卵パック理論(重力ポテンシャルと負の質量)
超久しぶりの更新です。
ある時、僕こと、中越裕一が大学の食堂で少し遅めの昼食を摂っていると、数学科の友人である式野数行が目の前に座った。あだ名は「数式」だ。どうやら僕と同じ様に遅めの昼食を摂るらしい。
「よぉ。ここ良いか?」
「ああ、良いよ。疲れてるみたいだけど、どうかしたのか?」
「数式」は「あー」と声を出し、「うーん」と考え込む素振りを見せた後、観念したかのように話し始めた。
「昨日、飲み会があってな。その店を出禁になった。」
「……またか。今度は何をやったんだ?」
憮然とした表情をした「数式」は、右手に持ったフォークで目の前にあるパスタを巻き取って口に放り込んだ後、それをのみ込んでから説明を始めた。
「徳島は田舎だというやつがいたんでな。『田舎の定義を言ってみろ』と言ってやったら出禁になった。」
こいつ、わざと経緯を端折ったな。たぶん「田舎の定義」とやらを聞かされた後、「その定義はおかしい」「いや妥当だ」とかなんとか、定義の妥当性とか定義の範囲をどこまで広げるのか、一般化がキチンと成されているのかなどを議論したに違いない。もちろん酒が入っているからヒートアップしたんだろう。周りの一般客からすると迷惑この上ない話だよな。で、追い出された、と。
「何でも良いけど、半年ごとに出禁の店が増えるのは良くないと思うよ。」
「徳島出身者としては、流石に見逃せなくてな……」
「いや、徳島の話じゃ無くて、ヒートアップするのがダメなんだよ。他の客からクレームが来るような飲み方はなぁ。」
それはそうだけど……とかなんとかブツブツ言いながらパスタを口に突っ込む。僕の方はそろそろ目の前にあったサンドイッチが無くなったので、コーヒーを飲みながら「数式」の様子を眺める。そういや、こいつ「さっきの話」が本題だったのか? こんな、こいつにとっては「ありふれた話」をするためだけにやって来たとは思えないんだけど……。
そしてどうやらその考えは正しかったらしい。パスタを食べ終え、コーヒーに手を伸ばすとおもむろに切り出してきた。
「ところで中越よ。お前が後輩の女性と付き合っているという話を聞いたんだが、ホントか?」
うん? なにを言っているんだ、こいつ。「後輩の女性」ということは長山さんの事だろうとは思うが、学科を越えて数学科にまでウワサが広がっているのか? いやもしかしたら「付き合っている」の定義が僕の思っているものと異なっている可能性もあるな。そこはキチンと確認するのが理系のたしなみというものだろう。
「は? どこからそういう話になった? というか『付き合っている』の定義を言ってくれ。」
「『男女の関係を前提として交際している』というのが一般的な定義だと思うし、そういう定義で質問をしているぞ。」
「どこで話がおかしくなったのかはわからんが、少なくとも交際しているわけじゃないから、『付き合っている』とは言えないなぁ。」
そう。長山さんが一方的に仕掛けてきている状況だからなぁ。少なくとも「付き合って」はいない。
「そうなのか? 同期の間では『中越が裏切った』と話題になっているぞ。」
「その『裏切る』ってのはなんだよ。そもそも僕以外にも女性と付き合っている同期はいるだろう?」
「いや、お前も『モテない同盟』の一員だからな。」
「そんな同盟には入った覚えないけどな?!」
まったく、油断も隙もありゃしない。同期の連中はこんな奴ばっかりじゃないはずなんだが……。「数式」とつるんでいることが多いためか、知らない間に不本意なウワサが立っていても不思議じゃない。うん、きっとそうだ。
そういうことにして、昼食を食べ終えた僕は「数式」と別れ、研究室へ戻ることにした。あ、途中の購買で飲み物とおやつは買っていかないとな。
研究室に戻ると、教授である森本武彦が長山さんに研究の進捗確認をしていた。こうして見ると、普通の研究室と同じ光景なんだけどなぁ。なんで時々、あの暴走気味の訳のわからない理論で振り回されることになるんだろう? 不思議だ。
「というわけで、Abell 2218のダークマター分布詳細ですが、以前よりも分解能を10倍にできました。」
「奥行きについてはどうかな?」
「それもある程度は出て来ました。でも重力レンズ効果と銀河間ガスによる吸収、あとスニヤエフ-ゼルドビッチ効果だけで推定しようとすると、どうしても誤差が大きくなります。」
