5 巻き込まれ
翌朝。
市場のざわつきが宿屋の窓から入り込み、ケンサクはゆっくり目を開けた。
今日の予定は、まだ決まっていない。
「……さて、どう動くか」
朝食を終えたケンサクたちは、ひとまず街で情報を集めることにし、
数時間ほどの別行動をとることになった。
ホタルはリテナから離れたがらず、光をしょんぼり萎ませていた。
「昨日、悪ふざけしすぎてケンサクに怒られたし……今日はなんか気まずいし……頭も痛い……」
完全に“二日酔いの光”だ。
ホタルはリテナの頭にしがみつき、離れようとしなかった。
こうして二手に別れて行動することになった。
「街で聞き込み……まさに王道RPGだな」
ケンサクはやや浮かれた声で独り言を漏らした。
石畳の大通りには、行商人が声を張り上げ、
武具店の前には冒険者らしき人々の列ができている。
ケンサクは装備を買えないくせに武器屋の前を通り、
店頭に吊るされた剣や槍を眺めてつぶやいた。
「……ここ、情報ある……かな〜……いやないな」
(いや武器屋に情報は売っていないだろ)
自分で突っ込みながらも、なぜか楽しい。
旅の気配、冒険の匂い。
そんな気分が胸を軽くした、そのときだった。
どこかで怒鳴り声がした。
「魔物が増えたのは——」
「信仰心が弱い地区があるからだ!!」
市場の中央で、神官服の男が壇上に立ち、顔を真っ赤にして叫んでいた。
「なんだ……?」
ケンサクは足を止める。
(信仰?ホタルに対する“信仰心”が弱いって言うなら……
俺は弱いどころかゼロなんだが)
ホタルのことを言ってるのかと思ったが……違うらしい。
「勇者様は祈りに応えて街を守ってくださっている!
前にも魔物が増えた時期に祈りを捧げたら被害が少なく済んだんだ!!」
神官風の男はこの街での勇者への信仰心のことだった。
「川沿いの地区は心が曇り、祈りが足りない!
だから魔物が寄るのだ!」
川沿いの貧しい地区を指さす。
その瞬間、周囲の住民たちの表情が怒りに変わった。
「ふざけるな!!
被害が出てんのは森のほうも同じだろうが!」
「祈りが足りない?
そんなもんで魔物が減るなら誰も苦労しない!」
怒号が飛び交い始める。
狭い市場は一気に空気が重くなり、
神官の取り巻きと川沿いの住民が対立していった。
「……これは良くないな」
ケンサクが小声でつぶやいた瞬間、
近くの男が鋭い目を向けてきた。
「お前、今なんか言ったか?」
「いや、別に」
「どっちの味方なんだよ!!」
「いや、だから俺は通りすが――」
その言葉は最後まで届かなかった。
人の輪が狭まり、ケンサクは自然と中心へ押し出される。
「外から来た人なら偏見もないだろ!?
この人の意見を聞いてみようじゃねえか!」
「はぁ!? そんなよそ者に何がわかるんだい!
川沿いで暮らしてる苦労も知らないくせに!」
川沿いの女性が怒鳴り返す。
ケンサクは両側から引っ張られ、困惑しながら言葉を探した。
「え、いや、その」
完全に二つの勢力に挟まれていた。
(なんか巻き込まれた……)
何かを言おうにも情報が足りないし、どちらが正しいとも即断できない。
「川沿いは“祈り場”が少ないから魔物が寄るんだ!」
「そんなの迷信だろ!!
祈りで魔物が減るなら王都は魔物ゼロになってる!
なんでそうなってないんだ!」
「うっ……そ、それはだな……!
それより、じゃあなんで“川沿いの区画だけ”被害が出てんだよ!」
「それは……それは……!」
完全に平行線だった。
飛び交う言葉を拾うように、ケンサクは必死に情報を整理する。
祈りが足りないから被害が出る、という側と、
祈りで魔物は減らない、という側。
ケンサクは気づく。
(……どっちも“自分が見た範囲”で話してるだけか……
でも、両方、本気で正しいと思ってる顔だな)
神官たちは“祈り不足”と本気で信じているが、
祈りで魔物が消えたという確証はない。
川沿いの住人たちは“祈りでは魔物は減らない”と現実を語っているが、
川沿いで被害が続いている事実も否定できない。
(なにか、認識の食い違いがあるはずだ)
商人の怒鳴り声、住民の訴え、神官の主張。
すべてが混ざり合い、ケンサクの耳に降り注ぐ。
(……仕方ない。聞けるだけ聞いてみるか)
ケンサクは両者の中心で深く息を吸い込んだ。




