9 少年が告げる“勇者の平和”
村の入口のほうから聞こえていたざわめきが、次第に広場の熱気へと溶け込んできた。
「勇者様のお連れの魔法使い様がいらっしゃったぞ!」
「ああ、今年はゼド様がいらっしゃったんですか!」
興奮気味の声が次々とあがり、村人たちが自然と道を空け始める。
ケンサクも思わず視線を向けた。
近くの中年の村人が、誇らしげに説明してくれる。
「祭りの夜には毎年、勇者様のお仲間が来てくださるんですよ。
光の化身を覆う“最後の布”を外し、村に新しい一年の光を授ける——それが祭りの締めなんです」
「そういう役目があるのか……」
ケンサクは素直に感心する。
(こんな小さな村にまで来るなんて……勇者の一行、本気で“平和”を届けようとしてるのかもしれないな)
そう考えかけたとき——
人だかりが揺れ、白い影が中央に姿を見せた。
背は小さい。
勇者の仲間として想像していた姿よりも、ずっと幼い。
そして、ケンサクの眉が上がった。
(……見覚えがある)
前の街で、棒切れを貸してくれた少年——
あの少年が、そこにいた。
ケンサクは反射的に頭上へ視線を向ける。
──《ゼド》
──《魔法使い》
(……魔法使いか。思えばこの世界に来てから、一度も魔法を見ていないな。
俺は使えないし)
そのとき、隣からリテナの小さな息がもれた。
「……すごくきれいな子だね」
見ると、リテナはぽかんと口を開けたまま、少年を見つめている。
ケンサクも改めて観察した。
(街で会った時、普通の子どもだと思ってたけど……確かに雰囲気が違う)
光を反射して淡く輝く白金の髪。
透明感のあるミント色の瞳。
白い外套に金糸の縁取り。
胸元に揺れる小さな守り袋。
まるで光に染められたような、儚い気配をまとっていた。
ホタルがふわりとケンサクの肩へ降りる。
ケンサクがホタルを見上げるより早く、
その少年——ゼドがゆっくりこちらへ歩いてきた。
微笑みは柔らかい。
だがどこか、影を落とした静けさがあった。
「……あなたは、前の街でお会いしましたね。
はじめまして。僕はゼドといいます」
透き通るような声が響く。
ケンサクは少しだけ身構えた。
「俺はケンサク。旅をしていて、たまたまこの村に立ち寄ったところだ」
嘘は言っていないが、あえて短く答える。
ゼドは微笑みを保ったまま、まっすぐにケンサクを見つめる。
「この村には、勇者様が直接授けられた光の化身があります。
それが正しく扱われているか、村の方々が平和に過ごせているか、そして——」
淡い瞳が細められる。
「……平和を乱すものがないか。
それを確かめるために来ました」
その言葉に、ケンサクの胸がひやりと冷えた。
リテナも眉をひそめる。
「平和を乱す……って?」
ゼドは静かに、しかし絶対的な確信を持つ声で答える。
「“平和を乱す要素”があれば……勇者様に報告しなければなりません」
にぎやかな祭りの明かりの中で、
その言葉だけが異様に冷たく響いた。
ケンサクは息を飲む。
祭りの光の中に、
確かな“影”が落ち始めていた。