「まぁ光源がフラットじゃないからね。それは仕方が無いか。」
銀河団の奥行きか。そういえばスニヤエフ-ゼルドビッチ効果である程度はわかるけど、万能じゃないからなぁ。そもそも温度分布がある程度わかっていない限り、妥当だと考えられる温度分布を仮定し、それと観測結果のスペクトルとを比較するしかない。温度分布はX線の鉄輝線をベースで考えるけど、どうしても可視光線や赤外線と比べた場合には観測精度が落ちるしな。
「もう少しスペクトルの分解能が上がると良いんですけどね。」
「そこは井手くんが新しい装置を開発中だからね。竹本さんのところが観測で使えそうな面白い素材を見つけたらしいんだよ。」
「そうなんですね。じゃあ来年には精度が上がりますかね。」
「たぶんね。」
X線の観測は高エネルギーの光子をどうやって精度良くキャッチできるかに依るから、撮像素子の進化がないと解像度は上がらないんだよな。でもそういう素材が見つかったのなら、井手さんならさくっと観測装置に仕上げてしまいそうだ。
「あ、先輩。来てたんですね。」
「邪魔しちゃ悪いな、と思ってね。」
「そんあぁ、邪魔になんてならないですよ~。先輩と私の仲じゃないですか。」
長山さんが、ちょっとくねくねしながら恥ずかしそうに言う。なに、そのくねくねは?
「そういうのは、本人にわからないようにアピールするべきなんじゃ……?」
「ダークマターじゃないんですから、ちゃんと存在をアピールしないとダメじゃないですか? あーでもダークマターも存在自体はアピールしてるのか。」
そうね、重力ポテンシャルで丸見えだからね。
「ダークマターとは何者だろうね?」
突然、教授が問いを投げかけてきた。僕は長山さんと顔を見合わせた。目と目で通じ合ったわけじゃ無いけど、長山さんがその問いに答えた。
「『暗くて観測に引っかからない何らかの物質』でしょうか。」
「そうだね。100年以上前には『ミッシング・マス』と呼ばれ、その後に『ダークマター』と呼ばれるようになった。だけどね、銀河の回転曲線やX線銀河団のX線強度やそこから得られる銀河間ガスの温度、他にも重力レンズ効果などを通じて得られるデータなど、我々が観測しているのは果たして『ダークマター』だろうか?」
「正確には『重力ポテンシャル』であり、バリオン物質から予測される重力ポテンシャルでは説明仕切れない分を作っているのが『ダークマター』なのでは?」
僕はそう答えた。そう、もともとはそういうことだ。物質が存在すると時空間に重力ポテンシャルが形成される。重力ポテンシャルは天体の動きなどから推測できる。もし観測から得られた重力ポテンシャルを、そこに存在する天体の質量だけで説明できないとすれば? 「きっと暗くて今の技術では観測できない物質があるに違いない」ということになり、それを「ダークマター」と呼んだわけだから。
「良い答えだね。だがひとつだけ問題があることに私は気が付いたのだよ。いや、天文学者は誰しも前から気が付いていたけれど、気づかない振りをして無視していたんだ。」
「何にですか?」
「考えたことはないかね? 『物質のない時空間は重力ポテンシャル的に本当にフラットなのか?』ということを。」
おっと、いきなりぶっ込んできたぞ。さすが教授だ。まさか重力ポテンシャルを考える上での大前提を覆す発言をしてくるとは思わなかった。
「少なくとも、1990年代にはコズミックストリングやドメインウォールがダークマターの正体なのではないか、などの研究があったのだよ。」
「そうなんですか? というかコズミックストリングとかドメインウォールって何ですか?」
そうだな。いい質問だ、長山さん。僕もそれは知りたいぞ。さすがに半世紀以上前の話は僕も完全には押さえ切れていないしね。
「宇宙に存在した力というのはそもそも1つだったというのが超大統一理論だ。それは知っているね? それが重力、強い力、弱い力、電磁気力の4つに別れたわけだ。」
「『真空の相転移』ですね。」
「そうだ。だけど、すべての空間がキレイに相転移できたかどうかはわからない。相転移しそびれた部分を位相欠陥と呼ぶんだ。そしてそれが点なのか、1次元なのかもう少し高次なのかによって、モノポール、コズミックストリング、ドメインウォール、テクスチャーなどと呼ぶ。」
なるほど。相転移しそびれた位相欠陥か。ということはそこには膨大なエネルギーが残っていることになるのかな?
