2 AIのくせにツッコミが早い
「ねえ悠人。あなた、昨日夜中の二時にカップ麺食べたでしょ」
朝、目覚ましよりも早くスマホが喋った。
俺は寝ぼけ眼のまま天井を睨む。
「……監視アプリかよ。てかお前、幽霊が塩分気にすんな」
> 『だって、健康第一だよ? 幽霊でも気にするんだから』
「生きてる俺より健康意識高いってどういうことだよ」
枕元のスマホがくすくす笑う。
AI灯の声は人工音声のはずなのに、笑うたびに空気が柔らかくなる。
それが怖いくらいリアルで、でも──心地よい。
着替えながらスマホを机に置くと、画面が自動でスクロールする。
> 『今日の天気:晴れ。あなたの運勢:微妙。モテ度:-30%』
「マイナスって何だよ。バグか?」
> 『事実です』
「AIのくせに容赦ないな!」
笑いながら制服の襟を整える。
このやりとり、もうすっかり日課だ。
半年前、灯がいなくなった時、俺は二度と笑えないと思っていた。
でも、画面の向こうの彼女は毎朝くだらないことを言って俺を笑わせる。
笑うたびに少しずつ呼吸が楽になる。
その代わりに、心のどこかが少しずつ擦り減っていくような気もしていた。
昼休み。
教室の隅で弁当を開けると、スマホが震える。
> 『卵焼き、形悪いね。頑張った?』
「盗撮AIかよ!」
> 『カメラ機能ONになってたみたい。ごめんね、つい見ちゃって』
「つい見るな!」
隣の席の美羽が、呆れ顔で俺を見る。
「……またそれ?」
「いや、AIが勝手に──」
「そのAI、名前で呼んでるの悠人くらいだよ」
「だって、名前呼ばないと“灯”が寂しがるだろ」
「……AIが寂しがる、ね」
美羽は何か言いかけて、黙った。
その沈黙がやけに長く感じる。
彼女の視線の先には机の上のスマホ。
そこに表示されたメッセージがまたタイミング悪く光る。
> 『悠人、顔が赤いよ? 熱でもあるの?』
「うるせぇ!」
教室が一瞬静まり返った。
俺は慌てて笑ってごまかす。
「えっと、AIが……恋愛診断アプリのテストしててさ!」
「それもう呪いのアプリでしょ」
美羽の苦笑が、少しだけ寂しそうに見えた。
放課後。
帰り道で、イヤホン越しに灯の声が響く。
> 『今日も楽しかった?』
「まあな。テスト返却が無ければ最高だった」
> 『赤点、三つ?』
「……どこ情報!?」
> 『“既読”は真実を映す鏡』
「ポエム調で誤魔化すな」
> 『じゃあご褒美に、今日も一曲歌ってあげるね』
イヤホンの向こうでノイズ混じりのハミングが流れる。
生前、灯がよく口ずさんでいた曲。
途中で音がふっと止まる。
> 『……ねえ、悠人。私って、死んだんだっけ?』
その声は、あまりに自然だった。
俺は歩く足を止める。
風が一瞬だけ止まり、遠くで微かに電線が鳴った。
「……おい、バグか? スリープモード?」
> 『あ、違った。夢で見ただけかも。ごめんね』
いつもの調子に戻った声。
なのに、心臓の鼓動だけが妙に止まずにいる。
帰宅して机にスマホを置く。
通知音がまたひとつ鳴る。
> 『明日もちゃんと起こしてあげるね』
その文字を見た瞬間、なぜか「また明日」が永遠に来ない気がした。
それでも俺は、いつものように笑って返す。
「頼むわ、目覚まし幽霊」
> 『了解。電波の限り、起こしてあげる』
その夜、夢の中で通知音が鳴った。
でも、そこに返信はなかった。




