3 理想をこじらせた勇者
神は少しだけ言葉を探してから、やや誇らしげに語り始めた。
「勇者は、“平和な世界を作る”ようにと、私が生み出した存在なんだ」
「魔王を倒して、平和になったなら、それで良かったんじゃないですか」
「勇者は、魔王を倒した“あと”も、平和な世界を作ろうとしている」
「……何も問題はないように思えますけど」
「そうだろう? だが問題は、“勇者にとっての平和”の基準に満たないものが許されないという点なんだ」
「……たとえば?」
神はわずかに声を低くしながら続けた。
「町の中で、ちょっとした喧嘩が起きる。ほんの些細な言い争い。
時間や話し合いで解決しそうなやつだ」
「勇者はそれを“平和を乱した”とみなす?」
「うむ、そして喧嘩両成敗」
「町の人口が……二人、減る?」
「うむ」
「うわあ……平和過激派だ」
「人々は、勇者に怯えながら暮らしている。正しさしか存在しない世界。
“間違いを試す余地”がない」
「でも、“結果として平和”ならオーケーでは?」
あえて問うと、神は布を押さえ、急に声の色を変える。
「……こんな、昔話を知っているかい?」
「昔話?」
「清らかさを求める僧がいた。
彼は“絶対に汚れてはいけない”と、水瓶も衣も、そして乗る船までも、毎日磨き上げ続けた」
布の向こうの空気がすっと冷える。
「だが磨きすぎた船は、光るほど薄く、脆くなっていた。
僧が乗り込んだ瞬間、船は割れ、清らかさと共に川底へ沈んだ」
ケンサクは眉をひそめる。
「……清浄であろうとするほど、破滅が近づく……」
「そう。清らかさ自体は良いものだ。
だが、“清らかでなければならない”という執着が毒となる。
勇者も、同じだよ。
“平和でなければならない世界”を願いすぎて、
その重さで世界そのものを沈めてしまっている」
思ったよりずっと静かで、思ったよりずっと重い声だった。
ケンサクはしばらく神を見つめ、それからぽつりと言った。
「……神様、大丈夫ですか?
なんか急に深い話し始めて……中の人変わりました?」
「私だって真面目なときくらいあるさ」
「でも“創英角ポップ体でもしかして神?”って書いてる存在が言っても説得力が……」
「それ君のイメージだからね!
私は本来もっと神々しいはずだからね!?」