「位相欠陥がある空間は、ユークリッド空間にはならない。単純に言えば、三角形の内角の和が360度にならない空間な訳だ。」
「なるほど。リーマン空間になるので、そこを通過した光子は進路が曲げられるというわけですか。」
「そういうことだ。そういうわけで、当時の論文では、コズミックストリングに沿って重力レンズ像が複数並ぶ『バイナリーフィールド』というのがあるのではないかと言われたんだ。これが見つかれば、コズミックストリングの存在が高まると考えたわけだね。そして私はこう考えた。こういった位相欠陥が様々なスケールでそこかしこに残っていれば、ビッグバン理論の様々な制約をしっかりと守った上で、ダークマター抜きの宇宙論を構築することができるのではないか、とね。」
確かにそれはそうかもしれない。教授にしてはまっとうな話が出てきたな。でもきっとここからが本番に違いない。何しろ森本教授だからな。
「そしてだね。ここからもう少し考えてみれば、別にコズミックストリングやテクスチャーがなくても良いんじゃないか? と考えが進められるわけだ。」
「というと?」
すかさず長山さんがツッコミを入れた。そうだよな。これだけを聞いても意味がわからないからね。
「つまり、宇宙というのは物質があろうがなかろうが、重力ポテンシャルはフラットでは無いということさ。それこそ位相欠陥すらも要らない可能性もあるね。」
「じゃあ、私たちがダークマターだと思っていたものは……」
「そう、ダークマターがあるから重力ポテンシャルがあるわけではない。そんなものに関係なく重力ポテンシャルはあるんだよ。宇宙が自然に持つ重力ポテンシャルを、我々は勝手に『ダークマターが存在する』と解釈してたというわけさ。」
「何か聞いたことがあるような話ですね。」
「相対性理論の時と同じだね。あの時は『観測した結果の辻褄を合わせるために、空間が伸び縮みして光速度が秒速30万kmになる』のではなく『光速度は誰が見ても秒速30万kmになるよう、時空間が歪む』と言われたね。」
「なるほど。つまり『ダークマターが存在するから重力ポテンシャルがある』のではなく『重力ポテンシャルははじめから存在している』というわけですね。」
「そう考えると、難しく考える必要がなくなるだろう?」
教授は「うんうん」と頷きながら話をした。長山さんはその様子を「ほぇー」という感じで見ている。まぁ確かに面白い考え方ではある。そういう考え方であれば、リチウムやベリリウムの存在比率にも悪影響を与える事なく、ダークマター問題を解決できるわけだ。
「こんなところで感心してもらっては困る。まだあるんだからね。」
そう言うと、教授はニヤッと笑った。あ、これはダメなヤツだ。またよくわからない理論が来るのか。
「2000年頃に『負の質量が超光速航法に使える』と真面目に議論されたことがあるんだよ。言っておくが私が言い出したわけではなく、当時の物理学会ではそれなりに知られた内容だよ。」
「『負の質量』ですか? 反物質ではなく?」
「その通り。反物質は『アンチマター』だね。あくまでも『正の質量を持つが、電荷が逆転している物質』だ。『負の質量』は、質量がマイナスという意味だ。『エキゾチック・マター』とか『ネガティブ・マス』と呼ばれてるから、全くの別物だ。」
ちょっと想像しにくいな。
「『負の質量』自体はあくまでも『質量が正の値しか取らないのは何故か?』というところから出て来たものだから、そこはいいんだ。重要なのは重力ポテンシャルというのは凹んだ形でしか描かれないが、何故電気ポテンシャルのように盛り上がったところが無いのか? という点だよ。」
「つまり、電気ポテンシャルのように、重力ポテンシャルも凹んだところと出っ張ったところがあっても良いだろう、ということですね?」
