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ブラックホール作戦(恒星の死とブラックホール)

すみません、本業の締切があって更新が遅れました。

別の作品もありますので、こちらは2週間に1回の更新とさせていただきます。

 ある時、僕こと、中越裕一が研究室に入ると、そこにはいつもは何やら密談をしている、研究室の教授である森本武彦と技官である井手純一の姿はなく、代わってお客さんが応接セットのソファーに座っていた。あまりにもだらしない格好で座っているものだから「一体どこのどいつだ?」と思ったが、振り返ったその顔には新聞記者である山本さんの顔が張り付いていた。そしてその口からは挨拶の言葉が飛び出してきた。


「やぁ、中越くん、君か。」

「こんにちは、山本さん。今日はどうしたんです?」


 山本さんはポリポリと頭をかきながら話を始めた。


「いや……今日も明るく楽しく仕事をしようと出社したらな、森本教授からいきなり電話があって、『凄い大発明をしたが、最初に記事化する名誉を君にやろう』と言うわけさ。」


 一体どんな風に仕事をしているんだろう……? チョット訊いてみたかったけど、コワイのでやめておこう。


「で、来たんですか?」

「そう言われりゃ来ないわけにもいかないだろ? それにたまには確かに凄い発見もあるし……」


 確かに。いつもは怪しい研究ばかりしてはいるが、教授も伊達や酔狂でこの地位にいるわけではない。ちゃんとまっとうな研究もし、世界的にも評価は受けているのだ。でなければ日本の地方大学とはいえ、教授になんかなれるわけがない。もっとも、例の病気のような研究さえなければもっと研究環境の充実した大学の教授になれたはずなんだけど……。


「で、教授は?」


 山本さんはふるふると首を横に振った。


「いないんだよ、それが。樋山さんに訊いても『知らない』って言ってるし……君は知らない?」

「いえ、僕も今来たところですから……」

「そうか……井手さんもいないんだよな……」

「そう言えば……」


 あたりを見回してみると、いつもは教授の金魚の糞をしている井手さんも確かにいない。二人して一体どこに行ってしまったんだろう? チッチさんも知らないのであれば……。


 山本さんのことだから、教授が行きそうな所や潜んでいそうな所は全て見て回ったに違いない。すると学外か? どこへ? 何をしに?

 そんなことを考えていたら、研究室の扉が開き、教授が戻ってきた。


「おお、山本くんに中越くん。早かったな。」

「教授が直ぐ来い、っていうから飛んできたんですよ。」

「まぁまぁ、そう文句を言うな。今回の発明を聞いたら飛び上がってびっくりすること請け合いだ。」


 山本さんが怪しそうな顔をした。疑ってる、疑ってる。まぁ、たぶん僕も同じ様な顔をしていたと思うけど。


「あ、その顔は信じていないな?」

「まぁ、前回遊びに来たときがあれでしたからねぇ……。」


 ああ、確か「GF理論」の時だ。相当怪しかった上に未だに結論が出ていない。でお山本さんはそのあとの「同期の桜」理論は知らないはずだから、まだ幸せな方だろう。


「で、今回は何なんです?」

「ふっふっふ。今回はエネルギー問題とゴミ問題を一気に解決できる発明だ。」


 はて? うちの研究室でゴミ問題? 不思議に思って訊いてみた。


「あんまり宇宙には関係なさそうですが……」

「バカもん! うちの研究室でやるのに宇宙に関係ないわけがないだろう?」


 教授はちょっと怒って見せたが、ただのポーズだろう。しかしどう「ゴミ」と宇宙が絡むのかがわからない。昔は「デブリ問題」というのがあったそうだが、ここ十年ほどの努力で随分改善されてきているという話だ。エネルギー問題が絡むということはデブリには関係なさそうだが……ん、デブリ?


