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見えない宇宙を見よう(人間原理宇宙論)

2000年頃に書いていた物語をリニューアルして投稿することにしました。

それに当たって、20年間に変わってきた内容は少しいじっています。


実は新しいネタを思いついたので、新作を書こうとしたら、ちょうどこれの続きにするのが良さそうだったんですよね。

 ある時、僕こと、中越裕一が研究室に入ると、研究室の教授である森本武彦と技官である井手純一が何やら密談をしていた。彼らは僕が立てた廊下に響く靴音に対して反応するかのように、あわただしくバタバタと何かを隠したようだった。それを証拠に何やらいつもはキチンと整理されている応接セットの上がやたらと雑然としている。


「おはようございます!何の相談ですか?」


 そう訊いてみたところ、二人はよくある「隠し事反応」をした。


「ああ、君か。」

「いや、何でもないんだ。」


 あやしい。何かを隠している。僕はそう確信した。疑わしそうに二人を見やると、そっぽを向いて口笛なんかを吹き始める。しかもこれは「僕らはみんな生きている」だったりする。牛か鹿が出てきてその辺を歩いていそうな雰囲気が不自然に漂った。その雰囲気をうち破ってまで「何をしようとしていたのか」を質問をするべきか、迷った。

 「やぶ蛇」という言葉がある。また「飛んで火にいる夏の虫」という言葉も僕の脳裏を横切ったからだ。これらはこれまでの決して短くはない研究室生活から学んだことだ。

 その時、応接セットの上の書類に紛れて、プライベート宇宙望遠鏡(PST)のパンフレットが目に入った。どうやらあれが今回のネタらしいことはわかったが、不覚にもつい口をついて言葉が出てしまった。


「あれ?この研究室でもPSTを打ち上げるんですか?」

「ぎくっ!」


 二人の上に大きな吹き出しが見えた。冷や汗でびっしょりになっている。僕は自分が地雷を踏んでしまったことを察知した。


(ダメだ……踏んじまった……)


 ここで引き下がることも考えたが、以前あからさまに引き下がった時には逃がしてくれなかった。追求しつつも逃げるというテクニックが必要なのだが、このバランスがなかなか難しい。仕方がない、取りあえず押し込みをかけよう。


「何か隠していますね?」

「ぎくぎくっ!」


 やっぱり。隠し事のできない性格だからなぁ……二人とも。よし、もう一息。


「あーあ、こんなことをチッチさんが知ったら……」

 チッチさんというのは研究室の秘書で、本名は樋山千里さんという。


「ああああああ……中越くん、そのぉ……樋山くんにはこのことは内密に……」

(よし、これで逃げられるぞ!)


 だが、僕のそんな希望をぶち壊すセリフが背後から降ってきた。


「何を内密にするんです?」

「ぎくっ!」


 僕たち三人は慌てて後ろを振り向いた。そこにはチッチさんが立っていた。


「あ、いやその……樋山くん……いやぁ、何と言おうか……」


 チッチさんはニッコリ笑ってこう言った。


「あら、何も気になさる必要はございませんわ。PSTも打ち上げてくださって結構ですのよ。」

「え?いや、それは助かる……」

「ただし!今度先生に入るはずの『宇宙を翔る謎の星』の印税は、全て研究室の方に寄付していただきますから。」

「あ、いや、あれは私のお小遣いに……」

「何かおっしゃいまして?」


 チッチさんの目がキラリと光ったような気がしたのは、僕だけだったのだろうか……。


「……いや、何でもないよ、はははは……」


 それだけ言うと教授は肩を落とし、チッチさんは隣の仕事部屋に入っていった。


(恐るべし!)


 チッチさんに対する感想を持つと同時に、僕は既に逃げられなくなっている自分に気が付いた。チッチさんには僕も共犯者の一人としてカウントされているのだ、残念なことに。


 僕は覚悟を決めた。


(そうさ。確かに今までは首を突っ込んだおかげで、酷い目にあったこともあった。あのときも、このときも、そのときも、さらに……いやいや酷いことにしか遭っていないじゃないか?!)