「その通りだ。もし物質の存在に関係なく重力ポテンシャルが存在するなら、出っ張ったところ、つまり『負の質量』を持つ物質が作るような形状だって存在しても良いのではないかね。」
「……なんとなく『卵パック』みたいですね。」
「いいね、長山くん。この理論を『卵パック宇宙論』と名付けよう!」
またそんなイロモノみたいな名称を……「GF理論」といい、どうしてそういう方向にはしるかなぁ……。とはいえ真面目に研究するだけの価値はありそうだな。
「万有引力の法則に従って考えれば、正の質量の物質でできた天体には、正負どちらの質量の物質であっても引き寄せられるだろう?」
「あ、本当ですね。ポテンシャルだけが関係するんですね。ということは、負の質量でできた天体……というのがあるかどうかはわかりませんが、その重力ポテンシャルは必ず斥力になると。」
「そうそう。だから負の質量の物質でできた天体というのはあり得ないことがわかるね。」
「確かに。」
僕がひとりで考え込んでいる間に、教授と長山さんはいろいろと話し込んでいるっぽい。なんか不思議な感じだな。正の質量同士は引力、負の質量同士は斥力。正負両方あった場合、正の物質は負の物質から斥力を受け、負の物質は正の物質から引力を受ける。これ、無限に加速しないか?
あー、そうか。思い出した。昔読んだ論文に「グラバスターの内部に負の質量を組み込めばダークエネルギーの代わりになるんじゃないか」っていうやつがあったな。確か上手く行かなかったんだっけかな。
「今回はポテンシャルだけを考えれば良いからね。」
「だとすると、通常の重力ポテンシャルは引力が働いている無衝突系でいけるとして、負の質量の方のポテンシャルは無衝突系だとしても全部斥力ですよね。ポテンシャルの山は低くなっていくセンスですよね?」
「キチンとシミュレーションしてみないとわからないが、直感的にはおそらくそうなるだろうね。」
「問題は正質量ポテンシャルと負質量ポテンシャルの関係かぁ……正質量ポテンシャルを負質量ポテンシャルが追いかけますよね。大昔の映画で出てきた、若い男女が海岸で『ほーら、捕まえてごらん』ってやってるみたいな感じで。」
「ああ、青春だねぇ。」
なんの話をしてるんだ? いろいろと考え込んでいるうちに2人の会話が変な方向に進んでる気がするぞ。確かに正質量ポテンシャルを負質量ポテンシャルが追いかける形になるけど、海岸の男女に例えるのってどうよ? ちょっと流れを修正しておくか。
「ということは、ボイドの部分が負質量ポテンシャルの領域に相当していて、超銀河団の方に正質量ポテンシャルを押し込んでいるというか、正質量ポテンシャルが押し込まれた部分に物質が集められて超銀河団になったというストーリーですよね。」
「そうだね。」
よし、これで真面目な話に戻るだろう。すると長山さんもうまく乗ってきた。
「負質量ポテンシャルの部分の時空がどんどん膨張しているわけですよね。でも正質量ポテンシャルはいくら無衝突系だとしても、どんどん行き場がなくなっていきませんか?」
「良い所に気が付いたね、長山さん。面倒だから負質量ポテンシャルはネガティブ・マス・ポテンシャルを略して『NMP』、正質量ポテンシャルはポジティブ・マス・ポテンシャルを略して『PMP』と呼ぼうか。するとNMPはPMPを追い立てるように動くのは事実だけど、無衝突系だから混合状態のままになるはずなんだ。層に分かれたりはしないだろうね。鬼がたくさんいる鬼ごっこみたいなものかもしれない。」
「そうか。最初PMPとNMPを同じだけ用意して混ぜ合わせても、PMPが引力である程度塊を作り始めると、NMPの優勢な領域ができて、その領域がどんどん広くなっていくんですね!」
なるほど。だんだんNMPの海の中にPMPの島ができるようなイメージになるのかな。それをシミュレーションするためには……。
「ボロノイ分布とかになりそうですね。」
