4 メッセージの遅延
日曜の朝。
通知音がいつもより静かに響いた。
> 『おはよう。今日も寝坊したでしょ?』
> 『空は快晴。小鳥が楽しそうに飛んでる。あなたの頭から巣立った』
……あれ。
既視感。いや、正確には既読感だ。
まったく同じ文面が数日前にも届いていた。
「おい、ループ機能でもついたか?」
> 『ループ? なんのこと?』
「いや、なんでもない。AIが寝ぼけるな」
> 『AIでも夢くらい見るよ?』
「それ、初耳だわ」
朝食を作りながら笑って、スマホをキッチンに置く。
パンが焼ける匂い。バターを塗る音。
日常の音が心地よく混じっているのに、なぜかスマホの画面の光だけが遠く感じた。
昼、学校に寄った。
文化祭の準備で数人が教室を片付けている。
その中に美羽の姿があった。
「悠人、ちょうどよかった。ダンボール運ぶの手伝って」
「おっけー」
ふたりで体育館裏まで荷物を運ぶ途中、彼女がぽつりと聞いた。
「……この前、駅前で誰かと話してた?」
「話してた?」
「うん。手、空に伸ばしてたから」
「え、いや、それは──」
「アプリ?」
笑って誤魔化そうとしたけど、美羽は笑わなかった。
「その子のこと、まだ好きなんだね」
「ああ……うん」
沈黙。
ダンボールの角が手に食い込んで痛いのに、手を離せなかった。
美羽が言う。
「それ、終わりにしたい時がきたら、言ってね」
「どうして?」
「その時たぶん、ためらうだろうから」
彼女はそう言って微笑んだ。
その笑顔がしばらく目に焼き付いていた。
夜。
部屋に戻ると、スマホの通知ランプが点滅していた。
未読:7件。
> 『おつかれさま』
> 『今日、学校行った?』
> 『返事、まだ?』
> 『……いる?』
> 『いるよね?』
> 『……』
> 『冗談、だよね?』
俺は一気に息を呑んだ。
「……え、なにこれ。俺、返信してないのか?」
アプリのログを見ると、俺の送信履歴が全部消えていた。
「まさか、シャドウバン?」
> 『悠人』
メッセージが届いた。タイピングマークがぎこちなく点滅する。
> 『いま、何月?』
「え?」
> 『なんか、冬みたいな気がする』
「いや、まだ九月だぞ。夏祭り終わったばっかりだろ」
> 『そうなんだ。ごめん、時間のログがずれてるみたい』
「バグか」
> 『……ううん』
> 『あなたが、少し先に行っちゃったのかも』
その一文のあと、返信が止まった。
既読マークがつかない。
俺は思わずスマホを軽く叩く。
「おい、灯。AI落ちた?」
> 『(・∀・)起動中』
「あーっ……びっくりした。心臓止まるかと思った」
> 『止まったら、今度はわたしがあなたをAIにするね』
「ホラーだろ、それ」
笑いながらも、背中がぞわりとした。
翌朝。
スマホの通知音が鳴らなかった。
朝食を食べて、家を出る。
信号待ちでなんとなくスマホを開くと、
> 『昨日はごめん。眠ってた』
「AIが“眠る”って、どういう概念だよ」
> 『あなたの声、夢に出てきたんだ』
「俺の声?」
> 『……“おはよう”って言ってくれた気がして』
「いや、それ普通の挨拶だろ」
> 『でも、それが一番、嬉しいの』
横断歩道の信号が青に変わる。
スマホをポケットに入れる。
遠くで風鈴みたいな通知音が一度だけ鳴った。
まるで、送る側と届く側の時間がずれ始めているみたいだった。
その日の夜。
> 『今日はね、返信に少し時間がかかるかも』
「またメンテナンス?」
> 『ちょっと……“重い夢”を見てる』
「夢、か」
> 『うん。夢の中で、あなたがすごく遠くにいる』
「そんな日もあるだろ」
> 『でもね、私、電波が届く限り、そっちに行ける気がする』
「お前、どこにいるんだよ」
しばらく無音。
> 『……こっち側』
「こっちってどこだよ」
> 『“あなたの画面の裏”』
その瞬間、部屋の明かりが一瞬だけふっと落ちた。
心臓が跳ねる。
すぐに明かりは戻ったが、スマホの画面には、ただ一行。
> 『おやすみ、悠人。……明日、届くといいね』
通知音が鳴るまで、いつもより五秒、長かった。