 それに気が付いたが、仕方なしに取りあえず成り行きでなった共犯者二人に何をしようとしていたのか訊くことにした。


「で、今度は何をやるんですか?」


 教授はあたりを見回し、我々三人以外誰もいないことを確認すると、おもむろに手を口元に当てたまま顔をこちらに近づけ、ヒソヒソと言った。


「実は宇宙を出し抜こうと思ってな。」

「はぁ?宇宙を出し抜く?」

「しっ!声が大きい。どこで聴かれているかわからないんだ。こちらの計画を知られるのはまずい。」

「チッチさんには知られちゃいましたけど?」

「いや、それもあったんだが……宇宙にだ。」


 どうも言っていることがわからない。何の話をしているのだろう?

 不思議な顔をしているのが教授達にもわかったらしい。教授は「特別に講義をしてやる」とでも言わんばかりの顔をして、おもむろに講義を始めた。


「君は『人間原理宇宙論』というものを聞いたことがあるかな?」

「あの、『宇宙がこのように見えるのは、我々が観測しているからだ』っていう、あれですよね?」


 天文学や宇宙物理学では宇宙を対象として研究している。当然のことなのだが、誰にも答えようのない問題もある。例えば重力定数Gは6.672……という値をしているし、光の速度は秒速約30万キロメートルだ。


「どうして重力定数はもっと大きくないのか?」

「光の速度はもっと遅くても良いじゃないか!」


 そう言われても、そうなっちゃっているものは仕方がない。じゃあ「どうしてそうなっているのか?」という問いに答えるのが「人間原理宇宙論」というものだ。


「観測者たる人間が生まれるには、この値が丁度良かったのだ。もし違っていたらまだ人間は生まれていないか、とっくに滅びていただろう。つまり人間が観測するから、そうなっているんだ」


 なんだか禅問答みたいな話である。もちろん宇宙のどこにも観測者がいなければ、どんな値になっているのかわからないし、例えどんな値をとっても、誰も気にする人はいない。だから、それでいいのだ、ということらしい。わかったような、わからないような……。


「その通り。ということはだね、この『人間原理宇宙論』を私なりに解釈すれば、『我々が見ていないところでは、宇宙は何をやっているかわからない』という結論が得られるのだよ。」

「つまり、宇宙の神秘は数限りないし、次々と新しい発見がある。でも、我々の見ていないところでは、そんな新発見なんて吹っ飛ぶほどのとんでもないことを隠れてやっている可能性が大きいってことさ。」


 確かに「人間原理」を解釈すればそうなるのだが、「人間原理宇宙論」ってそんなもんだったっけ?どうも被害妄想的な発想のような……。


 確かに「人間原理」を解釈すればそうなるのだが、「人間原理宇宙論」ってそんなもんだったっけ?どうも被害妄想的な発想のような……。


「偉い人も言っているだろう? 『自然は性悪女だ』と。」

「それ、女性研究者は『自然は性悪男だ』って言っているヤツですよね。」


 頑張って研究すると、それをあざ笑うかのような観測や実験結果が出てくるので、そう言われているわけだけど……。


「まぁ性悪女か男かは置いておいてだ。今回はだね、PSTを使って宇宙を出し抜こうというわけだ。」

「どうやってですか?」

「簡単さ。我々が観測できないのはどこだと思う?」

「星間吸収の強い暗黒星雲の向こう側とか……」


 ちっちっち。教授は右手の人差し指を立て、左右にリズミカルに動かして見せた。よくある演出方法だ。教授はこの手の演出が大好きだった。自分に酔ってしまうのだ、困ったことに。


「君は事を難しく考えすぎる。我々に観測ができない場所、それはズバリ!太陽の向こう側さ!」

「太陽の向こう側は地球からでは見えない。軌道望遠鏡でもダメだしね。」


 井手さんまで……。


「それなら公転軌道天文台に観測時間を確保すれば……」


 地球の公転軌道には、丁度太陽を挟んだ反対側に軌道天文台があった。この公転軌道天文台と地球とで、全天をカバーすることができる。


「ちっちっちっ。そんな観測のプロポーザル、君だったら許可するかい?」


 僕はちょっと考えてから返事をした。公転軌道天文台は、観測申し込みが殺到し、スケジュールは初期のハッブル宇宙望遠鏡並みだと聞いていた。こんないい加減な話なんか見た瞬間に却下だろう。