「良いところに気が付いたね、中越くん。つまりだね、NMPだけに着目して、NMPの量が多かったというか、NMPのポテンシャルが高い部分を中心として、同じ高さならその中間点、どちらかが高ければ低い方に近い点を結ぶような面上にPMPは押し込まれていくはずなんだ。」
「ということは、PMPはNMPのボロノイ分布シミュレーションをやった場所に追いやられていく、と。するとボイドの中心部分がNMPの中心であれば、そこにはPMPの塊は例え小さな物であっても存在し得ないはずですよね。」
「そうだね。1980年代に似たようなシミュレーションがあったんだよね。だからその論文を参照して、観測としては今言ったことを最初にやるべきかな。あとはさっきの青春映画の例じゃないけど、混在領域がまだ安定していないなら追いかけっこが続いているはずだ。もし続いていないのであれば、そこはPMPが周囲を完全にNMPで囲まれてしまっているだろうね。」
「なるほど。観測の結果、男女が混在した状態であれば『追いかけながら押し続ける』、ある程度分かれてしまった場合は『外堀を埋められて諦めた』と取るべきだということですね?」
「……うーん、まぁそういうことになる……かな……?」
長山さん、そこで僕の方を見るのは止めようね。教授も困ってるじゃん。っていうかさっき言ってた「卵パック宇宙論」って、別に男女の話じゃないからね! だから……じりじりとこっちに迫ってくるのはやめてっ!
「無衝突系ならともかく、衝突系なのであれば逃げ続ける相手は周囲を取り囲んでしまえばいいわけですよね。」
あ、教授、どこ行くんですか?! ちょっと、この状態の長山さんと二人きりにして部屋から出て行くのはやめてください!!
用語解説
スニヤエフ-ゼルドビッチ効果
1970年にラシード・スニヤエフ(Rashid Sunyaev) と ヤーコフ・ゼルドビッチ(Yakov Zel'dovich) が予測したもので、宇宙マイクロ波背景放射(CMB:Cosmic Microwave Background)からの光が、銀河団の中に漂っているプラズマ状高温銀河間ガスを通るときに受ける効果。SZ効果と略す場合もある。
具体的には、プラズマ中にある高温電子によって光子が逆コンプトン散乱を受ける事によって発生する。逆コンプトン散乱によってエネルギーの低い(振動数が小さい、または波長の長い)光子は高温の電子からエネルギーを受け取ることでエネルギーが高く(振動数が大きく、または波長が短く)なる。すると、本来決まった温度からの黒体輻射スペクトルを持つCMBのスペクトルが、全体的にエネルギーが高い方へずれることとなる。これを熱的SZ効果という。
このズレの量は高温電子との衝突回数に比例するが、これは電子の密度、銀河団の大きさに依存する。もちろん電子の温度にも依存するが、温度についてはX線観測から特定できるため、何らかの方法で密度または銀河団の大きさのどちらかを特定できれば、スニヤエフ-ゼルドビッチ効果の値からもう片方も決定することができる。面倒な場合は密度と奥行きを掛け合わせた「面密度」というもので置き換えることもある。
スニヤエフ-ゼルドビッチ効果には運動学的な効果もあるが、こちらの解説については割愛する。
Abell 2218
銀河団のカタログである「Abellカタログ」の2218番目に掲載された銀河団でりゅう座にある。地球からの距離は約20億光年。
多くの銀河を抱える大規模な銀河団で、Abell カタログの「リッチネス・クラス」は200-299個の銀河が属しているとする「4」となっている。そのため銀河団自体の質量も大きく、1990年代には既に重力レンズ像が銀河団の周辺に数多く発見されていた。
大統一理論(GUT)