「あ、もしかして宇宙にゴミを捨てようとか……デブリになるとまずいから太陽に捨てようとか、そういうネタですか?」


 はぁ、と教授は溜息をついた。いかにも「できの悪い学生を持って大変だ」とでも言いたげだったが、この件に関してはできは関係ないだろう。あえて言うなら「察しの悪い学生を持って大変だ」くらいで……。


「そんなもんは前世紀から話があるし、実際にやっている所もあるではないか。そうじゃなくて、地上にあるゴミを使って、宇宙でエネルギーに変えようと言う話だ。」

「ほぉ、なかなかまともな話ですね。で、どうやってエネルギーに変えるんです? 効率とか採算は?」


 山本さんが矢継ぎ早に投げかけた質問を一旦遮り、教授は順番立てて話をしていくという意思を表明した。


「まず『どうやって』だが、これにはブラックホールを使う。」

「ブラックホール?」


 山本さんと僕はまたまたお互い顔を見合わせた。


「いいかね? ブラックホールに物が吸い込まれるときには、位置エネルギーを失いながら落ちていく。その失った分の位置エネルギーは通常熱エネルギーに変換され、最終的には電磁波という形で放出される。」

「……って言うことは……どういうことなんで?」

「いや、だから、例えば電波とか、赤外線とか目に見える光とかX線とかになるんだよ。」

「山本さん、いつぞや降着円盤の特集記事を書いていたじゃないですか。」


 あんまり理解できていない風の山本さんに思わず助け船を出した。確か連載で宇宙の話をしていたときにそう言うネタがあったはずだった。


「ああ、あのどこかの銀河の中心にあるやつだっけ?」

「そうそう、それだよ山本くん。それが『ブラックホール発電』の最も良い例だ。ガスがブラックホールへ落ち込むときに光やX線という形でエネルギーを放出しているわけだ。そこで! その周囲に太陽電池パネルを並べてやれば無尽蔵の電力が手にはいることになる。」

「そう言えばブラックホールに家庭ゴミや産業廃棄物を放り込んでエネルギーを取り出すという話もありましたね。」


 二十世紀のSFでもそう言う話が確か出ていたのを思い出した。そんなに革新的な話ではなさそうだ。


「そう! 世の中のゴミを元手にエネルギーを取り出す。これぞエネルギー問題と環境・ゴミ問題を一挙に解決できる、まさに一石二鳥の策なんだ。」


 うんうん、と山本さんも頷いた。どうやら納得できたらしい。何か引っかかっている所はあるようだけど。


「なるほど。確かにその通りですな。しかしその手の話はSFの世界じゃ前世紀からあるんでしょ? それに簡単にブラックホールって言ってますけど、まさか有名な白鳥座X-1まで出かけていくわけにもいかんでしょう。絵に描いた餅となりますが……」

「確かに今のままならそうだな。ここからが今回の発明だよ。我々は将来のエネルギー確保のために、そして環境問題を解決するためにブラックホールが欲しい。しかし近くにはない。じゃあ君たちならどうする?」


 何となく山本さんと顔を見合わせた。今日一体何回目だろう? どうやら向こうも同じ事を考えていたらしい。どちらともなく目を教授の方に戻して言ってみた。


「探す?」

「持ってくる?」


 教授は右手の人差し指を立て、左右に振って見せた。当然左手は腰に当てられている。いわゆる「ちっちっち」というポーズだ。


「ま、まさか……」

「そう。ないなら『作る』だ。」


 い、いや、確かにそうかも知れないけど、そんなものを一体……。


「どうやって?!」

「中越くん、ブラックホールのでき方を説明してみたまえ。」

「え? はぁ……。えっと、まずは太陽の8倍以上の質量を持つ星が超新星爆発を起こした後にできるのが恒星サイズのブラックホールです。そして宇宙の進化ともに形成されたと考えられているのが銀河中心のブラックホール。」

「その通り。これはGF理論からも明らかだ。」


 いや、決して明らかじゃないと思うけど……とりあえず話を続けよう。


「他には宇宙初期にできたと思われるマイクロブラックホールなんかが理論的には予言されていますけど、未だに発見例はなかったはずです。そもそも宇宙初期に形成されたとしてもホーキング放射で消滅してしまっているはずですし。」

