AIリアル彼女生成アプリ
「ありがとう名倉君、それじゃ」
お礼を言い、綺麗なセミロングの茶髪と制服のスカートを翻して彼女は教室に戻っていった。可愛い子は何をしても絵になるものだ、改めてそう思う。
「はぁ、俺とは正反対だよなあ」
俺、名倉愁也は頭を抱えてため息をつき、愚痴をこぼした。先程まで話していたのはクラスメイトの村雨夢花、クラスのアイドル的存在だ。可愛くて愛嬌があって真面目で、しかも性格も良く社交的、その名の通り夢のような子だ。
「おいおいどうしたんだよ愁也、村雨さんと仲良さそうにしてさ」
「購買の人気のパンを買ってきてあげただけだよ、自分じゃ無理だって言ってたから」
「あー、確かにあれは戦争だもんなあ、女子にはちと厳しいか。でも、頼まれたのは事実だろ?」
「別に仲悪いわけじゃないし。男なら誰でもよかったんだろ」
妙な嫉妬心をぶつけてくるクラスメイトの男子を軽くあしらい、俺は教室に戻った。何を期待してるんだか……斜に構えたような考えをしつつも、俺の目は自然と女友達と話している村雨に向いていた。
……確かに可愛いと思う、クラスの男子が夢中になるのも分かる。正直、惹かれてもいる。幸い、嫌われてもいないと思うが……それだけだ。社交的な彼女にとって俺は、【普通の男子】でしかない。俺は他の男子と何が違う? 思いつかない……それがすべてだ。
***
「しかし、今のAIは本当に凄いなあ」
帰宅後、俺は自室でスマホをいじって暇を潰していた。画面にはとても僅かな時間で生成したとは思えない、ハイクオリティな画質のアニメ風の美少女が描かれていた。AIイラスト生成のアプリから作ったのだが、本当に凄い時代になったものだ。
「ただいま。何お兄ちゃん、また寝っ転がってスマホいじってるの?」
「何だよ桃花。別にいいだろ、家で俺が何しようと」
「そうだけどさ、青春真っただ中の高校生がそれだけってつまんなくない?」
「何だよ、放課後何もしてないって何でお前に分かるんだよ」
「じゃあ、今日どっか行ったりしたの?」
「……してないけどさ」
「でしょ?」
呆れてため息をつく顔は正直ウザったいが、どこか憎めないのもまた悔しい。彼女は名倉桃花、俺の一つ下の妹だ。といっても親父の再婚相手の連れ子なので、血は繋がっていないのだが。
「お前は今日もテニス部か?」
「そうよ。お兄ちゃんも部活でもやったらどう、帰宅部でしょ?」
「余計なお世話だ、俺が運動得意じゃないの知ってるだろ?」
「別に文化部でも良いじゃん。それに、女の子との出会いもあるよ?」
「……モテない俺には意味ないだろ?」
女の子との出会い、響きは良いがそんなのは一部のモテる男の特権だ。顔、身長、頭脳、運動神経、金、要領……結局は先天的なモノがモテるか否かの大半を占める。現実はギャルゲーではないのだ。
「テニス部入れば、あの村雨夢花先輩もいるよ。クラスメイトなんでしょ、お兄ちゃん」
「それだけだよ。そもそも、同じテニス部っていっても男子と女子は別の部だろ」
「でも、興味ないわけじゃないんでしょ?」
「……釣り合うと思うか?」
「はぁ……本当に意気地なしで面倒」
呆れた顔も何だかんだで絵になるのが、これまた悔しい。我が妹ながら桃花は可愛い、学園でもモテるだろう、要領も良い。要は、こいつも【先天的に恵まれている側】なのだ。
「そんなにスマホ好きなら、このアプリ試してみたら?」
「何だこれ、AIイラスト生成アプリか?」
「そうよ、お兄ちゃんこういうの好きでしょ?」
「もうそういうアプリは使ってるよ、有料だから何個も使えないし」
「これは無料よ。その代わり一日一回しか生成出来ないみたいだけど、質は良いみたいよ」
無料か……質も良いなら、試してみる価値あるか。俺は桃花が部屋を出て行ってから、指定のアプリをインストールしてみた。『理想の彼女を作ろう!!』か……ありがちなアプリ名だな。頭の中に、自然と村雨の姿が浮かんできた。
「一日一回じゃ、色々試すこともできないか。となると……理想詰め込むしかないな」
俺はプロンプトに村雨の容姿を書き込み、更に自分好みの要素を付け加えた。自分のことを名前で呼んでくれて、髪型はお嬢様結びで、お昼に手作り弁当を作ってきてくれて。
「ははは、馬鹿か俺は。ギャルゲーじゃあるまいし」
俺はあまりにテンプレな設定に笑いながら、生成ボタンを押した。出来上がったイラストは確かに質も再現度も高かった、こんな村雨がいたら夢みたいだな。桃花に感謝しても良いか。
***
「愁也君!!」
「……はい?」
翌日、登校して教室に入ると俺は耳を疑った。気のせいだろうか……村雨が俺のことを名前で呼んだような。
「あの、村雨。俺の聞き間違いか? 今、俺のこと……愁也って呼んだような」
「あれ、名前……愁也じゃなかったっけ?」
「いや、合ってるけどさ。急にどうしたんだよ、何かの罰ゲームか?」
「違うよ。えっと……ダメだった?」
「ダメってことはないけど……」
「なら良いじゃない、愁也君!!」
う……何だかこそばゆいな。女の子に名前で呼ばれるのって、こんなに嬉しいモノなのか。しかも、多少なりとも惹かれてる子に、だもんなあ……ん?
