11 水薬と夜明け
ケンサクとリテナは、作りたての水薬の壺を抱えて夫婦の家へ向かった。
「リテナ、ここまででいい。後は俺が——」
「大丈夫! ケンサクが平気って言うなら、怖くないよ」
その言葉に、ケンサクは一瞬だけ目を和らげる。
二人は先ほどと同じように薄布で口元を覆い、古い手袋をはめた。
(症状から考えると……あの病気なら空気には乗らない。
気をつけるべきなのは“触れた手”だ)
ケンサクは呼吸を整え、ゆっくりと言葉を選んだ。
「リテナ、この病は人から人にうつる可能性は低い。
気をつけるのは——患者に触れた手で、顔や口元を触らないこと。
それさえ守れば大丈夫だ」
リテナは真剣に頷き、薄布を結び直した。
引き戸を開けると、部屋には生ぬるい湿気がこもっていた。
二人を横向きに寝かせ、ケンサクはまず夫の様子を観察した。
乾いた唇、浅く早い呼吸、指先の冷たさ。
どれも、強い脱水を示している。
「……少しずつ飲ませてあげて。無理をさせないように」
壺から木の匙で水薬をすくい、ゆっくりと口へ運ぶ。
最初の一匙は咳き返したが、喉が動き始めると、わずかに飲み込めるようになった。
その動きを見て、リテナも妻の方へ向き直る。
「……大丈夫かな」
「うん。喉を湿らせるためじゃない。
体の中で“吸われるため”の水だ。
少しずつでいい、止めずに続けることが大事だよ」
「こんなに飲ませていいの?」
「失った分だけ、戻さないといけない。
飲ませすぎることより、飲ませないことのほうが危険だ」
そう口にしながら、ケンサクの脳裏には、本来なら必要な点滴や抗生剤の断片的な知識が浮かんでは消えていく。
(……できることが少なすぎる。
でも、今のこの世界では——これが最善だ)
やがて、ケンサクが持ち込んだ壺の水薬が空になった頃、
村長と数名の村人が交代に入った。
「賢者様に言われた通り、同じ物を作りました。
……交代いたします」
「ああ。助かる。さっき話した感染対策だけは、必ず守ってくださいね」
夜の間、灯りが絶えず揺れていた。
ひそひそと声を交わしながら、水薬を運ぶ足音。
交代の度に、疲れた手で布を結び直す村人たち。
そして——夜が明ける。
村長と村人が交代で水薬を与え続けたおかげか、
夫婦は自力で口を動かし、少しずつ水薬を受け取れるようになっていた。
リテナの家で仮眠していたケンサクは、朝日とともに再び夫婦の家を訪れ、
その様子を見て、ようやく胸をなでおろす。
(よかった……体力のある若い夫婦だったから持ち直した。
けど、これが子どもや老人だったら……危なかったな)
そう痛みをかみ締め、ケンサクは首を振った。
「次は——原因の解明だ」