「うむ。で、だ。我々が作るのは恒星サイズよりは小さい、できれば小惑星クラスの質量のものを考えている。」


 小惑星クラスの重さのブラックホール? ブラックホールにしては相当小さい。天然にはたぶん存在してないんじゃ……。

 しかし山本さんの関心はそう言うところには向いていなかった。天然に存在しようがしまいが、教授が「作る」と言ったからにはできる物と信じているんだろう。原理的なところはすっ飛ばして、すでに応用面の話に入りつつあった。


「メリットはなんなんです?」

「扱い易いのさ。できれば太陽系内に置きたいが、あんまり重いと太陽系内の重力バランスを崩してしまう。それに可視光線ぐらいで光ってくれた方が、発電のことを考えても都合がいい。X線ばかり出てくるのでは効率が悪いし体にも悪い。」


 なるほど。確かに一理あるけど……何かが頭の中で引っかかっている。重要な何かを忘れてしまっているような気が……。


「それなら人工太陽にもできますね。」

「おお!山本くん良いアイデアじゃないか!そうかそうか、人工太陽ができれば、それで火星のテラフォーミングも早めることができるかもしれない。」


 盛り上がったその時、井手さんが勢いよく扉を開け部屋に飛び込んできた。そしてその場にいつメンツのほとんど(つまり山本さんと僕)を無視して、教授に畳みかけるように話し始めた。


「教授、まずいです。いや、まずいことに気が付きました。小惑星クラスじゃ話になりません!」

「質量降着率かね?」


 井手さんは頷いた。


「直径100kmで質量が10の19乗kgくらいの天体をブラックホールにすると、シュバルツシルト半径はたったの100オングストロームにしかなりません。発電するにはやっぱり、6000K位の温度の所が半径10から100mくらいに来て欲しいじゃないですか。これで計算すると1秒間に10の16から17kg、1日で地球の10分の1、1年だと地球36個分もの重さのゴミを出さないとダメです!」


 教授は「ぽか~ん」と口を開けていた。きっとある程度予想はしていたが、まさかそんなにたくさんの物をブラックホールに送らないといけないとは思ってもみなかったのだろう。


「じゃあ、適切だと思われるブラックホールの質量はどの程度になるかね?」

「そうですね、木星くらいがいいんですが……まぁ金星や火星をブラックホールにしても、それなりには何とかなりそうです。」


 そうか、さっきから何か引っかかると思っていたのはこのことか! 降着円盤の表面温度はブラックホールの質量、1秒間に落とす物質の量(質量降着率)に比例し、そしてブラックホールからの距離の3乗に反比例する関数となる。あまりにも距離を大きくするとブラックホール自体の質量が小さすぎるので、大量のゴミを捨てざるを得なくなるんだった。


「そういえば昔、『さよならジュピター』っていうSF映画がありましたな。確か小松左京原作だったかな?」


 山本さんが耳を鉛筆でほじりながら言った。すでにちょっと諦めモードに入っている感じだ。すでに記事にはなりそうもないと踏んでいるんだろう。


「どんな話なんです?」

「太陽系にブラックホールが侵入してきてな、地球に衝突する軌道に乗ってたんだ。それを阻止するために、木星を爆破してブラックホールの軌道を変えるっていう話だった。」


 よくもそんな昔の作品を知ってるものだ。いつもながら、この人が蓄えている変な知識の量には感心する。


「今回は、『さよなら』ではないぞ。何しろエネルギー源になるんだから。」

「しかし、重水素を核融合燃料として取り出すって話があったじゃないですか。まずいと思いますぜ。」


 うーん、と教授はうなったまま黙り込んでしまった。まぁ、そりゃあ太陽系の開発可能な惑星は資源として期待されているものばかりだから、簡単につぶすわけにはいかない。


「じゃあ、金星あたりをつぶすか。あれならテラフォーミングにも手間がかかるから、火星をつぶすよりはマシだろう。」

「いえ、どの惑星をつぶすにしても、今度はそこから地球に送電するのが困難になります。」

「ラグランジュポイントに置くんなら、井手さんの重力発生装置でもいんじゃないんですか?」


 言ってみた。当然の事ながら地球-月系のラグランジュポイントに木星を持ってくるわけにはいかないが、人工重力場ならいろいろと調整できて便利な気がしたのだ。


「ああ、だめダメ。結局重力場は形成されるから地球や月にも影響が出る。ついでに言うと、あれでブラックホールクラスの重力を維持するのにどれだけエネルギーがいることか……下手したら赤字だよ。」