「まぁ……しませんね。」

「だろ?だからPSTなのさ。」

「でもそれだと公転軌道天文台が何か発見しても不思議じゃないし……」

「あらかじめ出してある観測計画に沿って観測しているんだ。宇宙だってその辺のことは考えてるさ。」

「でも偶然とか……」

「我々が狙いたい領域は限られているからねぇ……あくまでも『偶然、その領域を向いていた』という形でないといけない。」

「まぁ、理屈はわかりますが……そもそも公転軌道まで行かないと目標を達成できないでしょ?どうやって観測しようってんです?」


 ふっふっふ、と不敵に笑う教授。


「そこだよ、苦労したのは。何しろ宇宙を相手に騙そうってんだ。簡単にはいかない。そこで、地球の衛星軌道に設置したPSTで狙おうというわけだ。」

「だから、それだと太陽の方に向けるわけには……」

「まぁまぁ、慌てる学生はもらいが少ないぞ。ここからがミ・ソ。」

「PSTにはあさっての方向を向いておいてもらう。」

「太陽とは違う方向なんですね?」

「そう。その上で、その観測領域から太陽の向こう側の姿がやって来るように、ブラックホールを発生させて……」

「ちょ、ちょっと待ってください。ブラックホールなんてそんな簡単には作れないでしょ?」


 ふっふっふ。今度は井手さんが笑った。どうも教授の影響を大きく受けているらしい。しかも発明狂で、訳のわからないものを開発することに於いては群を抜いている。


「そこがボクの苦労したところさ。こんな事もあろうかと作っておいた『重力発生装置』が役に立とうとは。」

「私の知らない内にそんなものまで造っていたんですね。」

「ぎくっ!」


 今度は井手さんがすくみ上がった。このチッチさんという女性はなんて他人の背後を取るのが巧いんだろう。僕はそう感心したが、何よりも心配だったのは、自分がこれにも関与しているのではないかと、疑われてしまったのではないか?という事だった。


「来期に購入しようとしていた新型ワークステーションですけど、一旦見送りますね。」

「……はい……」


 ニッコリ笑うチッチさんの前に、井手さんはそう言うしかなかった。


 失う物のなくなった二人は僕を完全に巻き込み、PSTと重力発生装置をセッティングした。そしてそれを軌道に打ち上げるべく、打ち上げ業者と交渉をしなければいけないが、こういう雑用は全て僕に回ってくることになっていた。

 「短期間でカタを付ける!」という教授の意気込みに、僕は寝不足になるほど働かされたけど、「何か新しい発見があれば」という想いだけで、それらをこなしていった。新発見の栄誉がともに担えるのであれば、三日間の徹夜なんか大したことではないように思えてきた。

 実際の打ち上げはPSTを先に打ち上げ、その後別便で重力発生装置を打ち上げるという手順にした。双方が関係ないように見せかけるためだった。でもここまでやっても三人で打ち合わせたあの話し合いを「宇宙」が聞いていなかったとは思えない。


「やっぱり失敗なんじゃないかなぁ……」


 僕はそう思ったが、口に出すのは避けた。教授の言う「宇宙に悟られる」行為は避けようと思ったからだ。もっとも、完全には納得していないし、釈然ともしなかったが……。

 三日後、PSTは観測を始めた。手始めは銀河系内の散光星雲である。その中にある星形成領域を探査し続けた。もちろん本来の目的からすればダミーの観測であるが、もともと次に研究しようと思っていたターゲットでもあり、観測データは必要だったので、やろうとしていた観測でもあった。したがって、十分論文にできる程度の密度の濃い観測にはなっている。もちろん、この一件があったから、チッチさんも打ち上げ自体には反対しなかったわけだ。

 そして二週間後には重力発生装置を積んだ探査機が所定の領域に到達した。名目は「太陽系内重力場による一般相対性理論効果の検証」という立派なお題目がつけられているから、その方面の研究者からも注目されていた。この探査機が擬似的にブラックホールを作り出すわけだ。もちろん、僕たち三人以外は探査機にそんなものが積み込まれているなんて知らない。

