4 神、言いにくい事実を漏らす
「職業や能力を与えたことで、人々はどう変わったんですか?」
静かに、しかし核心を突く問いが投げかけられる。
神はしばし沈黙した。
先ほどまで布の下から聞こえていたはずの軽快な声が、ぴたりと止まる。
「…………」
「効果はいまいち、だったんですね」
「あー……うん、まあ」
神は白い布の裾をいじりながら、気まずそうに呟いた。
「勇者を強く創りすぎてしまってね。
彼を止められるほどの人物は、まだ誰もいないんだ。
だけど、全員に与えるつもりで始めちゃったから……今さらやめるのも不公平というか……」
「そこには責任感あるんですね」
「そう、私はそれで今とっても忙しい」
「勇者に関する責任感も、お願いします」
「……そこで君だよ」
まったく噛み合わない論理展開に、彼はそっと天を仰いだ。
数秒だけ沈黙し、吐息まじりに言葉をつなぐ。
「……納得はできませんが、状況は理解してきました。
これは、断っても“はい”を選ぶまで無限に説得される流れですね」
「話が早くてほんと助かる!」
「俺の記憶を消している理由は?」
「あっ、そこ……聞いちゃう?」
神はあからさまに狼狽し、布の中でわたわたと手を振っている気配がした。
男は微かに目を細め、ぼそりと呟く。
「……俺の知識に、自力で成仏する方法があるような気が……」
「わーっ! ごめんごめん! 言う! ちゃんと言うから!」
神は慌てて言葉を重ねた。
「ただ単に、前の世界に戻りたいとか思わないようにってだけ!
ほんと、それだけ!」
「それだけ」
「……あと、君の知識量が多すぎて、記憶が持ってこれなかったみたい……」
布に書かれた“もしかして神?”の文字が、どこか気まずそうに沈んで見えた。
「俺が、前の世界で一番賢いもの……って言いましたよね?」
彼は少し顎を引き、静かに問いかける。
「よく覚えてるね、賢い!」
神はようやく調子を取り戻したような明るい声で返す。
「もしかして……俺って、車椅子の天才科学者だったとか?」
「……神の存在を否定しようとしてる?」
「いえ、今目の前に実在してるので。
どちらかといえば、“神はサイコロを振らない”どころか、
“見えないところに投げて我々を混乱させる”という言葉が思い浮かんでまして」
「……馬鹿にしてる?」
「そんなつもりはありません」
彼の口調に悪びれた様子はない。
「……君は、あの偉大な博士が“異世界転生”って言葉にピンとくると思ってるの?」
「ピンと来ないというのを証明することはできませんからね」
「ぐう……」
「……ぐうの音って本当に出るんだ」
「まあ、君の記憶については……あまり深く考えずにいても問題ないよ」
「せめて名前だけでも教えてください」
「自由につけていいよ? ゲームの名前みたいに」
「じゃあ、スティーブン」
即答する男に、神は布をめくりかけた勢いで止まった。
「君が博士を尊敬してるのはよく分かった、でもそれはちょっと」
「自由にって言いましたよね」
「四文字以内で」
「あのゲームも10なら六文字まで行けましたよね」
「まあ、それは冗談」
「どれが冗談なのかわかりにくいです」
「名前くらいなら、教えても障りないだろう。
ええと……名前……名前、名前……」
神がぶつぶつと呟く。
「……もしかして今、考えてます?」
男はじっと布の中心を見つめたまま、冷静に問いかけた。
「いやいや。違う違う。
職業を付与するために、この世界の全員分の名前を手作業で書いたから、ちょっと思い出すのに時間が……」
「あみだくじの弊害がここにも出てるとは」
「ああっ! そうだそうだ、思い出した!
ケンサク! お前の名前は、ケンサクだ!」
勢いよく指を突き出す神。
布の下でドヤ顔をしているのが容易に想像できた。
「ケンサク……」
ケンサクはその言葉を、どこか遠い響きのように繰り返す。
「……おじいちゃんっぽいですね」
「まあ、感想は人それぞれだし。名前なんて記号のようなものだよ」
「……俺、おじいちゃんだったんですか?」
「人間、やがて全員おじいちゃんかおばあちゃんになるからね」
「じゃあ俺、おじいちゃんなら孫とかいたんですかね?」
「……おじいちゃんに食いつきすごいね、君」




