1 ケンサクは まほうを となえることが できない!
街道を歩き始めて間もなく、ケンサクはふと気になってリテナに尋ねた。
「なあ、俺の頭の上……いまなんて書いてあるんだ?」
リテナは歩みを緩め、そっと見上げる。
「えっと……“賢者”って出てるよ。普通に」
「“普通に”ね……」
その横で、ホタルが胸を張るように光をぽふっと膨らませた。
「(笑)は直しといたよ!ほら、昨日怒ってたから!」
「お前がつけたくせに……“直しといたよ”とはなんだ」
ケンサクがホタルをつまもうとして、結局ため息で諦める。
リテナは少し迷い、思い切って訊いた。
「前にホタル様から聞いたけど……ケンサク、賢者なのに魔法は使えないんだよね?」
ケンサクが苦笑すると、ホタルが答えるように飛び出した。
「“使える魔法”はあるんだよ。でもね、ケンサクには――
魔法を発動するためのMPが……ゼロ!」
「MPがゼロって……」
リテナが戸惑うと、ホタルはくるりと光の尾を描いた。
(MPってこの世界でも通じるのか)
ケンサクはそんなこと考えながら、二人を眺めている。
「えーと、パンを作る技術はあるのに、小麦粉がない、みたいな?」
リテナは首を傾げながら問いかける。
「まあ悪くない例えかな。
小麦粉なしで無理やりパンを作ろうとしたら、パンはできないし……
他に使う材料をムダにしたり、道具を壊したりするかもしれない」
ホタルも真面目に続けた。
「魔法を無理に使おうとするとね、MP以外の大切なものが削られて、
体が壊れて……最悪、死ぬかも」
リテナが小さく息を呑む。
ケンサクは逆に「やれやれ」と肩を落とした。
「そんな仕様の世界なのに、なんで“MPゼロ”の俺を賢者にしたんだよ」
ホタルはほんの一瞬黙り、そして柔らかく言った。
「……賢者の君じゃないと、ダメなんだよ」
「相変わらず意味がわからないな」
ケンサクがぼやくと、ホタルは気まずそうに光を揺らす。
「でもね……ケンサクには、なるべく戦ってほしくないな」
「じゃあ……なんで俺をこの世界に連れてきたんだ」
ケンサクの問いには答えず、ホタルは急に真剣な声になる。
「ケンサクには、命をむやみに奪ってほしくない。
それから――」
ホタルは指を折るように光を点滅させた。
「盗みをしないこと。
人として良くない関係を作らないこと。
嘘をつかないこと。
あと……お酒はほどほどにすること!」
最後だけ、やけに力が入っていた。
ケンサクはジト目になる。
「最後のやつ、昨日酔いつぶれたお前が言う?」
「うう……それは反省してる……!
でも私は本気で――」
(勇者とは正反対の“賢者”であるケンサクに、この世界を変えてほしい)
その本音は、まだ言えない。
微妙な空気が流れかけたその瞬間――
リテナがぱっと声を上げた。
「あっ! 森が見えてきたよ!」
その一言で、三人の視線が一斉に深い木々へ向かう。
重たかった空気がふっとほどけ、風が森の匂いを運んできた。




