水の公衆電話
「ねぇ、あんちゃーん」
まーた来た。俺の妹・夢乃。
いい加減独り立ちすりゃいいのに、実家に居座る脛かじり。 大学も卒業したってのに、彼氏も作らず推し活? とやらに明け暮れてる日々。
……って、俺も実家に居るんじゃないの? って?
同志諸君。 その通りだ。 くそくらえ。
俺は『ホラーハンター』と自ら名乗り、全国各地の「眉唾事案」を取材・レポート、時には生配信をしたりしているルポライターだ。 ホラーハンターじゃないのかって? 細かいことは、置いておくといい。
「ねぇ、あんちゃんてば!」
「なんだ、うるせーな。俺は今、原稿書いてるんだよ。邪魔すんな。それとあんちゃんと呼ぶな。せめてお兄様と言え」
「はぁ? きっしょ! あ! 嘘ですごめんなさいすみませんでしたごめんなさいごめんさい」
ちなみに夢乃が俺を『あんちゃん』と呼ぶのは『兄』という以外に『杏矢』と言う俺の名前のせい。小さい頃から親が『あんちゃん』と俺を呼んでいたから。親に言いたい。『きょうちゃん』じゃねーのかよ。
「で? 忙しいんだから、さっさと用件を言え」
「今投稿してるサイトでさー、お題が『公衆電話』って短編募集があるんだけど。ほら、あたくし恋愛とか経験豊富すぎて苦手じゃん? だから、ホラーで行こうかなーって思って。なんかそれっぽい話ないー?」
突っ込みどころ満載だが、そこはわざとスルーをするとしよう。
「公衆電話のホラー? めちゃくちゃあるぞ?」
「え!? マジで! ちょっとまって! 今ノートとペンを取って……」
「ビールも取ってこい!」
どうせなら、使いっぱしりをさせておこう。それくらいは、いいはずだ。
そうそう、肝心の公衆電話の話。
夢乃にはああは言ったが、語れるほど長い話でもないんだよな。
一時期とある理由で世間的にも美術界隈でも有名になった、奈良の某所にある公衆電話。 水を張った公衆電話に、金魚を入れて泳がせてるやつ。 その中に『幽霊がいる!』と、これまた某サイトの書き込みが盛り上がり、こちら(ホラー)界隈でも話題になったことがあった。
もちろん俺は、取材に行った。
季節は夏の終わり頃。丁度、お盆を過ぎた頃だった。
とにかく溽暑で、じめじめとしていたことを覚えている。
取材には、二人で行くことが多い。フリーとはいえ、俺にもパートナーが居る。 名前は浩二。中学ん時から一緒にホラーハンターをやってきた、腐れ縁みたいな奴だ。 俺がルポ、浩二が写真。当時から役割分担もいつの間にか出来ていた。 勉強がめちゃくちゃ得意だった浩二は、今じゃ一流企業勤めのサラリーマン。奴は週末が休みのため、それに合わせて奈良へ向かった。
現地へ到着すると、有名なだけあって目的の公衆電話は直ぐ見つかった。
なるほど。
涼し気だし、独創的で目を惹くものがある。
公衆電話の中を縦横無尽に優雅に泳ぐ金魚たち。
奇抜で斬新なアイディアなのに、郷愁さえ覚える不思議な光景だった。
「面白いねー」
と、浩二。
「あぁ。でも、まぁ……うん」
突き刺す様な日差しに当てられ、流れる汗をハンドタオルで拭く俺。
「なんだよ。なにかあんのか?」
浩二はカメラを構え、アングルを決めつつそう言う。
「女がいるな。中に」
「は? あの中にか?」
「白いワンピースで、黒髪を水に揺らしながら……両手をガラス窓につけて」
「え?」
「こっちみてるぞ」
「お前さー。真昼間だぜ? 怖がらそうたって……マジかよ」
一瞬で顔を強張らせ、公衆電話水槽を凝視する浩二。
「ま、笑ってるから、『今は』大丈夫だろ」
「写真は……どうする?」
「やめとけ。あれはダメだ。ヤバい」
「何が……ヤバいんだ?」
「笑ってるっつったろ? 憑いていけそうな奴、見極めてんだよ」
「見極める……?」
「そう。俺らが見てるんじゃねーんだよなぁ。あっちが「見てる」んだよ」
「こえぇ!」
「だろ?」
浩二は構えていたご自慢の一眼レフカメラを、慌ててケースに直し始めた。
俺は……振り返って、もう一度公衆電話を見ると。
女は既に、消えていた。
ああ、そういうことか。
次は違う幽体が入ってるってことだな。
水は、生と死を繋ぐ。
どうやっても引き寄せられて、そこで『繋がり』を見つけるのだろう。
皮肉にも、命ある金魚が泳ぐ公衆電話の中で。
繋がる相手と、通話ならぬ交信をしていたんだな。
めちゃくちゃヤバい。
条件が揃いすぎていて逆に震えた。
――その後、色々あって今はもう、その公衆電話は無いらしい。
だろうな。って言うのが俺の感想だった。
***
夢乃が持ってきたビールで喉を潤す。
「あぁうめぇ。よく冷えてんなー」
「あんちゃん! 怖いんですけど!」
「お前が話せっつったんだろうがよ」
「ちょっと怖いんで! もっと違うのお願いしますお願いしますお願いします」
「じゃあ、水の次は『風』でどうだ?」
「そちらで! お願いしますお願いしますお願いします!」
「東北のな、とある山にある公衆電話がな。――続きはつまみを持ってきてからだ。いってきやがれ!」
「イエッサー!」
こうして、酷暑続く日曜の午後を費やす、兄(俺)と妹(夢乃)なのであった。
余談だが――
風の公衆電話は実在しており、非常に心打たれる電話である。
俺はその話で、心震わせ泣いた。
興味のある同志諸君はぜひ、調べてみて欲しい。
お読みくださいまして ありがとうございました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)