「村雨、髪型変えたか? お嬢様結び、だっけ?」
「うん、気分転換にね。似合ってる?」
「あ、ああ……可愛いと思う」
「……ありがとう」
村雨ははにかんだような表情を浮かべ、お礼を言ってきた。ヤバいな……可愛すぎるだろ。クラスのアイドルが自分好みになる、破壊力が高いのは当然だがこれはちょっと危険な領域だ。周りの男子の殺気に満ちた視線が怖いが……
「あ、そうだ愁也君」
「何だ?」
「……お昼お弁当作ってきたから、一緒に食べよう♪」
「!!??」
村雨は俺の耳元でそう小声で呟き、去っていった。手作り弁当……何だ、一体何が起こっているんだ? 昨日AIイラスト生成アプリで作った理想の村雨、そのまんまじゃないか。名前呼びだけなら元々社交的な村雨だ、たまにはそういうこともあると思えるが……髪型や手作り弁当を作ってきてくれるまで同じなんて、あり得るのか?
***
帰宅し、俺は自室のベッドに横になった。疲れた……嫉妬に狂ったクラスの男子の視線に耐えるのに、体力をすべて使ってしまった感じだ。でも……幸せだった、ていうか幸せすぎて疲れているというのもある。
「昼休みに中庭で2人で村雨の手作り弁当を堪能ね……現実なのか、これ」
本当、ギャルゲーの世界に転生したと言われた方が納得できるような一日だった。ギャルゲーの主人公は良くこんな毎日を耐えられるな……というか、本当にどういうことなんだ? 幸せすぎて頭から吹っ飛んでたが、どう考えてもおかしいだろ。
「ただいま。お兄ちゃん、またゴロゴロしてるの?」
「うるさいな、今日はいつもと違うんだよ。幸せ疲れって奴だ」
「幸せ疲れ? 何言ってるのお兄ちゃん」
「……実はだな」
口を滑らせてしまったモノは仕方がないか……俺は桃花に事の顛末を説明した。それを聞いた桃花は、どこか引いたような表情を浮かべて呟いた。
「お兄ちゃん……キモい」
「キモいとか言うな!! 男の理想なんだよ」
「まあ、気持ちは分からないでもないけどさ……今日の夢花先輩、一段と綺麗だったし」
「なあ桃花、どういうことだと思う? まさかあのアプリ、そういう効果があるとか?」
「本気で言ってるの、お兄ちゃん。そんなことあるわけないでしょ」
「そりゃ普通に考えればそうだけどさ……でも、偶然にしては」
桃花は俺が喋るたびに『大丈夫?』とか『漫画の読みすぎ』と、ただただ呆れていた。いや、それが普通の反応だが……気になった俺は、その日も例のアプリに自分好みの内容のプロンプトを入力し、イラストを生成した。
「『花の髪留めを付けてくる』、『廊下の曲がり角でぶつかって、転んでへたりこんでいる』、『バレンタインに手作りチョコを作ってきてくれる約束をする』、と。本当にギャルゲーだな……」
***
「きゃっ!!」
「うおっ!! む……村雨?」
「ご、ごめんね愁也君」
翌日の休み時間にトイレから帰ってきた俺は、廊下の曲がり角で誰かとぶつかった。え……村雨!? う、嘘だろ!?
「あれ……花の髪留め!?」
「うん、昨日可愛いのを見つけたから」
「そ、そうか……」
今日は珍しく村雨は遅刻ギリギリに来たから確認できなかったが……マジかよ、昨日と同じじゃねえか。いや、女の子らしい華奢な体だったけど……じゃない!!
