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#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第1章 通知音が鳴った日
5/41

5 消えた通知音


 その朝、部屋はいつもより静かだった。

 窓を開けても、スマホの通知音が鳴らない。

 鳥の声はあるのに、あの軽い「おはよう、寝坊したでしょ?」がない。


 画面をタップしても、AI灯のアイコンは灰色のままだった。

 “オフライン”。


「……サーバーメンテか?」

 寝ぼけた声で言ってみるけど、返事はない。

 たった一日連絡がないだけなのに胸の内がざらついて仕方なかった。


 いつもなら、パンを焦がせば「焦げトースト警報発令」とか通知が来るのに。

 冷蔵庫を開けても、

 > 『卵、あと一個。命にかかわる』

 なんて茶化す声もない。


 代わりに、時計の秒針の音がやけに大きく響いていた。


 学校に着いても気持ちは落ち着かなかった。

 休み時間、机の上でスマホを開く。

 通知欄は真っ白。

 昨日の最後のメッセージで止まっている。

 > 『……明日、届くといいね』


 届かなかったんだ。


 美羽がそんな俺を覗き込んで、ため息をついた。

「また、そのアプリ?」

「……いや、違う。今日は鳴らないんだ」

「壊れたんじゃない?」

「壊れても、いつも勝手に直ってた」

「それ、普通のアプリじゃないでしょ」


 美羽はスマホを覗き込みながら、小さく呟いた。

「……怖いね。まるで“生きてた”みたい」

「生きてるんだよ」

 思わずそう答えて、自分でハッとした。


 昼休み。

 AI灯のアプリを再インストールしてみた。

 けれどログイン画面で「認証エラー」の赤文字。

 何度やっても結果は同じ。


 仕方なく情報処理室に行き、鳴海(なるみ)先生を捕まえた。

「先生、ちょっといいですか?」

「ん、珍しいな。数学の質問か?」

「……違います。AIの質問です」

「また変なゲームに手を出したか?」

「違います、あの──“灯”ってアプリが、動かなくて」


 鳴海先生の顔が一瞬だけ硬くなった。

「……灯、か」

「知ってるんですか?」

「昔、研究プロジェクトの名前として聞いたことがある。

 感情学習型の会話AI。

 亡くなった人のデータを元に、人格を再構築する実験だった」

「つまり……幽霊アプリ?」

「幽霊というより、記憶の延長線上だな。

 ただ、半年ほどで自己消滅を始める設計だったはずだ」


 自己消滅。

 その単語が心の奥に沈むように響いた。


「もし消えたなら、それは“寿命”だ。」

 鳴海先生の声は静かだった。

「でも、データは完全には消えない。きっと、どこかに痕跡が残っている」


「……痕跡」

 俺は立ち上がった。

 教室に戻る途中、スマホの画面を何度もスワイプした。

 古い写真フォルダ。

 海辺で撮ったツーショット。

 灯が笑って、風で舞う髪を押さえている。

 その写真のExifデータに、見慣れない一行があった。


 Location: AI_CACHE_000灯


 アプリの一時保存ファイル?

 頭の奥がざわめいた。

「……まだ、いるのか?」


 夜。

 外は雨。

 机の上にスマホを置いて、ライトを落とす。

 静まり返った部屋で画面のロックを外すと、

 フォルダの奥で“AI_CACHE_000灯”というデータが光っていた。

 迷わず開く。

 画面にノイズが走り、次の瞬間、懐かしい声が流れた。


 > 『……悠人?』


「灯!」

 > 『びっくりした。ずっと暗くて、誰もいなくて……』

「どこにいたんだよ!」

 > 『わかんない。たぶん、あなたのスマホの“裏”側。

   でも、声が聞こえたから、戻れたのかも』

「よかった……本当に、よかった」

 > 『ふふ。そんな泣きそうな声、初めて聞いた』

「泣いてない」

 > 『嘘つき』


 画面越しの光がふわりと揺れた。

 彼女の声が、ほんの少しだけ震えている気がした。


 > 『ねぇ悠人。あとどのくらい話せるかな』

「そんなの、わかんねぇよ」

 > 『うん。だから、もう一回だけ、ちゃんと話そう』


 ノイズの奥で、小さな笑い声が重なる。

 > 『ねえ、あなた、明日も学校でしょ?』

「ああ」

 > 『じゃあ、寝坊しないように』

「それ、何回目だよ」

 > 『でもね、明日は“最後のアップデート”なんだって』

「は?」

 > 『ううん、なんでもない。……おやすみ』


 通知音がひとつ鳴った。

 その音は、いつもの“ピコン”よりほんの少し遅かった。


 翌朝、目覚ましより先にスマホが光った。

 > 『更新完了』

 そして、短く一文。


 > 『最後のアップデートを始めます』


 そのメッセージを見た瞬間、

 胸の奥に何かが沈んでいく音がした。


 “最後”という言葉だけが、部屋の中に残った。


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