6 勇者がいない場所で
偶然だった。
本当に、偶然。
ゼドはこの村に、少しだけ滞在するつもりだった。
勇者に急ぎの連絡で先に向かい、
「ゆっくり戻ればいい」
と言われたからだ。
正直に言えば彼らにはあまり、関わりたくなかった。
ケンサクという存在は、ゼドにとって最初から異質だった。
頭の上に表示される《賢者》という文字は《魔法使い》のゼドの上位互換、と感じる存在だというのも関わりたくない理由の一つ。
彼の行動は、正義でも悪でもなく、
世界の流れを変えかねない違和感。
平和を守るという意味では、危険な存在だとすら思っていた。
あの村で光の祭りの夜に起きた、些細な諍いも。
いつものように、勇者へ報告するつもりだった。
――なのに。
ケンサクは、解決した。
しかも、力ではなく、言葉と知識で。
村を出たあと、魔物に森で追い詰められたゼド。
魔力を使い、逃げ続け、限界だった。
間に合ったのは――
あの賢者たちが、いたからだ。
最終的に魔物を斬ったのは勇者だった。
けれど、あの時間を稼げなければ、
自分は確実に死んでいた。
そのあと。
森を浄めるべきだと考えた勇者を、
ゼドは止めた。
なぜ止めたのか、
自分でも、よく分からなかった。
(……勇者様を信じていれば、すべて正しいはずなのに)
そして今。
ゼドは、広場の混乱を遠巻きに見ながら、
足を止められずにいた。
人の流れが、地下神殿へ向かっている。
その先頭に――
押されるように進む、見たことのある背中があった。
ケンサク。
そして、その肩に浮かぶ、小さな光。
声が、聞こえる。
「ホタル。俺が使える魔法に……風を起こす魔法はあるか?」
「あるよ……」
「でも、知ってるでしょ。詠唱した瞬間に、君は死ぬ」
「……発動は?」
「その前に、君の命が尽きる」
ゼドの胸に、引っかかるものが残った。
(……賢者、なのに?)
頭の上には、確かに《賢者》と書いてある。
なのに、魔法を使えない。
使わないのではない。
使えない。
(……僕も)
思考が、自分自身へと返ってくる。
攻撃魔法。
ゼドはそれを使えない。
使う技術はある、実際過去には使えていた。
しかし、ゼドのなかでは攻撃とは救済。
敵を倒し、場を制圧し、救うのは勇者の役目。
自分は、守られる存在。
だから――使う必要はない。
夢の中の声が、よみがえる。
『君は、救われる側でいなさい』
それは、優しかった。
安心できる言葉だった。
同時に、戦わなくていいという決定でもあった。
(……じゃあ)
もし、今ここに勇者がいなかったら?
誰も動かなかったら?
それは――
勇者がいないことを理由に、
救済のない世界を肯定することになるのではないか。
ゼドは、はっとする。
勇者の代わりになる必要はない。
同じことをする必要もない。
でも。
勇者がいなくても、救える存在にはなれるのでは。
その考えが、胸の奥で静かに形を持った。
ゼドは、走り出す。
地下へ向かう人の流れをかき分けて。
あの光を、追って。
まだ、答えは出ていない。
けれど――
このまま何もしないという選択肢だけは、
もう、選べなかった。