「赤字?」

「得られる電力以上に電気が要るってことさ。」


 それでは確かに話にならない。


「じゃあ、一体どうすれば?」


 しばし研究室を沈黙が包んだ。ちょっと重苦しい雰囲気に耐えかね始めた時、教授がぼそっと、物騒なことをのたまわった。


「やっぱり近隣の適当な恒星をふっ飛ばすしかないな。」

「でもそんなことが……」

「ちゃんと準備してある。もしかしたら太陽系内に置くのは無理かもしれんと思ってな。恒星を人工的にブラックホールにする方法も考えてあるのだよ。もっとも、そこまで装置を送るのに時間がかかるから、人類の今後を見越しての実験になるがな。」


 なるほど。ということはまたしてもすぐには結果が出ないパターンか。こういうのを一体うちの研究室はどれだけかかえているんだろう?


「でもうちの研究室の予算では太陽系外にプローブを送るだけの予算はないですよ。」

「産学協同というやつさ。じつは既にアポは取ってある。」


 教授がニヤリと笑ったその時、教授の机の上にあるヴィジフォンが鳴った。隣の部屋からチッチさんがかけたようだ。


『教授。四菱電機からです。』

「おお、おお、待ってたんだよ。直ぐにつないでくれ。」


 教授はヴィジフォンのスイッチを入れた。だが直ぐにその顔が曇り始める。かいわはこちらにも筒抜けになっているが、どうも先方は何やらはぐらかそうとしている雰囲気が見て取れる。苛立って詰め寄った教授に対して、向こうは遂に抵抗をあきらめ、真実を語った。


「え、無理? どうしてなのかね? 採算が採れないって言っても、すぐには確かに採れないが……回収見込みがないものには出せない?」


 ヴィジフォンがプツッと切れる音がした。どうやら交渉があっさりと決裂したらしい。真っ暗になった画面から顔を上げ、我々三人を見た教授は残念そうにこう漏らした。


「ほんの2世紀ほど待つだけなんだがなぁ……それもできんらしい。」


 そりゃ無理だろうなぁ……と思った。いくら何でも2世紀先に投資するほど余裕のある企業は少ないだろう。しかし一体どういう案を提示していたんだろう? 訊いてみよう。


「一体どんなネタを持っていったんですか?」

「ああ、近隣の恒星には太陽よりも小さい赤色矮星なんかが多い。それをブラックホールにして発電をしようというネタさ。」

「どうやってブラックホールにするんですか?」

「重力発生器を改良してね、恒星の重力を操れるようにしようとしたんだ。そうすれば中心の密度や温度を上げて、小さい恒星でもG型くらいにまで光度が上げられる可能性だってあるし……」

「最後には超新星爆発を起こさせてやれば、ブラックホールも造れるからな。」


 超新星爆発だって? そんな物騒な……周りの恒星系にまで影響を与える事をしなくても……。


「飛び散ったガスが我々の太陽系に悪影響を及ぼしたらどうするんですか?!」

「ああ、その辺は心配ない。超新星爆発と言っても様々な形態があることも既にわかっている。確かK.Nomotoの研究だったかな? 回転軸に垂直な方向にだけガスが飛び散るトーラス型爆発を使えば、我々の太陽に影響を及ぼさずにブラックホールを作ることもできるはずだ。」