「そうだ、愁也君」
「何?」
「今日もお弁当作ってきたから、昼休み一緒に食べよう♪」
「あ、ああ……」
***
「はぁ……」
帰宅し、俺は今日も自室のベッドに横になった。嫉妬に狂ったクラスの男子の視線が辛いのは変わらないが、それ以上に状況の摩訶不思議さへの困惑の方が勝っている。約束通り、昼休みに中庭で村雨と手作り弁当を食べた。その際に言われたのだ、『今度のバレンタイン、チョコ作ってくるから楽しみにしてね♪』と。
「嬉しいよ、めっちゃ嬉しいけどさ……もう偶然と思えないじゃん。あのアプリ……本当に何なんだ?」
「ただいま」
桃花が帰ってきたので、俺は昨日と同じように事の顛末を話した。桃花は頭を抱え、昨日以上に引いた表情で呟いた。
「お兄ちゃん……マジでキモい」
「だから、キモいって言うな!!」
「でも、確かにそこまで行くと偶然とは思えないね」
「だろ? 桃花、一体何なんだあのアプリ」
「知らないわよ、適当に見つけてきたアプリだし」
アプリを勧めてきた桃花も知らないのでは、お手上げだ。そりゃ世の中すべてが科学で割り切れるとは思えないし、不思議なこともあるのかもしれないけど。
「でも、結果的に夢花先輩と仲良くなれてるんでしょ?」
「まあ、そうだけどさ」
「なら良いじゃない、結果オーライで」
「……そうかもしれないが」
桃花は笑顔で、俺と村雨の距離が縮まったことを祝福してくれた。こいつはいつもそうだ、俺にとって嬉しいことがあったら自分のことのように喜んでくれる。あのアプリにしたって、俺のことを思って勧めてくれたんだろうし。悔しいけど……良い奴なんだよな。
***
それからも、俺は毎日あのアプリのプロンプトに理想の村雨を書き込んでいった。そして、それはすべて現実のものになった。理想の村雨との甘々な生活、まさに天国だ。でもなぜだろう……心のどこかで楽しめていない自分がいるような気がするのは。
「今日はどうしようかな。村雨はお気に入りのアーティストのライブに朝から行くって言ってたから無理だし、動画サイトでも……って、はーい!!」
休日の午前中に自室のベッドで寝っ転がっていた俺は、インターホンの音に気付いて玄関に向かった。そこには、予想もしなかった人物が立っていた。
「愁也君!!」
「む、村雨!? どうしたんだ、今日はお気に入りのアーティストのライブだろ。朝から並んで限定グッズ買うって」
「そうだけど、その前にお弁当渡しに行こうと思って」
「お、お弁当!? 嬉しいけど、そんなのライブが終わってからで良いし、そもそも休みの日にまで用意してくれなくても」
「ライブ結構遅くまでやるから間に合わないし、平日とか休日とか関係ないよ」
まさか……あのアプリのせいなのか? そりゃ手作り弁当貰えるのは嬉しいけど、村雨のプライベートを邪魔してまでなんて……俺は言ってない!!
「あ、おかずもう一つあったの忘れてた。ごめんね、今すぐ取ってくるから」
「……そんなの気にしないで、ライブ行けよ」
「え、でも」
「いいから!! 楽しみにしてたんだろ、限定グッズ無くなっちまうかもしれないぞ」
「う……うん」
村雨は俺の大声に驚き、俺に弁当を渡して駆けて行った。相変わらず手の込んだ弁当だ、作るのに時間もかかっただろう。そういえば、前に珍しく遅刻ギリギリに登校してきたことがったな。あれの原因も、もしこれだとしたら……俺は。
***
「おはよう、愁也君。今日も昼休みに」
「ごめん、村雨!!」
翌日、登校してきた村雨に俺は深く頭を下げて謝った。村雨は目を丸くして驚き、言葉を失っていた。
「ど、どうしたの愁也君。急に謝って」
「名前で呼ばなくても良いし、髪型も好きにしていい、弁当も作ってこなくていいから」
「な……何で? 迷惑だった? 私……魅力ないのかな」
「そんなことねえよ、村雨は魅力的な女の子だ。俺みたいな酷い奴とは比べ物にならないくらい」
「そんな……愁也君が酷い人だなんて」
村雨は悲しそうな顔で、俺をフォローしてくれた。優しい子だ……そんな子をこんな表情にさせてしまった俺は、本当に……
「とにかく、村雨がしたいようにすればいいから。俺のことなんか、気遣わなくていいから」
「あ……愁也君」
そう村雨に伝え、俺は村雨の前から去った。その日は村雨を避けるように、俺は一日を過ごした。帰宅し、自室のベッドで横になっていると桃花が帰ってきた。
「ただいま。あれ……どうしたのお兄ちゃん、何だか浮かない顔してるけど」
