14 ホタルの光、神の答え
村を出てまもなく、朝の光が細く差し込みはじめた山道を、ケンサクはひとり歩いていた。
背中には食糧と飲水――村からの感謝の気持としてもらったものだ。
(……これでよかったのか?俺は何をすべきなんだ?
“賢者”って言われても、記憶はないし魔法も使えないし……)
荷物をずらしながらため息をひとつ。
辺りは明るいが、空気はまだ冷たく、夜の匂いがうっすら残っていた。
(かっこつけて村を出てきたけど……
せめてもう少し日が昇ってからにすればよかったな。寒い……)
とりあえずの目的地は、リテナが向かう予定だった“街”。
行き先が無いよりはマシだ、とケンサクは自分に言い聞かせる。
その時――
「ケンサク!!!」
突然、耳元で叫ぶ声がした。
「……!?な、誰だ?」
驚いて辺りを見回すが、道には誰もいない。
「おーいッ!ケンサク!聞こえるだろ!?私だよ、私!」
声は近いのに、姿は見えない。
ほんの少しだけ聞き覚えのある調子。
ケンサクは眉をひそめて、ぼそりとつぶやく。
「……神、ですか?」
その瞬間、声がぱっと弾む。
「そう!!神!かみさま!!
やっと!この世界で動かせる新たな“体”の準備ができたんだ!」
あまりにテンションが高い声に、ケンサクは微妙な表情になる。
「……はぁ」
「それよりケンサク!!
すごいよ!!早速あの村の事件を片づけるなんて!!
さすが私が選んだ存在!!上から見てて、超嬉しかったよ!」
(……こういう上から目線もあるのか)
そんな心の声を飲み込む間に、淡い光の粒がふわりと集まり始める。
朝日と混じり、きらきらと輪郭をぼかしながら回っていた。
「うわっ……まぶしい……」
「良いだろう!?これが“光の神”の私を象徴する新たな形代なんだけど――
……まあ、ちょっと疲れたから、ケンサク。手、貸して?」
光がひらりと降りてきて、ケンサクの掌に落ちる。
そして――光が収まると小さなホタルがそこにいた。
ケンサクは無言でじっと見つめ、ぼそっと漏らす。
「……虫」
「ホタル!!!輝く神の化身!!!神々しさ、感じない!?」
「いや、虫ですよね」
「虫だけど!」
神はぷんすかしながら、ホタルの身体を小刻みに点滅させた。
「それより、何しに来たんですか?」
ケンサクの問いに、光のホタルがぶんぶん喜ぶように飛び跳ねる。
「もちろん助けに来たんだよ!
一人で行くの、不安そうだったじゃないか!」
「最後、無理やり転生させたのは神様でしたよね」
「えっ?……あれれ?そうだっけ?」
ケンサクはため息をつきつつ空を一度見上げた。
「神様こそ忙しいんじゃなかったんですか?」
「忙しいよ!!超忙しい!!
今ここにいるのは、私の意識の――ほんの一部!!
明るさにして約3ルクスくらい!!」
「……その例えはわかりませんが。
つまり、“本体から切り離したサブ端末”みたいなものですか?」
「おおっ、それそれ!!
この世界で動くための“私アプリの軽量版”みたいなやつだね。
本体は別の場所でいろいろやってるから!」
「つまり、大したことはできないと」
「身も蓋もない……けど否定はしない」
ケンサクは肩の荷物を持ち直しながら、淡い光を見つめた。
「……聞きたいことが“いくつも”あります」
「いくつも!?
いくつかじゃなくて!?」
「はい。いくつも」
朝の山道に、ホタルの光がゆらりと揺れる。
ケンサクは静かに息をつき、
ゆっくりと、一歩を踏み出した。
ホタルの神がケンサクの周りを楽しげに回っていると、
ケンサクはふと足を止めた。
「……神様。一つ目の質問です」
光がぴたりと止まる。
「む。なになに? なんでも聞きたまえ!」
ケンサクは少しだけ視線を落とした。
「村で……どうしても答えが出せなかったことがあるんです」
光が静まり、ぱちぱちと弱く点滅する。
「リテナは、両親と同じ水を飲んでいたはずです。
古い井戸のすぐそばに住んでいて……条件も同じだった」
神は黙って聞いている。
「なのに、リテナだけは病に倒れなかった。
その理由だけが……どうしても説明できなかった」
風が小さく草を揺らし、朝の静寂が落ちる。
ケンサクの瞳が細く揺れた。
「……神様。村での出来事を見ていたなら、教えてください。
リテナが病気にならなかった理由……どうどうしてですか?」




