14【困惑】ケンサク「主人公補正どこ?」
ホタルは必死にふわふわと飛び回り、巨大な狼の注意をひきつけようとする。
しかしその光は弱々しく点滅し、今にも消えそうだった。
「ケン、サク……そろそろ私、本当に、限界……」
ホタルがふらりと傾くたび、魔物の赤い瞳がギラリとゼドへ戻る。
ケンサクはホタルたちのほうへ走りながら必死に考える。
「追い払うことはできるかもしれない……けど、もしあの村に向かったら……」
森に響く魔物の唸り声。
地面を削る爪音。
思考がまとまらず、空回りする。
ホタルの光がほとんど消え、ゼドへと魔物の視線が戻った。
「だめっ!!」
リテナが叫び、弓を引く。
放たれた矢は魔物の皮膚を傷つけこそしなかったが、視線をこちらへ向けるには十分だった。
「ごめん、ケンサク!勝手なことして……でもあのままじゃゼドが……!」
ケンサクは焦りで息が詰まる。
「ああ、限界だったろうな。交代には丁度いいタイミングだった!俺とリテナで二手に分かれて――」
魔物が飛びかかる準備をしながら低く唸る。
距離が、近い。
(こういう時だけ冷静になるとか、視界がスローになるとか……
そういう“主人公補正”、来ないのか?)
ケンサクの脳内でどうでもいいツッコミが鳴り響く。
「リテナじゃなくて、せめて俺の方を向けよ……!」
ケンサクは石をつかみ、魔物に向けて投げつけようとした——その瞬間。
世界が、静かに白く染まった。
音が消えたわけではない。
ただ、すべてが遥か彼方に押しやられたように小さくなる。
そこに降りてきたのは、一本の光。
鋭く、澄み、触れれば崩れてしまいそうなほど純粋な。
光が大地に触れたその一呼吸後――
魔物の巨体は、ただ静かに倒れ伏していた。
肉が裂ける音も、血が弾ける音も聞こえない。
“そうなっていた”としか言いようのない、完了した結末だけがそこにあった。
「……な、何が……」
ケンサクは息を呑む。
リテナは声を失う。
光の中に立っていたのは――
白い鎧に身を包み、白金の髪を風にも揺れずに垂らした人物。
返り血は一滴もない。
その佇まいは彫像のようであり、祈りの像のようでもあった。
人物はゆっくりと剣を横に払う。
まるで儀式の所作のように完璧で、無駄がなく、美しい。
ケンサクの言葉を使うのなら、圧倒的な“主人公”感があった。
その姿を見たゼドが、息を震わせた。
「……勇者様!」
ケンサクとリテナははっと振り返る。
そこに立つのは――
世界が“勇者”と呼ぶ、ただひとり。




