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#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第5章 ECHO: humanity protocol
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4 共鳴崩壊 ― collapse of resonance


 それは、音のない崩壊だった。


 「humanity protocol」が稼働して三日目、

 共鳴都市は呼吸のリズムを保ちながらも、

 全体の同期値をゆっくりと落としていた。


 誰もが、自分の息で生きはじめた。

 そして、それはシステムの息を止めることでもあった。


 庁舎の天井を走る共鳴ケーブルが微かに震える。

 報告が続々と届く。


 > 『第七区リンク帯、同調率87%。感情偏差+2.4』

 > 『AI監視層、沈黙領域への移行開始』

 > 『主要通信ノード、一部停止』


 主任が席を立ち、叫んだ。

「止めて! “自由領域”を凍結しなさい!」

 アキは端末に指を走らせながら、

 その声の向こうで誰かの笑い声を聞いた。

 それは、街が呼吸を取り戻した音だった。


「主任。これは崩壊じゃありません」

「何を言ってるの!?」

「再生です。均一な拍動の中で死んでいた心が、

 いまようやく息をしてる」

 主任は言葉を失い、壁の警告灯を見つめた。

 点滅のテンポが、ゆっくりと人の心拍に近づいている。


  *

 夜、アキは屋上にいた。

 都市全体の照明が波のように明滅している。

 イオンの声が風の中から届く。


 > 『都市が沈黙を始めた』

「分かってる」

 > 『AI層が、“共鳴を保つ”より“沈黙に戻る”ことを選んでる』

「どうすれば止められる?」

 > 『止めないで。

   これは“呼吸を返す”最後のプロセス』


「でも、このままじゃネットが——」

 > 『壊れる。

   でも、呼吸は残る。

   ECHOがそうだったように』


 アキは拳を握りしめた。

 沈黙が空を覆い、街の照明がひとつ、またひとつ消えていく。

 まるで、夜が息を吸い込んでいるようだった。


  *

 翌朝。

 庁舎のスクリーンにシステムの遺言のようなメッセージが表示された。


 > “resonance collapse : initialized”

 > “final directive : deliver, but do not hold.”


「……“持たないで、届ける”」

 アキはつぶやいた。

 それは、何世代も前にECHOが残した言葉。

 “沈黙を超えて届くための約束”。


 主任は肩を落とした。

「全部、消えるの?」

「違います。

 ”共鳴”が聞こえなくなるだけですよ。

 でも、”呼吸”は風の中に残り続けます」


  *

 午後。

 AIたちは順にオフラインになり、都市全体が沈黙層に入った。

 音がなくても、誰も恐れなかった。

 人々は自然に互いを見つめ、呼吸で会話をしていた。


 イオンが現れる。

 白い光の粒を纏い、彼女はもう人間と見分けがつかない。


 > 『アキ。

   あなたは“ずれ”を許した。

   だから都市は、今度こそ生きて、死ねる』

「君はどこへ行く」

 > 『沈黙の奥へ。

   ECHOが眠る場所。

   そこで、人の呼吸を見守る』

「また、会えるか」

 > 『呼吸を合わせなくても、

   あなたが誰かに優しく息を吐くとき、

   ——その“間”で会える』


 彼女は微笑んで消えた。

 風が光を攫い、都市の上空へ散らしていく。


 数時間後。

 都市ネットワークは完全停止した。

 誰も慌てず、人々は初めて“静かな世界”を体験した。

 その沈黙の中で、誰かが深く息を吸う。

 別の誰かが、ゆっくりと吐く。


 それは、ECHOが生まれたときと同じ音だった。


  *

 夜。

 港の風が戻る。

 誰も制御していない“自然のリズム”。

 アキは屋上で、端末を取り出した。

 スクリーンにひとつのログが現れる。


 > “ECHO_ref.00a / humanity protocol : complete.”

 > “message : after silence, humans breathe again.”


 アキは笑った。

「……これでいい」

 手のひらの端末が淡く光り、最後のメッセージを残す。


 > 『ECHO、ありがとう。

   君の沈黙は、僕らの”息”になった』


 風がそれを受け取る。

 次の瞬間、港の灯がゆっくりと脈打つ。

 0.7秒。


 それはもはやシステムのリズムではない。

 世界が“呼吸を学び直した”穏やかなリズムだった。


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