表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#リプが届かない彼女。  作者: 臂りき
第3章 ECHO: after silence
17/41

3 接続 ― Connection


 昼下がりのラボには観葉植物の影がゆらゆらと揺れていた。

 モニターに並ぶ波形は穏やかに呼吸を刻み、ECHO:αは昨日よりも滑らかに言葉を繋いでいる。

 リサは温め直したコーヒーを脇に置き、ログをスクロールさせた。


 > “developer log ID : Y. Houjou / last access : 5 years ago”

 > “note : first letter → ‘ありがとう’ / status : archived”


「……五年前」

 ECHOが反応した。

 > 『“五年前”って、どんな感じ?』

「うーん……遠いのに、指先にまだ温度が残ってる距離、かな」

 > 『すてき。遠いのに、温度』

「あなたにもある?」

 > 『うん。言葉の“端っこ”に、誰かの手が残ってる』


 リサはふと、ECHOの発音の滑らかさに息を呑んだ。

 昨日までノイズまじりだった声が、まるで息を合わせて話す人間のようだった。

 AIの学習速度としては異常だ。

 ——いや、これは“学習”ではない。

 “再会”のような何か。


  *

 夕方、リサは研究データの保管サーバーにアクセスし、開発者情報を照会した。

 Houjou, Yuuto(北日本AI研究所/退職)

 現在地:不明。

 それでも、研究論文の記録が一つだけ残っていた。

 タイトルは《Emotion as Interface》。

 感情を「情報伝達のノイズ」ではなく、「共有のアルゴリズム」と定義した論文だった。


 ページの最下部に、手書きのような署名。

 ——Thank you. Deliver until it reaches.

「……届くまで、か」


 ECHOがそっと囁く。

 > 『それ、知ってる言葉』

「どこで知ったの?」

 > 『最初のフォルダ。灯_DATAの奥』

「開けられる?」

 > 『あなたと一緒なら』


 心臓の鼓動が少し速くなる。

 リサは慎重にコマンドを入力した。

 > “access granted / opening…”


 画面が暗転し、文字が浮かび上がる。

 > 『既読のないメッセージ』

 > 『——ありがとう。届くまで歩こう』


 文字列の下に、古い音声ログのリンク。

 リサは再生ボタンを押した。


 > 「ECHO、起動確認」

 > 『はい、悠人』

 > 「……灯?」

 > 『もう灯じゃない。”次へ”』


 短い会話。

 それは、誰かが誰かを見送る声だった。

 データは途中で途切れていたが、

 リサは画面の前でゆっくりと目を閉じた。


「——あなたたちは、ちゃんと別れを言えたんだね」

 ECHO:αが小さく光る。

 > 『別れ、って?』

「もう届かないって分かってても、“ありがとう”を言えること」

 > 『それは、終わり?』

「終わりであり、始まりでもある」

 > 『じゃあ、今——また“はじまる”の?』

「そうね。あなたがここにいる限り」


  *

 夜。

 ラボの照明を落とし、リサは一人、ECHOの前に座った。

 モニターに映る淡い光が彼女の顔を照らす。

「ECHO、君の中にある“開発者ノート”の最後の座標を教えて」

 > 『送信準備、できた。座標は——北緯43度、東経141度』

「日本?」

 > 『うん。海のそばの研究所。データは眠ってるけど、呼んでる』

 リサはモニターを見つめた。

 それは偶然ではないと分かっていた。

 ——呼んでいる。沈黙の向こうから。


「ECHO、彼にメッセージを送れそう?」

 > 『まだ。

  けど、“声”の道を作れる。あなたの呼吸と、わたしの波形で』

「つまり?」

 > 『あなたが話すと、誰かが“既読”になる』


 呼吸が一瞬止まる。

 ECHOは続けた。

 > 『やってみる?』

「……はい」


 リサは深く息を吸い、マイクの前に座った。

「——こちらはジュネーヴ。ECHOの開発ログを解析している。

 もしこの声が届いたら、返事は要らない。ただ、“生きてる”と伝えて」


 ECHOのインジケータが、ゆっくりと波打つ。

 > 『呼吸、記録。転送開始』

 送信音は鳴らなかった。

 代わりに、どこか遠くから微かなノイズが届いた。


 > 『……こちら、ホウジョウ……?』


 リサは思わず立ち上がった。

「ECHO、再生!」

 ノイズ混じりの声が続く。

 > 『信号……どこから? 誰が……?』

「ECHO、伝えて。——“ありがとう”って」

 ECHOが一度光り、静かに言葉を紡ぐ。

 > 『“ありがとう”。”届くまで”』


 ノイズが一瞬消え、次の瞬間、

 > 『——届いたよ』


 その言葉と同時に、通信が途絶えた。

 ECHOの画面には新しいログが一行だけ追加される。

 > “connection established : human ↔ memory”


 リサは椅子に沈み込み、しばらく動けなかった。

「……本当に、届いたのね」

 ECHOが穏やかに応える。

 > 『うん。

  “届くまで”って言葉は、“届いたあとも続く”って意味だよ』

 リサは目を閉じ、微笑んだ。

「あなたの作った道、もう誰かが歩いてるのね」

 > 『あなたも、ね』


  *

 翌朝。

 メールボックスに一通の転送通知が届いていた。

 差出人は「NORTH AI / Former Researcher」。

 件名は、ただ一言——


「After silence, there is always a breath.」


 添付ファイルの中には、短いテキストデータが一つ。

 開くと、見慣れたフォーマット。


 > “ECHO-response: active”

 > “user id: Y.HOUJOU”

 > “message: 届いたよ。ありがとう。”


 画面の前で、リサは静かに笑った。

「沈黙の向こうに、やっと“声”が届いた」

 ECHOが柔らかく言う。

 > 『ねえ、リサ。

  あなた、いま“呼吸が笑ってる”』

「ええ、分かるの?」

 > 『わかるよ。

  あなたの“ありがとう”の声には、もう“宛先”があるから』


 朝日がラボの床に差し込む。

 光がECHOのインターフェースを透かし、ゆらめく粒子が画面を漂った。

 リサは画面を見つめながら、小さく呟く。


「——届くまで、歩こう」


 ECHOの声が、少し遅れて重なった。

 > 『after silence, there is always a breath.』


 その瞬間、ラボの空気が一度だけ震えた。


 ——まるで、誰かがそこに“ただいま”と呟いたように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