5 “勇者の平和”の影
子どもの呼吸が落ち着くのを待ちながら、三人は周囲を警戒していた。
そこへ――誰かの名前を呼ぶ声が二つ、必死に近づいてくる。
その声を聞いた子どもは、ぱっと顔を上げた。
「……お父さん! お母さん!!」
その叫びと同時に、森の奥から駆けてくる気配。
泣きそうな声と足音が重なり、木々の隙間から二人の大人が飛び出してきた。
母親は子どもの姿を見た瞬間、膝から崩れ落ちるように抱きしめる。
「よかった……! よかったぁ……!」
嗚咽混じりの声が森に溶けた。
「いつのまにか、魔物にかこまれてて……でも、このお兄ちゃんたちが、たすけてくれたんだ!」
子どもが言うと、父親は肩を震わせながら深く頭を下げた。
「本当に、本当にありがとうございました……!
一人で森に行っては駄目だと言い聞かせていたのに……」
その光景を見ていたリテナの足が、ふと止まった。
安心した途端、緊張の糸が切れたように母親の腕の中で泣きじゃくる子ども。
父親の震える手。
二人の声の温かさ。
それらがどこか、リテナの胸の奥を強く締めつけた。
(……なんでかな、少しうらやましい)
忘れかけていた柔らかい温度がふっと蘇り、リテナの表情がゆっくり陰った。
その変化に、ケンサクは誰より早く気づく。
「……リテナ?」
そっと肩に手を添えると、驚いたようにリテナは瞬きをして、
「大丈夫」と笑ってみせた。
けれどその目は、ほんのわずかに潤んでいる。
「……ちょっと思い出しただけだよ。昔のこと」
無理に明るく振る舞うような声だった。
ケンサクはそれ以上は何も言わず、ただ静かに寄り添った。
母親は子どもを抱いたまま、震える声で言った。
「もし、勇者様やお仲間の方に見つかっていたら……」
父親が眉を寄せて続ける。
「“平和を乱す者”と判断されていたかもしれません」
ケンサクは眉をひそめる。
(……平和を乱す?
子どもが迷って魔物に囲まれていただけで?)
胸の奥に、冷たい違和感が静かに沈んでいく。
「……助けてくださって、本当にありがとうございました」
夫婦は深く頭を下げ、その感謝の仕草は切実だった。
三人が歩き出したとき、
後ろから小さな子どもの声が響いた。
「おねえちゃん、おにいちゃん、ありがとう!」
振り返るリテナの顔に、
先ほどの涙とは違う、少しだけ柔らかい微笑みが浮かんだ。
そして三人は、親子に礼をしたいと言われ、
彼らの村まで向かうことになった。