 探査機は刻一刻と、予定の座標に近づきつつあった。予定では日本時間で二日後の午前十一時四分ごろに「例の観測」を行う予定となっていた。

 観測されたデータは重力レンズ効果によりゆがんでしまっている。そのため、そのままの写真を見ても何がなんだかわからない状態になっているため、コンピューターによる画像補正をしなければいけなかった。そしてそれには二十世紀末に開発された「カイザーの方法(Kaiser's Method)」を使うのが一般的だった。僕は今使っている解析ソフトに載せられる「カイザーの方法」プラグインをネットからダウンロードし、準備万端にして待ちかまえていた。もちろんそのことは教授や井手さんにも伝えてあった。


 だが翌日、探査機がいきなり予定外にブラックホールを発生し、そのまま沈黙してしまうというハプニングが起こった。井手さんは慌てて復旧を試みたが成功せず、途方に暮れたような顔をしていた。僕もどうして良いのかわからず、ただ少なくとも大発見の一翼を担うことができなかったのだという事だけを理解していた。

 ところが教授だけはニコニコとして、何やらやっていた。井手さんや僕の悲嘆などどこ吹く風。まぁ、いつものことではあるが、もう少しがっかりしても良さそうなもんだけど……。

 さらにその翌日。教授がやけに上機嫌だった理由を知った。実は重力発生装置を積んだ探査機に細工をしていたらしい。探査機がおかしくなったのも、教授にとっては予定の出来事だったらしい。しかも、PSTにはその時に、太陽の裏側を見られるような場所を観測させていたらしい。


「何か写っているようだから、研究室に来なさい」


 そういう呼び出しに、慌てて自転車を飛ばして、十分ほどで大学に、さらに五分後には研究室にたどり着いた。すると井手さんはすでにやって来ていて、解析を始めようとしているところだった。


「おお、ようやく来たか。」

「教授も人が悪いんだから……」

「いや、『敵を欺くには、まず味方から』と言うではないか。なぁ!」

「ま、確かにおかげでこの写真が撮影できたわけですからね。」

「じ、じゃあ、やっぱり何か写っていたんですね?」

「うむ、やはり宇宙は我々に隠し事をしていることがわかった。」

(それなら大発見じゃないか!)


 そう思った僕は、これから見ることができる大発見に期待を膨らませ、受けるはずの栄誉に思わずゴクリと喉を鳴らした。


「そ、その隠し事とは?」


 教授は手のひらをパタパタと振って僕をたしなめた。


「まぁまぁ、詳しい解析はこれからさ。でもまぁ、生データは見ることができるぞ。」


 そう言うと教授は井手さんに頷いて見せた。井手さんもそれに頷き返し、僕に解析用のワークステーション画面を見せてくれた。


「いいかい、取りあえず生データだ。」


 そう言って見せてくれた画面には宇宙線などが当たったらしい傷もいくつかあったが、何やら原色のやけに赤い何かが変形して写っていた。しかもそれを取り巻くように、外側にはもうチョット細い、白い円弧が写っている。


「じゃあ、まずノイズの除去をしますね。」


 井手さんはマウスを動かして解析ソフトを動かし、ノイズの除去を行った。先ほどよりもより鮮明になった画像が浮かび上がる。

 僕はドキドキしながら画面を見ていた。そこに写し出されていたものは重力レンズ効果を受けたもので、まだ修正前のものなのだ。しかし何やら原色の赤い何かが写っているのだけははっきりとわかる。白い円弧もより鮮明になっている。


「この赤いものは……」


 教授はあごを指でなぞり、ちょっと考えてから答えてくれた。

「そうだな……『カイザーの方法』で戻してみないとわからないが、少なくとも今までに見つかっているような生やさしいものではなさそうだ。」

「じゃ、じゃあやっぱり……」

「うむ、間違いないだろう。」


 そう言うと、井手さんに「カイザーの方法」をかけるよう、井手さんに指示した。僕はプラグインの場所と使い方を井手さんに教え、あとは解析結果が出てくるのを待つだけとなった。