「……桃花、悪いけどこのアプリ、アンインストールするわ」
「ええ!! どうしたのよ急に……って、あ!!」
俺は桃花に見えるようにスマホの画面を向け、例のアプリをアンインストールした。桃花は唖然とした表情で俺を見つめていた。
「ど、どうして!? それのおかげで夢花先輩と仲良くなれたんでしょ、お兄ちゃんの理想通りに出来るんでしょ、なのに」
「……つまんないんだよ、それじゃ」
「え?」
「そりゃ最初のうちは楽しいけどさ……全部思い通りになっちまったら、全部事前に分かっちまうじゃん。何するかとかどう思ってるかとか……分からないこともあるから、予想外のこともあるから面白いんじゃん」
「お兄ちゃん……」
「それに……何するかもどう思うかも、それは村雨の自由だろ。あいつの心や人生をコントロールする権利が……俺にあるわけがない」
そう……心のどこかで楽しめていない自分がいたのは、そういうことだ。散々好き勝手した俺が言えたことじゃないが……これ以上俺は腐りたくない。
「はぁ……普段は適当なのに、変なところで真面目だよね、お兄ちゃんって」
「悪かったな、適当で」
「そういうところが……」
「?」
「何でもない」
***
~桃花視点~
「もう一回インストールとかは……してないか。全くお兄ちゃんは、ロックぐらいはしておきなさいよね、不用心なんだから」
愁也が寝静まった後、桃花は愁也の部屋に忍び込み愁也のスマホをチェックした。その後自室に戻り、スマホの通話ボタンを押した。
「もしもし、夢花先輩?」
「こんばんは桃ちゃん、どうだった?」
「……私の目の前でアンインストールしてました。その後、再インストールもしてません」
「そっか……」
夢花は桃花の報告を聞き、ホッとしたような声をあげた。まったく……我が兄ながら、罪な男だ。
「ありがとう桃ちゃん、こんなことに協力してくれて」
「気にしないでください。それにしても、まさかあのアプリに本当に魔法みたいな効果があるんだって信じ込むなんて……我が兄ながら単純と言いますか」
「あはは、そういうところも可愛いけどね」
「……お兄ちゃんが寝静まった後に私がお兄ちゃんのスマホをチェックして、アプリのプロンプトに書かれていた内容を夢花先輩に伝えて、その通りにしただけなんですけどね」
「一日一回、っていうのにもっと疑問を持つべきだったよね。さすがに何回もリクエスト出来たら、私も対応できないから」
夢花は桃花と事の真相を話し、楽しそうに笑っていた。桃花はせっかくの機会だし、気になることを尋ねた。
「夢花先輩は……どうしてお兄ちゃんのこと、気に入ってるんですか?」
「……理想を抱いても、強制はしないところかな」
「……」
「男の子が女の子に理想を抱くのは別に良いの、女の子だって男の子に理想抱くわけだし。だけど、それを押し付けられるのは嫌で……愁也君はちょっと悪ノリはしても、一線は決して超えないから。性的なリクエストはしなかったし、私の自由を尊重してくれたし」
「……否定はしませんが」
桃花はその後も夢花と他愛のない話をし、電話を切った。スマホを置き、ベッドに横になった。色々な感情が入り混じったような複雑な表情を浮かべ、ため息をついた。
「まったく、夢花先輩もお兄ちゃんと似て、割と意気地なしだよね。クラスのアイドルにアタックされて嬉しくないわけないのに、自信ないから気を引くのに協力してとか」
「あとはもうほっとけば、勝手にくっつくだろうなあ。本当、お兄ちゃんにはもったいないなあ、あんな素敵な人」
桃花はブツブツ愁也への文句を言いつつも、顔は赤く染まり少し悲しそうな表情を浮かべていた。ハッピーエンド……を認めたくないような。
「素敵……だけど、ちょっと鈍感なところは玉に傷かもしれないなあ。私とお兄ちゃんが血が繋がっていないこと、知ってるのに」
「もしいつまで経ってもくっつかなかったら……狙っちゃっても、良いよね」
桃花はそう呟き、自分のスマホを取り出して例のアプリをインストールし、プロンプトに理想の愁也を書き込んで、生成ボタンを押したのだった。
終
読んで下さり、ありがとうございました。
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普段は「河澄のり子のこころ旅~心の闇との戦い~」という推理小説を執筆しております。
もし興味がお有りでしたら、そちらも読んでいただけるとありがたいです。