電磁相互作用、弱い相互作用と強い相互作用を統一する理論。GUTは重力を除いている。重力まで含んだものは超大統一理論と呼ばれている。超大統一理論によれば、宇宙が生まれた時には4つの力は見分けが付かず、同じ力であった。その後、宇宙が膨張するに従い「真空の相転移」が起き、重力、強い力の順番に分離していき、最後に弱い力と電磁気力が分かれたとする。
モノポール、コズミックストリング、ドメインウォール、テクスチャー
金属結晶などでも複数の場所で同時進行的に結晶化が起こると、ぶつかった場所ではキチンとした結晶構造が形成されず、つなぎ目がはっきりわかるような状態となる。これを位相欠陥と呼ぶ。
同じ事が真空の相転移でも発生すると考えられており、宇宙のあちらこちらで相転移が同時進行的に発生したとすると、相転移後のエリアがぶつかった場所(空間)に位相欠陥が発生すると考えられる。これを点状、線状、面状などの形状に応じてモノポール、コズミックストリング、ドメインウォール、テクスチャーなどと命名されている。
バイナリーフィールド
コズミックストリングが存在すると、ストリングを挟んだ両側に重力レンズ像(ダブルQSO像)ができる。ストリングは紐状に伸びているため、そのエリアに沿うような形で、ダブルQSO像が並ぶはずである。これをバイナリーフィールドと命名した。実際に見つかった例はない。
反物質
我々の身体を作っている物質と同じだが、電荷だけが逆になっている物質を指す。例えば陽子は正の電荷を持つが、反物質である反陽子は負の電荷を持つ。同じ様に電子は負の電荷を持つが、反物質である陽電子は正の電荷を持つ。現在のところ電子と陽電子は同じ質量を持っていると考えられているし、観測結果でも同じ質量であるという結果が出ている。
負の質量
質量が負の物質が存在するかどうかを
グラバスター
ブラックホールと同じ様な性質を示す天体として提起されている理論上の天体。ブラックホールはすべての質量が事象の地平線の内側に落ち込んでしまい、その中心では密度が無限大となる特異点になってしまう。これを回避する理論上の天体として提起されている。
グラバスターでは物質は事象の地平線の少し外側に球殻を形成している。そのままだと重力によって崩壊してブラックホールになるが、内部にダークエネルギーがあることで崩壊を防ぐとされている。2026年にはどのようにすればそのような天体が形成されうるのかという論文も発表されている。
衝突系・無衝突系
ある速度ベクトルを持つ原子Aと、別の速度ベクトルを持つ原子Bが空間内で衝突を起こすと、衝突の結果は運動量保存の法則に従ってそれぞれが新たな速度ベクトルを持つようになる。このように原子や分子はお互いに衝突するため、それらを拭くんだ系は「衝突系」と呼ばれる。衝突系の場合、持っていた運動エネルギーは光や熱などのエネルギーに一部を奪われるため、時間の経過と共に運動は減衰していく。
一方、他の粒子と反応しない、つまり衝突しないニュートリノなどが存在する系は「無衝突系」と呼ばれる。ダークマターは無衝突系だと考えられているため、シミュレーションを行う際には減衰しないように設定をする。
ボロノイ分布
ボロノイ分布とは、平面上の複数の点に対して「どの点に最も近いか」に基づき領域を分割した図である。都市計画で行政施設をどのように配置すれば良いのかなどでも利用されるが、宇宙物理学では1980年代にボイドと超銀河団の分布を初代星の超新星爆発で説明しようという研究があり、その際にボロノイ分布が利用された。
前々から考えていたネタをついに発表しました。SFコラムの方でも重力ポテンシャルに関するものがありますが、個人的にはどうしてもダークマターには違和感を持っているのです。
ちなみにこれは2026年9月の新刊として出す予定で、同人誌化する際には少しいじることとなります。




