3 初めての買い物、大混乱
「ほらケンサク、早く早く! あっちが市場だよ!」
グラディスの中心部へ向かう通りは、さらに人でぎゅうぎゅうだった。
露店が軒を連ね、香ばしい肉の匂いと焼けたパンの香りが混ざって漂ってくる。
ケンサクを引っ張るリテナの横で、ホタルがふわふわと浮いている。
「ここ、なんでも売ってるよ! 武器も、防具も、冒険用の道具も!」
リテナが嬉しそうに両手を広げた。
「よし、まずは装備だな。
せっかく新しい街に来たんだから、一式揃え——」
「だめ!!」
ホタルがケンサクの目の前で全力で光った。
「その服、気に入ってたでしょ!?
苦労して選んだのに、それを変えるなんてとんでもない!!」
「いや、苦労したとか知らないんだけど!?
俺はただ最初に着てたのをそのまま着てるだけで……!」
「だって“ケンサクといえばこの服”って感じがするし……
変えちゃうと、なんか私のケンサクじゃないみたいで……」
「お前は何を言ってるんだ」
ホタルがすねたように光を小さくすると、
リテナがぽそっと優しく言った。
「ホタル様がこんなに言ってるんだし、今はまだいいんじゃないかな」
「リテナ、前に変な服って言ってたのにか?」
「あ、あれは……見たことない服だなって意味で!」
リテナは慌てて目をそらす。
「じゃあせめて武器を」
「ケンサクが扱える武器……。そんなもの……ないよ」
ケンサクは頭を抱えた。
だがホタルの言うことはめちゃくちゃに思えるが、意味のない嘘をつくことはしていない。
つまりそれは本当なのだろう。
ケンサクは肩を落とす。
「で、でも、ケンサク! あたしの村にはないような物がたくさんあるよ! 見に行こ!」
リテナはケンサクの手を取ると、楽しげに歩き出す。
「あたしも……服はまだ使えるから、まだ買い替えなくていいかな。
武器も……使い慣れたこの鍬が一番しっくりくるし!
そのお金で、なにかみんなでおいしもの食べたほうがいいかな……」
一歩離れたところで待っていたホタルが大きくうなずく。
「リテナは倹約家でほんとにいい子……よし、称号を授ける!!
《将来はいいお嫁さん》!!」
「おいそんなノリで付けていいのか?!」
「だって基本的に、私とケンサクにしか見えないし!」
「基本的に、って言葉は気になるけど……まあ、それなら……」
ホタルが“称号ウインドウ”をぺちっと出現させる頃、
リテナがちょうどこちらへ戻ってきた。
「ねえ、二人で何をそんなに楽しそうに話してたの?」
「リテナは将来いいお嫁さんになりそうだなーって話だよ!」
「お、お嫁さん!?
そんなの、まだずっと先の話で……」
リテナの耳がほんのり赤くなる。
ホタルは得意げに光った。
ケンサクは焦り、リテナは恥ずかしそうに視線をそらす。
ホタルだけが幸せそうだった。
次の店で旅の食糧や消耗品を選び、
ケンサクが支払いのため店の中へ向かった少しの間。
リテナとホタルがふたりで残る。
「……ねえ、ホタル様。ケンサクって、魔法が使えないんですよね?」
「うん。でもね! すごく頑張り屋なんだよ。
リテナの村も助けてくれたし……それに、優しい」
「……うん。わかるよ。
ケンサク、ちょっと不器用だけど……とても、良い人だと思う」
「でしょでしょ!!
……だからさ、リテナ。ケンサクに優しくしてあげて」
ホタルは光を揺らす。
「勇者みたいに、自分の役目を頑張りすぎないように……」
言葉の最後は、街のにぎやかさにかき消されるように小さかった。
リテナが聞き返そうとしたところでケンサクが戻り、会話はそこで終わった。
その頃には、夕方の光が街の屋根を赤く染め始めていた。
賑やかな市場。
あれこれと買い物袋を抱えて歩くリテナ。
肩でむくれているホタル。
そして二人に振り回されて少し疲れたケンサク。
「……なんか、すっかり仲間って感じだな……」
ケンサクがぽつりと漏らすと——
リテナは嬉しそうに微笑み、
ホタルは胸を張るように光った。
「そうだよ、私たちは仲間!」
「あたしも、そう思うよ」
その瞬間だけ、三人の距離が、
今日の朝より、ほんの少し近く感じられた。




