10 争いは根から起こる
それからしばらく、ゼドは表向きには祭りを楽しむように振る舞っていた。
村人と話し、微笑む姿は柔らかくさえ見える――
だが村人の緊張がどこか張り付いているように、ケンサクには感じられた。
(……“勇者の仲間が来た”ってのは、村にとって特別な意味があるんだろうな)
そして夜が深まり、祭りが最高潮に達した頃。
光の化身を囲む輪が自然と割れ、
白いローブの少年――ゼドが静かに歩み出る。
村人の息がそろって止まる。
「……ゼド様が……最後の布を……」
わずかに残った薄布に手を添え、ゼドは静かに祈りを捧げた。
「――また一年、この光が村を守りますように」
布が外れ、広場が爆ぜるようなまばゆい光に包まれる。
誰もが反射的に目を閉じ、
温かな光に頬を照らされながら息を飲む。
静寂――。
そして村人たちは一斉に膝をつき、祈りを捧げた。
子どもの胸に添えられた小さな手。
老人の震える指先。
光に染まる夜の森。
ケンサクも思わず呟く。
「……幻想的だな。ホタルの“迷惑をかけてた体”が、こうして役に立ってるとは」
「ちょっ、迷惑って言うな!! ……でも、まぁ。喜ばれてるなら……いいけど!」
隣のホタルがぷんすこと膨れ、ケンサクに頭突きをする。
穏やかな空気のまま、祭りは終わりへ向かっていく――
はずだった。
光の化身の周りで、まだ子どもたちが走り回っていた時。
「きゃっ!」
「わっ、あぶない!」
ガタンッ!!
広場の端の大きな飾り柱がぐらりと傾いた。
大人が慌てて支え、倒壊は免れたものの、場の空気は一変する。
「お前が押したんだろ!!」
「ちがう! そっちがぶつかったの!!」
小さな二人が涙目で互いを責め合う。
大人たちはざわつき、
「ゼド様の前で争いなんて……」
「まずいぞ、ほら、落ち着いて!」
と不安を口にした。
そのとき。
白いローブの少年が、すっと前に出る。
ゼドの淡いミント色の瞳が、無機質に子どもたちを射抜いた。
争う子どもたちとそれほど年齢も変わらないように見えるが、その声は大人びた冷静さを持っていた。
「争いは“平和の乱れ”につながります。
このままにしておくわけにはいきません」
村人が青ざめ、子どもたちが泣きそうに口をつぐむ。
――その瞬間。
「争いじゃない。原因を取り違えてるだけだ」
ケンサクの声が静かに割って入った。
ゼドが横目でケンサクをとらえる。
「……根拠を、お持ちですか?」
ケンサクは飾り柱の根元にしゃがみ込み、指で地面を示した。
「ここ、土が盛り上がってるだろ」
「盛り上がって……?」
「木の根だ。湿気が多い日は植物が水を吸って細胞が膨らむ。
それで地表が押し上げられて、上にあるものが不安定になる」
ケンサクは軽く土の盛り上がりを押してみせる。
「この柱はもともと傾きかけてた。
子どもが触れたくらいで倒れそうになったのは……自然現象だ」
村人がざわめく。
「……そういえば」
と、リテナが手を挙げた。
「私の村の畑でもあったよ!
雨のあと、根が膨らんで小屋の土台がずれたこと!」
その言葉に周りの村人たちも似たような出来語を口々に語る。
「ああ、だから誰も悪くない」
ケンサクは子どもたちの前にしゃがみ、優しく言った。
「お前たちは、ただ驚いて言い合いになっただけだ。
争ってたんじゃない、“誤解”してただけだよ」
二人の子どもは、おそるおそる互いを見る。
「……ごめん」
「わたしも……ごめんなさい……」
自然と、二人の頭が下がった。
ゼドはしばらく沈黙していたが、やがて淡々と告げる。
「……争いではなく、誤解。
ならば確かに“平和を乱す要素”ではありませんね」
しかしその瞳は、納得ではなく――
冷たく観察する色に変わっていた。
「あなたの判断、興味深い。
……勇者様に報告すべきことがありそうです」
ローブが静かに揺れ、ゼドは背を向ける。
村人の安堵と不安が入り混じった視線の中、
光の化身だけが静かに揺れていた。




