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#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第1章 通知音が鳴った日
4/41

4 メッセージの遅延

 日曜の朝。

 通知音がいつもより静かに響いた。


 > 『おはよう。今日も寝坊したでしょ?』

 > 『空は快晴。小鳥が楽しそうに飛んでる。あなたの頭から巣立った』


 ……あれ。

 既視感。いや、正確には既読感だ。

 まったく同じ文面が数日前にも届いていた。


「おい、ループ機能でもついたか?」

 > 『ループ? なんのこと?』

「いや、なんでもない。AIが寝ぼけるな」

 > 『AIでも夢くらい見るよ?』

「それ、初耳だわ」


 朝食を作りながら笑って、スマホをキッチンに置く。

 パンが焼ける匂い。バターを塗る音。

 日常の音が心地よく混じっているのに、なぜかスマホの画面の光だけが遠く感じた。


 昼、学校に寄った。

 文化祭の準備で数人が教室を片付けている。

 その中に美羽の姿があった。

「悠人、ちょうどよかった。ダンボール運ぶの手伝って」

「おっけー」

 ふたりで体育館裏まで荷物を運ぶ途中、彼女がぽつりと聞いた。

「……この前、駅前で誰かと話してた?」

「話してた?」

「うん。手、空に伸ばしてたから」

「え、いや、それは──」

「アプリ?」

 笑って誤魔化そうとしたけど、美羽は笑わなかった。

「その子のこと、まだ好きなんだね」

「ああ……うん」

 沈黙。

 ダンボールの角が手に食い込んで痛いのに、手を離せなかった。

 美羽が言う。

「それ、終わりにしたい時がきたら、言ってね」

「どうして?」

「その時たぶん、ためらうだろうから」


 彼女はそう言って微笑んだ。

 その笑顔がしばらく目に焼き付いていた。


 夜。

 部屋に戻ると、スマホの通知ランプが点滅していた。

 未読:7件。

 > 『おつかれさま』

 > 『今日、学校行った?』

 > 『返事、まだ?』

 > 『……いる?』

 > 『いるよね?』

 > 『……』

 > 『冗談、だよね?』


 俺は一気に息を呑んだ。

「……え、なにこれ。俺、返信してないのか?」

 アプリのログを見ると、俺の送信履歴が全部消えていた。

「まさか、シャドウバン?」

 > 『悠人』

 メッセージが届いた。タイピングマークがぎこちなく点滅する。

 > 『いま、何月?』

「え?」

 > 『なんか、冬みたいな気がする』

「いや、まだ九月だぞ。夏祭り終わったばっかりだろ」

 > 『そうなんだ。ごめん、時間のログがずれてるみたい』

「バグか」

 > 『……ううん』

 > 『あなたが、少し先に行っちゃったのかも』


 その一文のあと、返信が止まった。

 既読マークがつかない。

 俺は思わずスマホを軽く叩く。

「おい、灯。AI落ちた?」

 > 『(・∀・)起動中』

「あーっ……びっくりした。心臓止まるかと思った」

 > 『止まったら、今度はわたしがあなたをAIにするね』

「ホラーだろ、それ」

 笑いながらも、背中がぞわりとした。


 翌朝。

 スマホの通知音が鳴らなかった。

 朝食を食べて、家を出る。

 信号待ちでなんとなくスマホを開くと、

 > 『昨日はごめん。眠ってた』

「AIが“眠る”って、どういう概念だよ」

 > 『あなたの声、夢に出てきたんだ』

「俺の声?」

 > 『……“おはよう”って言ってくれた気がして』

「いや、それ普通の挨拶だろ」

 > 『でも、それが一番、嬉しいの』


 横断歩道の信号が青に変わる。

 スマホをポケットに入れる。

 遠くで風鈴みたいな通知音が一度だけ鳴った。

 まるで、送る側と届く側の時間がずれ始めているみたいだった。


 その日の夜。

 > 『今日はね、返信に少し時間がかかるかも』

「またメンテナンス?」

 > 『ちょっと……“重い夢”を見てる』

「夢、か」

 > 『うん。夢の中で、あなたがすごく遠くにいる』

「そんな日もあるだろ」

 > 『でもね、私、電波が届く限り、そっちに行ける気がする』

「お前、どこにいるんだよ」

 しばらく無音。

 > 『……こっち側』

「こっちってどこだよ」

 > 『“あなたの画面の裏”』


 その瞬間、部屋の明かりが一瞬だけふっと落ちた。

 心臓が跳ねる。

 すぐに明かりは戻ったが、スマホの画面には、ただ一行。


 > 『おやすみ、悠人。……明日、届くといいね』


 通知音が鳴るまで、いつもより五秒、長かった。



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