「二十分ほどかかると思いますよ。結構高解像度で始めちゃいましたから。」

「そうか、じゃあ、その間、休憩にするか。」


 その間に食事を摂りに行った。いつもの学食だったけど、味はわからなかった。周囲では学生がまずそうに食べているのだが、気にならなかった。研究室へ戻ったときに得られる画像を早く見たくて仕方なかったのだ。夢見心地になると、五感が麻痺するというのはホントウらしい。

 気が付くと三十分近く経っていた。あわてて研究室に戻ると教授と井手さんが結果を検討しているようだった。


「しかし、宇宙があんな仕掛けをしているとは……なかなかやるな、宇宙の奴。」

「教授、今度はまた別の手を考えましょう。」


 そう会話している二人に僕は割り込めずにいた。どうやらPSTが送ってきた写真を見ての評価らしいのだが……あの会話の内容だと、上手く写っていなかったのかな?などとちょっと不安になりながら、質問した。


「で、結局どうなっていたんですか?」

「それが……」


 井手さんの口調は歯切れが悪い。


「もしかして何も写っていなかったとか?」

「いやいや、大発見だよ、君。『カイザーの方法』で修正したのがこれだ。見たまえ!」


 果たして教授が示した写真を見て、僕は卒倒した。確かに星も写っている。それ以外にも何やら写っていそうな気配はあったのだが、先ほどの赤い「何か」は、写真の肝心要な中央にデカデカと写っている「○禁」マークだったのだ!しかも下の方にはご丁寧に「見ちゃダ・メ」という日本語の文字が入っていた……。


「やっぱり、宇宙には謎がある!」


 混濁した意識の中、教授の叫び声と隣の部屋からであろうチッチさんの溜息が聞こえてきたような気がした。




用語解説

・重力レンズ(Gravitational Lens)

 アルベルト・アインシュタインの一般相対性理論から導き出される「光の経路の曲がり」から予測された現象。1934年にチェコ・スロバキア(当時)のR.W.マンデルが考えた。当初アインシュタインは「そのようなものは発見されないだろう」と考えていたが、遠方の銀河がレンズとなれば可能であると考えられ、理論的研究が1960~70年代に精力的に行われた。

 最初の天体が発見されたのは1979年であり、QSO0957+561と呼ばれるクェーサーであった。現在では観測技術の進歩もあり、暗い天体が数多く発見され、その数は数えるのがバカバカしいほどの数になっている。

 参考文献としては、一般向けの物として「重力レンズでさぐる宇宙(福江純・山田竜也著 岩波書店)」、テキストとしては「Gravitational Lenses(P.Schneider, J.Ehlers, E.E.Falco著 Springer-Verlag)」がある。



・カイザーの方法(Kayser's Method)

 1987年、ドイツのR.カイザーとT.シュラムによって発表された重力レンズ天体の解析方法。その後カイザーがGRALというパッケージとして継続開発している。他にもS.A.グロスマン&R.ナラヤン、Y.メリエール、J.ミラルダ=エスキューデらが同様のパッケージを開発している。

 これらに共通しているのは、レンズ天体の質量分布を面密度で表し、見かけの扁平率を入れて重力場を定義する。しかる後に光源の位置、光源までの距離を変化させ、観測された像に最も近い各パラメーターを得る。

 問題は、レンズ天体が奥行き方向に伸びているような変形は考えていないため、本当にレンズ天体を面として扱うのが適当なのか、なのだが……。直接重力場の形を求める方法としては「タイソンの方法」がある。

 なお、この分野の良いレヴューとしては「Arc(let)s in clusters of galaxies(R.Fort, Y.Mellier著 Astronomy & Astrophysics Review 1994)」がある。



・タイソンの方法(Tyson's Method)

 1990年、アメリカのA.タイソンによって発表された重力レンズ天体の解析方法。レンズ天体の周辺に数多くの重力レンズ像が写るまで露光し、それらレンズ効果を受けた像全ての形を満たすように、レンズ天体の重力分布を決める。ある意味で力ずくの方法ではあるが、より正確な重力分布を得ることができるため、信頼性は高い。ただし、多くのレンズ像を写すためには、標準的な銀河団の場合実視等級で27~28等と、通常(22~23等)よりも100倍ほど暗い天体まで撮影する必要がある。2000年頃では自分たちでCCDカメラの開発まで行っているタイソンのチーム以外での実用例はなかったが、現在ではJWSTをはじめ、暗い天体まで撮影できる望遠鏡が増えたので、「ダークマターの分布を調べる」ことを目的とした研究ではほぼこの方法が取られている。

