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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第一章:【悲報】転生チュートリアルが適当すぎる【チートなし】

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8 はじまりの事件:村を救えるか?



暫くは穏やかな道のりだった。

道を歩きながら、リテナは小石をつま先で弾いた。

ふと会話が途切れ、言おうかどうか迷っているような沈黙が続いた後――



「……あたしの両親はね、流行り病で亡くなっちゃって。

だから今は一人で畑を守ってる。小麦を育てて、売って暮らしてるんだ」



ケンサクはすぐ返事をせず、ただ静かに頷いた。

彼女が明るく話すほど、その言葉の重さが胸の奥に沈んでいく。

しばらく沈黙が続き、ふとケンサクの視界に淡い光の文字が浮かぶ。



《リテナ

 職業:農家

 称号:麦冠の乙女》


(……小麦色の肌に、光を受けて揺れる金髪。“麦冠の乙女”って、ぴったりだな)



意識的に視線をそらすと、リテナが頬をかすかに赤くしてそっぽを向いた。



「見えてるんだよね、職業。あたしの村では、まだ神様から貰った人のほうが珍しいんだよね……」



言いながら、リテナは自分の指先をいじっている。

ケンサクの頭の中では無限に広がる空間であみだくじをするあの神の姿が浮かぶ。



「“農家”って職業、誇りはあるよ。

パパとママが残してくれた畑を守れるしね。

それに、この職業を貰えたおかげか、他の家より収穫も多いし……助かってる」



でも――と、彼女の声が少しだけ沈んだ。



「……本当は冒険者に憧れてたんだ。

パパが街で買ってきてくれた絵本にね、剣士とか魔法使いとか、すっごくかっこよくて」



ケンサクは前を向いたまま、ふっと表情を和らげた。



「まだ若い。目指してみてもいいだろう」


「でもさ、職業が“農家”のまま冒険者になるって……変じゃない?

村のみんなも言うんだ。“神様に貰った役割を放棄するなんて、とんでもない”って」



ケンサクは心の中で静かにため息をついた。



「いつか剣くらい振れるようになりたいんだけどね……農具くらいしか触ったことないし」


(……あの神のあみだくじで決まった職業に、人生を縛られるなんて。ほんと、余計なことばかりしてくれるな)



リテナはケンサクの気配に気づく様子もなく、

村へと続く道を、軽い足取りで進んでいく。




やがて小麦畑が一面に広がり、風にそよぐたび夕焼けを映した金色の波が揺れる。

いくつもの煙突から細い煙が立ちのぼり、家々は素朴で温かい雰囲気をまとっていた。



「ここが、あたしの村!」



リテナが胸を張って指さす。

麦の香りを含む風が、彼女の髪をさらりと揺らした。



「……穏やかな場所だね」



ケンサクが思わず漏らすと、リテナは嬉しそうに頷いた。



「さ、こっち! うちに案内するよ!」



しかし玄関前まで来たところで、ケンサクが慌てて手を上げた。



「いや、あの……若い女の子の家に、よく知らない男が上がるのは……どうなんだ?」



リテナはぽかんとしたあと、くすっと吹き出した。



「なにそれ?賢者様が悪いことなんてするわけないでしょ!」


「……賢者って、そんな信頼されてるのか」


「そうだよ、神様はその人にふさわしい職業を与えてるんだから!」



まっすぐで疑うことを知らない目が、夕日を受けてきらりと光る。

ケンサクは、神が床であみだくじをしていた光景を全力で追い払う。



(……魔法が使えない賢者だなんて、言えないな)



ケンサクは胸の奥で小さく息をついた。

すぐに立ち去るつもりだ、とケンサクは一度その言葉を飲み込む。


リテナの家は小さな木造の家だった。

台所には乾燥小麦の束が吊るされ、素朴だが温かな匂いが広がる。



「本当はね、今日街に小麦を売りに行くはずだったんだ。

そのお金があれば、もっと豪華なもの出せたんだけど……ごめんね」



そう言いながら、リテナは手際よくパンと野菜のスープを用意した。

食卓に並んだパンを見た瞬間、ケンサクの脳裏に言葉が浮かぶ。



(発酵なしのソーダブレッド……知識があるということは、作ったことがあるのか、俺)



一口かじると、小麦の優しい甘さが広がった。



「……美味しい」


「よかった! 小麦はね――」



リテナは畑のこと、粉の引き方のことを楽しそうに語る。

その声を聞きながら、ケンサクは自分がこの世界に“ちゃんと存在している”感覚をゆっくり噛みしめた。



その穏やかな時間を破るように、外から誰かの走る足音が近づいてきた。



「リテナ!邪魔するぞ!」



リテナが一瞬だけ顔を強ばらせた。

ドアを開けた村人は、ケンサクを見るなり深々と頭を下げた。



「ご、ご無礼を承知で……お願いがあって参りました……リテナが賢者様をお連れしたと聞きまして……!」


(……ああ、なにか厄介な予感)



村人は唇を震わせ、必死に言葉を続けた。



「実は……この村で“流行り病”が……また出まして……どうか……どうか助けていただけないでしょうか……!」



“また”の一言で、リテナの顔色がさっと沈む。



「……あの病気が……?」



リテナの表情にケンサクは何かを察する。



(これは、関わらないわけにはいかない)



家に満ちた温かさが、冷えた水のように静かにしぼむ。

ケンサクはスプーンを置き、村人を見る。

その瞳は決意を含んでいた。



「……詳しく話してくれ。できることがあるなら、手を貸す」



自分でも驚くほど自然な声だった。

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