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神「賢者が魔法を使えるなんて、誰が決めた?」  作者: 源泉
第一章:【悲報】転生チュートリアルが適当すぎる【チートなし】

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10 記憶なき賢者の答え

村長の灯りに導かれ、ケンサクは暗い家の前まで来た。

戸口の前で立ち止まり、静かに告げる。



「村長さん、家の中には俺だけ入る。

あなたは外で声をかけて、患者さんに俺が来たことを伝えてください」


「わ、わかりました……賢者様」



村長が戸の隙間から声をかけると、弱々しい返事が返ってきた。

ケンサクはリテナに借りた薄布で鼻と口を覆い、手袋をはめる。

ゆっくりと引き戸を開けると、湿った空気がまとわりつくように流れ出た。


家の中は、異様に蒸し暑かった。



「……失礼します。ケンサクといいます」



ベッドには、汗で髪が張りついた夫婦が力なく横たわっていた。

目だけがこちらを追ってくる。

ケンサクは距離を保ったまま、静かに問う。



「喉の渇きはありますか?」



夫は唇を割るように開き、かすれた声で答えた。



「あ……つい……水を飲んでも……戻してしまう……」



妻も苦しげな息の中で、小さくうなずく。



「熱は?」


「……ずっと、下がらない……」



近づかずとも分かる。

高熱、脱水、腹痛、吐き気、倦怠――典型的な重症の症状だ。



(“前の世界の病”に近い……いや、もっと単純な可能性もある)



部屋の隅の桶に入った飲み水は、生温かく、ふわっと変な匂いがした。



「……飲み水、これを?」



夫婦がかすかに頷く。

玄関近くに揃えられた靴が目に入る。

泥がこびりついている。


黒ずんだ――川の近くを歩いたかのような泥だ。


その瞬間、ケンサクの頭の奥に、考える前には存在しなかった知識が浮かび上がる。



(……呪いを知らない前の世界の知識では、呪いじゃないという証明はできない。

だが、状況と症状を見る限り――これは、“あれ”だ)



胸の奥で、記憶のない脳が勝手に答えを組み立てる。

“知らないはずの知識が、勝手に手を引く”――そんな感覚。


ケンサクは小さく息を整え、窓に近づく。



「少し、風を通します」



生ぬるい空気がやっと動き始めた。



「必ず、また来ます。……諦めないでください」



夫婦は弱い力で頷いた。


ケンサクが戻ると、まず外で道具を外し、

薄布も手袋も靴も、熱湯をかけて丁寧に清めた。

その様子をリテナは息を詰めて見守っていた。



「ケンサク……どう、だった……?」



ケンサクは石鹸で洗った手を布で拭きながら静かに言う。



「これは、“感染症”だ。呪いじゃない。

呪いみたいに怖い、目に見えないものだけど……正体はもっと身近なものだ」



村長が困惑して寄ってくる。



「か、感染……? そんな……勇者様は呪いだと……」



ケンサクは首を振った。



「勇者が“炎で浄化した”のは……感染を広げないためとしては正しかった。

だが“原因”そのものは残っていたんだ」



村長の肩が震える。

ケンサクは台所へ向かい、リテナに声をかけた。



「さっきのパン、重曹を使って作ってる?」


「う、うん。街で教わったやり方で……」


「少し分けてもらえるか。それと――」



ケンサクは沸いていた湯の半分を別の壺に移し、

塩、砂糖、重曹を慎重に加えていく。



「……あと、何か果物は?」


「リンゴとレモンならあるけど」


「完璧だ。カリウムとクエン酸も補える」


ケンサクが手を止めずに淡々と説明するたび、リテナは目を丸くして固まった。



「ケンサク……それ、魔法の薬?」



ほんの少し怯え、ほんの少し期待するような声だった。



「魔法じゃない、簡単に言えば、“飲む水薬”だ。

病そのものを治すわけじゃないが……脱水を防げる。

あの夫婦に飲ませてほしい」



村長はなお不安そうだ。



「し、しかし……本当に呪いでは……?」



ケンサクは一瞬だけ目を伏せ、心の中で呟いた。



(……確信は持てない。呪いなんて知らない。

それなら、行動で示すしかない)



顔を上げたケンサクの声は揺れていなかった。



「俺の考える病と同じなら、人から人へは広まりにくい。

……呪いかどうかは、俺が証明する」



桶を持ち、再び患者の家へ向かおうとした時――



「ケンサク!あたしも行く……今度は逃げたくない!」



リテナが勇気を振り絞って声をあげた。

村長はその姿に目を潤ませ、深く頭を下げる。



「……賢者様。必要なものがあれば、何でも言ってください。

私も……逃げてばかりではいけませんな」



言葉の途中で、村長の喉がひくりと震えた。後悔が滲んでいた。

ケンサクは柔らかく微笑んだ。



「ありがとう。じゃあ、行こう。リテナ」



夜道へ歩き出す二人の背中を、

村長は震える手で灯りを掲げながら見送った。

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