 なるほど。そう言えばこういうのはすでにコンピューター・シミュレーションで散々計算されているもんな。その方法については検討していた訳か。


「はぁ……」


 しかし横で山本さんが溜息をついた。我々三人が行った技術的な検討をもあまり大した事だとは思っていない節がある。


「あのぉ……素人考えで申し訳ないんですがね、赤色矮星をG型にってことができるんなら、わざわざブラックホールを作らなくてもただ単に周りに太陽電池を並べればいいんじゃないんで?」


 ……僕を含めて三人ともが沈黙した。確かに言われていればそうだ。わざわざブラックホールにする必要すらない。


「そ、そうか!何でこんな簡単な事に気が付かなかったんだろう?!」

「もう既にブラックホールを作るっていうのが前提になってましたからねぇ……」

「そうそう、あとジェットを吹き出させて、そのガスで直接タービンを回すとか……」


 まぁ、ジェットで直接タービンをってのは置いといても、これは大変に間抜けな話だった。山本さん一人だけが「ダメだこりゃ」というような素振りを見せている。

 放心状態から解けた教授は、それでも何か思いついたように、井手さんに耳打ちをした。しばらくごにょごにょ言った後、何やら合意が成り立ったらしい。


「仕方がない、とりあえずゴミ処理機能だけを優先するか……」


 しかし、教授と井手さんの顔は笑っていた。その後二人は山本さんを連れてどこかに行った。そして研究室には僕だけが残された。


 二週間後、山本さんのところの新聞に「大学教授がゴミ処理会社を設立! ブラックホールが世界を救う?!」という見出しとともに、教授がベンチャー企業を設立し、世界各地からゴミを回収・処分する事業を展開することなどが書かれていた。

 当初は僕も「そんなのにお客さんが集まるんだろうか?」などと悲観的に捕らえていたのだが、これがどうして。次から次へとゴミ処理の依頼が入ってくる。おかげで最大の難関だと思っていたブラックボールまでの輸送も、名乗り出てくる会社がいたりして、順調に事は進んでいる。まさに「転んでもタダでは起きない」の見本のような展開だった。

 というわけで、今ではもっとも害がないと判断されたラグランジュ点であるL3にブラックホールが浮かんでいて、日々ゴミ運搬船が訪れている。捨てられるゴミはご家庭からの廃棄物を始め、再処理不可能な核廃棄物まで様々だという。採算が採れているかどうかは知らないが、いろんな軍備削減条約に従って、あちこちの国がいろいろとヤバイ物を捨てることもあるとかで、とりあえず儲かっているという噂だ。

 その証拠に、「ブラックホールをもう1つ作る」という話も持ち上がっているようだし、何よりも最近チッチさんの顔が少しだけ穏やかになったように見える。

 教授と井手さんはゴミの確保が安定してきたこともあり、ブラックホールの周辺で発電の試験設備なんかを作って、いろいろと実験を繰り返しているらしい。少なくともこの結果が出るまでは、この研究室も平和なんだろう。

 ああ、願わくばこの平和が永遠に続きますようにお願いします。教授がまた変なことを始めませんように、でもOKです。


 だが数日後……。


「中越くん、実は大変面白い仮説を思いついたんだ。今度のは凄いぞ~。どうだ聞きたくはないかね…………」


 ………………はぁ……………………。



用語解説

・デブリ

 「スペースデブリ」とか「宇宙ゴミ」と呼ばれているもの。打ち上げた後のロケットや寿命が尽きて機能停止した人工衛星など、地球周辺の軌道を公転している「ゴミ」を指す。大きさについては大型衛星レベルのものから、切り離し時に出る留め金や塗料の破片レベルまで幅広い。

 これをなんとかしなければいけないということで、2024年現在、アストロスケール社が商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」を使った実証実験を行っている。


・ブラックホール発電

 ブラックホールに物質を落とすと、位置エネルギーを失う分が運動エネルギーと変わる。だが降着円盤を形成すると摩擦によって温度が上昇し、電磁波を放出するようになる。この電磁波が可視光線であれば太陽電池パネルで受ければ発電が可能となる。これは本作品でのブラックホール発電。

