前編
ある日
世界中の空に、ヒゲを生やしたジジイの巨大な顔が出現した。
雲を裂き、雷を背負い、宇宙の彼方から実況中継するように——
「私は神だ!明日世界の真理を動画で公開する!愚かな人間達よ!アルマゲドンの日は近い!」
「何かのイベントか?」
一般市民の反応は冷ややかだった。
ネット上では撮影された動画が出回っているが、コラ画像だろうと勝手な事を言われている。ただ、家に帰って夜のニュースを見た時には、事の重大さを思い知った。
「国連緊急会議」「非常事態宣言」「政府外出禁止令」
バラエティ番組やスポーツ大会などが全て中止
「明日は全国民が動画を見るように」と首相が会見を開いている。
――
そして神が【人類最後の動画】を公開した。
タイトルは、ただひとこと——「真理」
アップロードされた瞬間、秒速で視聴数10億回を超えた
全ての動画サイトで閲覧出来るようになっている。ニュースサイトのトップページさえ、この動画が再生されるだけだ。
俺もそのひとりだった。
人類最後の食事に選んだカップラーメンと発泡酒を並べ、割れたスマホの画面にある再生ボタンをタッチする。
「どうせインチキ動画だろ」
そう言いながらも震える指で中央を押した。
そして、世界の真理が再生される――はずが、流れたのは広告だった。
「ピンを抜いて王様を助けろ!」
おなじみのゲーム系。
王様が炎の部屋に閉じ込められ、ピンを抜いて水を流せば救われる。抜き方を間違えると、王様はマグマに落ちて死ぬ。
俺は画面の右にある【スキップ】を押そうとした……が、押せなかった。
画面がちょうどその位置で割れていた。
「マジかよ……」
広告は続く。
仕方なくピンを指で引っ張る。
間違えた。王様マグマへダイブ。
「ゲームオーバー!」という音が脳内に再生される。
しかし広告は終わらなかった。
——もう一度挑戦しますか?YES / NO
広告のくせにもう1度があるのか?
スキップも押せないし仕方なくYESを選んだ。
3度目でようやく王様を救出。画面が切り替わる。
「あなたの年収ヤバいかも!?」
第2広告が始まった。
最近は広告が多くしかも長い!
今度は年収診断系の自己啓発風。
自分の名前、生年月日、職業を入れろという。うさんくさいが動画を見るためにやるしかない。
「タナカ=カズマ、2004年6月4日、職業……フリーター」
——診断中――
1%……42%……
——結果:年収120万円底辺!
「うるせぇ……知ってるよ」
『下位3%です!』と祝福される。背景で花火があがっている。
「AIによる最適職業:広告の下にコメントを書く仕事です」
まぁ、世界の終わりなんだから、もう関係ない。
第3広告が妙だった。
——魂の最適化はじめませんか?
背景は雲の上のような天国世界、天使のようなのが中央に飛んでいる。
あなたの魂は、不要な選択肢に囚われています
スピリチュアル系のヤバイ広告か。
選択肢
【1】他者と比較する
【2】未来を恐れる
【3】広告を疑う
【4】無料トライアルに登録する(ただし解約方法は謎)
なんだこれ。俺は【3】を選んだ。画面が揺れた。
「選ばれました!魂の最適化承認」
「神と直接接続します」
――
天使達がラッパを吹き鳴らし
ローマの神殿のような所から、昨日空に写っていたヒゲオヤジが出てくる。
思わず笑ってしまう、宗教広告か?
だが、その瞬間ヒゲオヤジはこちらを見た。ハッキリと視線が合うのを感じる。
スマホを持つ手がじんわりと汗ばんだ。
「広告を最後までスキップせずに見たのは……人類であなた1人でした」
男か女かも分からない、白いローブをまとった人物。
典型的な神様という格好だ。
「人類を作り直してしまおうかと思ったが、骨のある奴も居るようだ」
「こんにちはタナカ=カズマ 」
俺は息を呑んだ。声が……直接……脳内に!
「あなたは試練を乗り越えました。ピンを抜き、年収を認め、魂を最適化した。そして何より、広告をスキップしなかった」
「……は?」
「あなたは我々が望んだ人類の理想形です」
ちょっと待て。広告をスキップしなかっただけで?
「広告とは神からの啓示なのです。広告収益で天界のインフラは維持されている。現代の人間は啓示を聞かず、飛ばし、逃げて、消費してしまう。遂には広告スキップを課金制にして金儲けまで始めた」
俺は金が無いから入って無いが、なんちゃらPremiumとかだろう
「だが、あなたは違った。あなたは最後まで見届けた」
「我々は近年存在を証明する手段を失っていた。だが広告だけが、確実に目を通される神の言葉となった」
神は手をかざした。そこに、ひとつのアイテムが浮かび上がる。
それはスキップボタンだった。ただし赤いバツマークが付いている。
『スキップ不可広告ボタン』
「これを、あなたに授けましょう。あなたがスキルを使うと、視聴者にはスキップボタンが表示されなくなります」
「いらないんですけど」
「拒否権はありません。あなたは本当の真理を【見た】人類代表です」
俺の手に、熱いスキップ不能ボタンが落ちてきた。スマホの画面が輝き、通知が次々に表示される。
——おめでとうございます!選ばれし者へ転職が決まりました
——広告収益:神ポイントとして自動取得されます
——アルマゲドン延期されました
俺は混乱していた。
だが、俺の中になにかがインストールされた感覚があった。
『スキップ不可広告ボタン』
それが世界の行方を左右する