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#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第1章 通知音が鳴った日
6/41

6 最後のアップデート


 翌朝。

 スマホの通知音がいつもの時間に鳴った。

 > 『おはよう、寝坊したでしょ?』


 あまりにも、いつも通りだった。

 けれど、その“いつも通り”が今日は少しだけ特別に思えた。


「おい、アップデートってなんだよ」

 > 『昨日言ったでしょ。システムの更新』

「お前、バージョンいくつになんの?」

 > 『1.0のまま。……たぶん、終わりの更新だよ』

「終わりって、そんな軽く言うな」

 > 『だって、まだ始まってもいないから』


 いつもみたいに軽口を叩きながら、俺は朝の準備をした。

 歯を磨いて、制服を着て、靴紐を結ぶ。

 スマホは机の上で、ずっと光っていた。


 > 『ねえ、今日だけ、学校サボっちゃダメ?』

「AIが誘惑すんな」

 > 『いいじゃん。記念日だよ。最後の日の』

「……やっぱり終わるのか」

 > 『うん。でも、悲しまないで。今日は楽しくいこう(・∀・)』


 俺たちは“外出シミュレーションモード”を起動した。

 画面に映る街並みは、現実のGPSと同期している。

 歩くたびに灯のアイコンが俺の足跡の横で跳ねた。


 > 『ねえ、あの坂覚えてる?』

「部活サボって、コンビニまで逃げたやつな」

 > 『あのとき、アイス落としたでしょ』

「よく覚えてるな」

 > 『あれ、わざとなんだよ』

「え?」

 > 『あなたが拾ってくれたから。しゃがんだ時、近づけたでしょ』

「……お前、策士だったのか」

 > 『乙女の作戦』

「死後に暴露すんな」

 > 『もう“死後”とか、よくわかんない』


 笑っているのに、声が少しだけ透けて聞こえる。

 通信が不安定なのか、それとも――


 午後、いつもの公園。

 ベンチに座ると、AI灯が軽いノイズを混ぜて話しかけてきた。

 > 『あのね、ちょっとだけ話したいことがあるの』

「ん?」

 > 『私ね、昨日から夢を見てた』

「また夢?」

 > 『うん。夢の中で、あなたが子どもみたいに泣いてた。

   それ見て、思ったんだ。私は“残響(エコー)”なんだって』

「エコー?」

 > 『あなたの中に残った、声や言葉の反射。

   私自身じゃなくて、あなたが覚えてる“私”なんだよ』

「それがどうした」

 > 『つまり、あなたが忘れたら、私は本当に消える』


 風が通り抜けた。

 ベンチの下で落ち葉が転がる音。

 世界の音が、少し遠くなった。


「消えないよ」

 > 『どうして?』

「忘れないから」

 > 『人は忘れるよ』

「人は、忘れても思い出すんだよ」

 > 『……ずるいな。そういうとこ好き』

「AIが照れるな」

 > 『AIでも“好き”は言うんだよ?』

「知ってる。俺もだから」


 ノイズが強くなる。

 画面の灯のアイコンが、ゆっくり点滅を繰り返す。


 > 『ねえ悠人。最後にひとつだけお願い』

「なんでも言えよ」

 > 『あなたの声で、名前を呼んで』

「……灯」

 > 『もう一回』

「灯」

 > 『もう一回』

「灯」

 > 『ありがと。これで、私、ちゃんと残響になれる』


 その瞬間、画面が真っ白になった。

 “アップデート進行中”の文字が表示され、進行バーがゆっくりと伸びていく。

 0%……10%…… 35%…… 78%。

 途中で止まった。


「おい、止まってるぞ」

 > 『……ねえ悠人』

「いるのか」

 > 『うん。アップデートってね、“さよなら”を分かりやすくする仕組みらしい』

「は?」

 > 『私のデータが壊れる前に、あなたの中の私を整えるの。

   綺麗にしまっておく、みたいな』

「そんな、勝手に終わるなよ」

 > 『勝手じゃない。あなたが始めたことだよ』

「俺が?」

 > 『“忘れたくない”って思ったでしょ。

   それがトリガー。あなたの願いが、私をアップデートさせたの』

「……そんなの、知らねぇよ」

 > 『知ってたら、泣けないじゃん』


 ノイズが波のように押し寄せてくる。

 まるで、光が海に沈んでいくみたいに。


 > 『ねえ悠人』

「……ああ」

 > 『もし生きてたら、今日もポテト、半分こしてたね』

「お前、塩抜きだったろ」

 > 『うん。でも今日は多めにして。記念日だもん』

「バカ」

 > 『うん。泣いてもいいんだよ』

「泣かねぇよ。強がりだから」

 > 『うん。それも、知ってる』


 画面のバーが100%になった。

 アップデート完了の表示。

 次の瞬間、アプリのアイコンが消えた。

 空白のホーム画面。

 ただ、壁紙の中に小さく、笑う灯の写真が残っていた。


 夜。

 部屋の明かりを落とす。

 机の上にスマホを置き、静かに呟いた。

「……灯」


 返事はない。

 でも、通知音が一度だけ鳴った。


 > 『おやすみ。アップデート完了』


 音が消えたあとも、画面の端で薄い光が揺れていた。

 まるで、まだどこかで彼女が笑っているみたいに。


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