 しかし本来のブラックホール発電は「ペンローズ過程」という「ブラックホールから(直接)エネルギーを取り出す」方法。自転するブラックホール(カー・ブラックホール)のエルゴ球と事象の地平線との間へ容器に入れたゴミを投入する。ゴミのみをブラックホールに捨てて容器を回収すると、「ゴミの質量+ブラックホールの減少した質量」に相当するエネルギーが容器を加速させることから、発電が可能だと考えた。単なる思考実験だとされていたが、2020年にはグラスゴー大学の研究チームが検証を行った。


・ホーキング放射

 スティーヴン・ホーキングが提唱した、ブラックホールからの熱的な放射。量子効果を考えるとブラックホールには質量Mに反比例する温度が存在する。温度があるということは、その温度に対応した黒体放射を行う。これはブラックホールからエネルギーが出ている事を意味し、その分、ブラックホールの質量は減少することとなるというもの。

 ホーキング放射が存在すれば、マイクロブラックホールは宇宙開闢から現在までの間にホーキング放射によってすべての質量を放出して消えてしまう。これを「蒸発」と呼ぶ。


・テラフォーミング

 惑星や衛星など、地球以外の天体を人間が住めるような環境へと改造すること、またはその技術。最も研究の進んでいる天体は火星であるが、金星をテラフォーミングする研究もある。

 SFでは様々な作品でテラフォーミングが行われている。日本の作品では「ヴィナス戦記」では金星が、「宇宙戦艦ヤマト2199」や「テラフォーマーズ」では火星がテラフォーミングされている。また太陽系外に飛び出した時代を描いた「クラッシャージョウ」などではテラフォーミング技術が確立され、惑星改造の専門家集団も存在している。


・質量降着率

 ブラックホール周辺に形成される降着円盤を理論的に研究する場合に使われる変数。単位時間当たりにブラックホールへと降着する質量を示す。

 質量降着率が高いと降着円盤はトーラス状に、ある程度低いと薄い円盤になると考えられている。


・シュバルツシルト半径

 ブラックホールの周辺に現れる事象の地平線の半径。質量に比例し、rs=2GM/c^2と定義されている。これを太陽に当てはめると約3kmになる。つまり半径が約70万kmある太陽の全質量を半径3km以下に押し込めることができればブラックホールになるということである。

 ちなみに地球のシュバルツシルト半径は約0.9cmである。


・ラグランジュポイント

 円制限三体問題の解として現れる5つの平衡解。大きな天体2つと、小さな3番目の天体が存在する場合、第3の天体にとって他の2つの天体からの引力と慣性力(遠心力)がつり合い、安定して居つづけることのできる点を指す。5ヶ所あるため、それぞれをL1~L5と称する。

 有名な活用例としては「機動戦士ガンダム」に出て来たスペースコロニーの設置された空域がある。この場合は地球と月のラグランジュポイントにスペースコロニーが設置された。

 SFにしか登場しないのではなく、現実にも活用されており、例えばジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は太陽と地球のラグランジュポイントに配置されている。


・ジェット

 ブラックホールにガスが吸い込まれる際に降着円盤が形成されるが、その一部のガスが円盤とは垂直の方向に噴き出す現象を指す。このジェットが形成されるのは輻射圧や電磁気作用などが考えられているが、輻射圧よりも電磁流体力学的なメカニズムの方がメカニズムの可能性としては高いような気がしている。

 ちなみにこのジェットは楕円銀河であるM87の中心部から吹き出しているのが発見され、ウルトラマンの故郷とされるはずだった。だがどこかで間違えられてM78となってしまったらしい。歌の歌詞にある「自慢のジェットで敵を討つ」はM87のジェットから来ているそうな。


実は用語解説を書くのがちょっと楽しくなっています。

元々、20年前に書いていたときは用語解説など無かったのですが、天文・宇宙物理系、宇宙開発系、SF系を交えて書くのが面白くなってきました。


おかげで理論的な裏打ちを論文まで漁って書くのに時間がかかるということに。というか、本文を書くのと同じくらい時間がかかっているので、大変は大変なんですけどねぇ…

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