 詳しいものとして、「重力レンズで宇宙のダークマターを探る(A.タイソン著 パリティVol.8 No.1 1993)」がある。



・人間原理

 宇宙が観測されるような姿をしているのは、我々観測者たる人間がいるからだ、という発想を原点とする考え方。極端な例としては「人間の存在のために宇宙は作られた」と主張する者もいる。

 現在では「弱い人間原理」や「強い人間原理」も提唱されている。「弱い人間原理」とは、「人間が発生するには宇宙の定数が偶然によるものではなく、一定の法則があってその範囲の中で選ばれた値でなければならない」というものであるが、その後1968年にB.カーターは「宇宙は発展のある段階で人間を生み出すように作られている」とする「強い人間原理」を提唱した。



・人間原理宇宙論

 人間原理を宇宙に当てはめ「何故宇宙の諸定数はこのようになっているのか?」を説明した宇宙論。これによると、もし重力定数が著しく大きければ、宇宙はすでに進化しきってしまっており、観測者たる人間が生まれる前にビッグクランチへ向かって収縮してしまっているかもしれない。逆にもっと小さければ宇宙ではまだ天体が形成されておらず、当然の事ながら観測するべき人間も誕生していない。従って、宇宙を観測できるだけの知的生命体が誕生する条件を満たすためには、現在観測される諸定数の組み合わせが重要であった、と考えているのである。



・重力定数(Constant of Gravity)

 I.ニュートンが発見した「万有引力の法則」に出てくる比例定数。通常「G」という記号で表され、6.67259×10^-11[N・m^2/kg^2]となる。

 初めて重力定数(万有引力定数)を測定したのはイギリスのH.キャベンディッシュである。彼は「ねじりばかり」を使い、それまで不可能だとされていた計測を行った。近年はレーザー干渉計を使用して誤差を減らす努力が続けられている。



・光速度(Velocity of Light)

 光が1秒間に進む距離で299,792,458[m/s](秒速約30万キロメートル)である。

 大昔には光速度は無限大であると考えられていたが、ニュートン力学の発達により、木星の衛星が食を起こす時間を予測できるようになると、その観測された時間と予報との間にずれがあった。また木星までの距離によってずれが変化することから、光速度は有限であることが発見された。

 この方法によって初めて光速度を測定したのは1675年のレーマー(デンマーク)であり、彼が測定した速度は秒速約22万キロメートルであったとされているが、彼の論文には数値は記載されていないので、この秒速約22万キロメートルというのは疑わしい。現在では1887年にアメリカで行われたマイケルソンとモーレーの干渉計による実験を高精度化して測定されている。



・PST(Personal Space Telescope)

 本小説でのオリジナル設定である。現在運用されているハッブル宇宙望遠鏡(HST)の小型版を個人単位で打ち上げようというもの。現在の地方大学で主流となっている口径50cm程度のものを想定している。残念ながら現在はまだ打ち上げコストが高すぎるため個人での運用は不可能であるが、数百万円(現在ワークステーション1~2台分の値段)にまでコストが下がれば不可能ではないだろう。



・公転軌道天文台

 これも本小説のオリジナル設定。現在の天文衛星は太陽から30度以上離れている天体しか観測できないようになっている。これはもし万が一ミスで望遠鏡が太陽の方を向いてしまった場合にCCDカメラが破損してしまうのを防ぐため。

 しかし、できることならば1年中全天を観測したい。そこで、地球の公転軌道上、ちょうど太陽の向こう側に望遠鏡を設置できれば、この条件を満たすことができる。ただし、データの送信をどうするかなど、問題は多い。


まずは「人間原理」を適用した宇宙論をネタにして遊んでみました。

さすがに「宇宙を出し抜く」等というぶっ飛んだネタはなかなか書かれているのを見たことないしね。

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