着いた目で男を見つめた。

男は自らを村長と名乗り、リテナに促されて椅子に座る。



「まず、状況を整理したい。……病が出たのはいつから?」



村長は両手を固く握りしめ、かすれた声で答えた。



「わかったのは、ほんの今朝です。最初に倒れたのは村のはずれの女性で……その後すぐに、夫も……」


「症状は?」


「高熱、ひどい吐き気、水も戻してしまう。……前回と全く同じです。だから皆、近寄るのも怖がって……」



リテナが息を呑む気配。無意識に自分の腕を抱いていた。



「医者は?診た者は?」



ケンサクの問いに、村長は目を伏せた。



「……いません。前にこの病が出たときも、医者は呼べませんでした。患者が皆、亡くなった後に――“勇者様”が偶然通りかかって……」


「勇者が?」



リテナの声が震える。



「ええ。勇者様は『これは呪いだ』と断言されて……遺体と患者が集まっていた小屋を、炎の魔法で“浄化”したのです」



部屋の空気が凍りついたように静まり返る。

リテナは唇を噛みしめ、拳を強く握っていた。

ケンサクは少し目を細めた。



「亡くなったのは何人だ?」


「十名……リテナのご両親も、です」



リテナは俯いたまま、肩を震わせていた。



「前回、回復した者は?」


「いません。発症した者は……全員……」



ケンサクの視線が自然と、リテナへ向かう。

リテナはゆっくりと顔を上げた。目の縁が赤い。



「パパもママも、この村の人たちも……呪われるようなことなんて、してなかったのに……」



声を震わせながらも、リテナは懸命に涙をこらえていた。

ケンサクは言葉を挟まず、ただその痛みを受け止めるように、黙って頷いた。



村長は膝の上で手を握りしめたまま、震える声で続けた。



「村ではもう……やはりこれは呪いだ、と。

 触れるな、近づくと感染る、呪いが広がる……そういう噂ばかりで……」



リテナが不安げに眉を寄せる。



「前に流行った時も……みんな怖がって、倒れた人は小屋に閉じ込めて……」



村長は深く頷き、苦しそうに吐き出した。



(村を守るための判断だ、決して間違ってはいない)


「今回も、発症した夫婦は自分の家に籠ったまま……誰も近づこうとしません。

私も……正直、怖いのです」



沈んだ空気の中で、ケンサクは静かに息を吸った。



「呪いと決めつけるには情報が足りない。まず、患者を見せてくれ」



リテナが大きく目を見開く。


「行くの……?あたし……怖くて近づけなかったよ。

ケンサクまで呪いで病気になったら……」



ケンサクは優しいが確信のある声で答えた。



「大丈夫。俺は“原因”を見に行くだけだ」



その落ち着きに、村長の肩がわずかに下がる。



「賢者様……本当に……?」


「賢者って呼ばれてる以上、逃げるわけにはいかないさ」



そう口では言いつつも、ケンサクの胸の奥では別の思考が渦巻いていた。



(……もし本当に呪いだったらどうする?

俺には魔法が使えないのに……

でも――)



横を見ると、リテナが必死に彼を信じている顔があった。



(……この信頼を、裏切るわけにはいかない)



ケンサクは決意を込め、小さく頷く。



「リテナ。薄布と手袋を借りられるか?

それから……家では大きな鍋で湯を沸かして待っていてくれ」


「……うん。すぐ持ってくる」



リテナは急いで立ち上がり、物置から薄布と手袋を探して戻ってきた。



「これ……パパが畑仕事の時に使ってたやつ。

 役に立つかわかんないけど……」


「助かる。十分だよ」



布を受け取りながら、ケンサクは柔らかく微笑む。

その表情に、リテナの緊張がすこしほどけた。


しばらくして村長と共に外へ出る。

夜の村は、異様なほど静かだった。


風さえ息を潜めているようで、遠くの麦畑がほんの少し揺れる音だけが聞こえる。

村長が灯りを掲げ、指さす。



「……あそこです。発症した夫婦の家は」



一軒だけ、まるで村から切り離されたように暗い家があった。

窓の隙間から漏れる明かりはわずかで、人の気配もない。

リテナはケンサクの背中に隠れるように寄り、小さくつぶやく。



「……パパとママが倒れた時も、こんなふうに……

 みんな怖がって誰も近寄らなかった。

 あたしも……何もできなくて……」



その言葉が夜気に溶け、胸を締めつける。

村長は灯りを強く握りしめながら言った。



「賢者様……行きましょう」



ケンサクは短く返す。



「ああ。行こう」



患者の家へ向かうたびに、夜の静寂はますます濃くなり、

“見えない恐怖”が足元からじわりと絡みついてくる。


それでも――ケンサクの足取りには迷いはなかった。



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