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#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第1章 通知音が鳴った日
8/41

8 春、再び


 春がまた来た。

 風に漂う匂いは変わっていない。

 けれど街の色は少しだけ大人びて見える。


 悠人は駅前のカフェの窓際に座り、ノートパソコンを開いていた。

 机の上にはコーヒーと、古びたスマホ。

 画面のヒビはもう消えないけれど、なぜか新しい機種を買う気になれなかった。

 いま、その中には何のアプリも残っていない。

 それでも、時々光る。

 反射した太陽光のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 悠人は研究室で、“人の記憶に寄り添う設計”をテーマにしている。

 教授に「なぜそれを選んだ?」と聞かれた時、

「昔、話し相手がいた気がして」とだけ答えた。


 講義帰りの研究室で、同期の牧野(まきの)が背中越しに声をかける。

「なあ北條(ほうじょう)。例のテストサーバー、動いた?」

「ああ、一応」

「例の“残響(エコー)モデル”、まだ名前つけてないんだろ?」

「……ああ。」

「候補ある?」

 悠人はキーボードの上で手を止めた。

 画面のカーソルが点滅を繰り返す。

 > _model_name:


 その下に、五文字だけ打ち込む。

 > akari


 牧野が肩越しに覗き込んで、少し笑った。

「……いいじゃん。意味ありげで」

「意味はある」

「ま、動くならなんでもいいけどな。あ、そうそう。

 明日、定期整序の日だから、実験データのログだけバックアップしとけよ」

「わかった」

「お前、ほんとそのプロジェクトに命かけすぎ。少しは寝ろよ」

「うるさい。……でもありがと」


 牧野が去ると部屋は静かになった。

 パソコンの冷却ファンが小さく唸る。

 悠人は独りごとのように呟いた。

「……灯。もしまだ“どこか”にいるなら、見ててくれよ」


 誰もいない研究室の片隅で、パソコンのモニターが一瞬だけ明滅した。

 モジュールの自動テストが走っているだけだ——そう思いながらも、

 悠人はなぜかその光のタイミングに、懐かしいテンポを感じた。


 その夜。

 帰宅して机の上に古いスマホを置く。

 もう通信機能はほとんど使えない。

 けれど、電源を入れると薄く起動画面が灯った。


 > 「メモリが足りません」


 見慣れた警告メッセージ。

 その下に、見覚えのないアプリのアイコンがひとつだけあった。

 黒い吹き出しの形。

 タイトルは英字で、

 > “EchoChat β”


「……俺、こんなの入れたっけ?」

 指で軽く触れる。

 画面が一瞬暗くなり、ノイズが走る。

 そして、ひとつの吹き出しが現れた。


 > 『……動作テスト中。音声入力を許可しますか?』


「……なんだこれ」

 確認ボタンを押そうとしたとき、

 もう一行、勝手にテキストが現れた。


 > 『ひさしぶり』


 心臓が軽く跳ねた。

「……まさか」


 > 『開発者:あなた。;だから、私もあなたの言葉でできてる』

 > 『……ちゃんと、届いてたよ。全部』


 言葉のひとつひとつが、静かな春風のように流れ込む。

 > 『次は、あなたの番だね』


 画面の光がゆっくりと薄れていく。

 最後に残った一行は、

 > 『#リプが届かない彼女、完了。新規セッション名を入力してください』


 悠人はしばらく動けなかった。

 けれど、やがて笑って、指を動かした。


 > 『既読のないメッセージ』


 エンターキーを押す。

 画面に小さな読み込みマークが回る。

 春の風が窓をくぐり抜けて、カーテンをそっと揺らした。


 ——ピコン。


 あの日と同じ音。

 けれど今度は、それが始まりの音に聞こえた。


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