3話 旅は道連れ世は情け
ジジ…と鈍くくぐもった音がした。
「え?」
シアは目を覚ました。
にわかにコンパートメントの天井についている魔石灯が消える。それと同時に廊下の光も消えて、部屋はほとんど闇の中に沈んだ。
「嘘、まだ夜になるには早いはず!」
シアは慌てて窓の外を見た。轟々と遠くで音が聞こえる。防音設備が優れているのと、眠り込んでいたので気づかなかったが、日が暮れ、さらに砂嵐の中に突入していたようだ。
「無事デスか」
そう述べてオブニがモニターを光らせる。薄ぼんやりと闇の中に丸いフォルムが浮かび上がり、シアはホッと息をついた。
「私は大丈夫だけど、何かあったのかな。停電?」
「廊下デモ覗いてミますか?」
「そうだね」
オブニの明かりを頼りに、シアはコンパートメントの扉を開き、廊下を覗き込んだ。
すると、ちょうど、隣のコンパートメントから廊下を覗いている乗客と目があった。壁が厚いため、今の今まで隣室にも客がいたことにシアは気づいていなかった。
シアは驚いて咄嗟に挨拶した。
「あ、こんにちは」
「驚いた!まさか隣にお客さんがいたとは思わなかったわ」
年の近そうな隣人の少女はその利発そうなチョコレート色の目を見開いた。そして、めざとくシアの隣に浮いている発光物、もといオブニを見つけると言った。
「あなた、灯りをお持ちなの?申し訳ないのだけど、私たちの部屋を照らしていただけませんか?真っ暗で何も見えないの」
「いいですよ」
「エエ、部屋出ルンデスカ?」
シアは快く頷くとオブニを連れて廊下に出た。始発駅から次の駅に向かう途中だったこともあり、三等車はガラガラでシアと隣の客室以外は空室のようだった。
「あなたたち!この方にお礼を言いなさい!」
コンパートメントに入るなり、少女は室内に向かって宣言した。シアは部屋を出ることを渋るオブニを客室に押し込むと自分もゆっくりと中に入った。
「ありがとう」
「ご親切にどうもありがとうございます」
微妙に納得がいっていないような、神妙な二人分の少年の声が聞こえた。
「ええっと…」
室内は立っている少女2人と端に追いやられた少年2人、コンパートメント真ん中にプカプカ浮く発光するロボットと言う異様な光景が広がった。
誰もなんとなく次の言葉を紡げない中、焦れた救世主が口を開いた。
「アノ、弊機はイツマデ光ってイレバイインデス?」
「「機械が喋った!」」
「ふうん、面白いじゃない。魔導工学による人工知能か」
目を光らせた少女を除く2人は口を揃えて叫んだ。オブニは迷惑そうにくるりと一回転した。そして常々感じていた人類に対する悪口をグチグチとこぼした。
「今どきハ猫モ杓子モ喋リマスヨね、ソレに比べてアナタ方は同ジ言葉シカ言えナインデスカ?」
「ちょっと、オブニ!そんなこと言っちゃダメ!失礼でしょう」
「デスガネ、お嬢。コンナ、言語モジュールをちょびっと動かしタだけでビックリサレルなんて弊機ノ沽券に関わリマスよ」
「それでもダメだから!」
「ハハア、わかりマシタ」
オブニは慇懃に返事を述べた。
3人はシアとオブニの言い合いを呆気に取られて見ていたが、あまりに自然に喧嘩を繰り広げる2人を見て気を取り直して、口々に話し始めた。
「なにか気に触ることを言ったみたいね」
「喋るロボットなんて僕、初めて見ました」
「すごーい!他には何が出来るんだ?ダンスとか?」
「何でもはデキマセン。ダンスは可能」
ロボットはじりじりと後退し、シアに助けを求めるように光った。
本当にダンスをしなければ治らないのだろうか、オブニは思考した。
シアはどうどうと気を落ち着けるように眼前に迫る3人を退けた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!とりあえずみんな、今の状況を把握しないと」
3人は顔を見合わせると、おとなしく座った。シアはオブニにカバンを持ってくるように言うと、自分たちのために開けてもらった席に座って息をついた。
しばらくして、オブニがふよふよと戻ってくるとシアの隣にカバンを置いて、その上に腰を落ち着けた。
「ふう、ようやくコレデマトモ
少年のうちの1人が丁寧な言葉遣いでオブニに無礼を詫びた。
オブニはピカピカ光って不満を表明した。
残りの2人はじっとシアの方を見ている。シアは突然たくさんの目に見つめられて居心地の悪さを感じたが、口を開いた。
「私はシア。こっちはロボットのオブニ。2人で旅行中だよ。詳しい機能が知りたいなら彼…彼?自身に聞いてね」
真っ先に少女が隣を小突きながら名乗った。
「私はヘレンよ」
次に敬語の見目麗しい少年は長い耳をぴくぴくと動かすと
「僕はニコ。そっちのツノ付きのがアリアです」
と名乗った。最後に自分で自身の名前を言う機会を失ったアリアはニコニコと笑顔で「どうも」と言った。確かに、彼の頭には赤い髪に硬質な黒曜石のような角が生えている。シアはヘレンは自分と同じ旅人族で、ニコは妖精族、そして多分アリアは獣人族か魔族だな、と検討をつけた。他人に種族を聞くのは失礼にあたるので聞かないが。
「まずは状況把握よね」
自己紹介が終わるのを待っていたヘレンが口を開いた。皆は同意するように頷いた。
「停電が起きて、そして多分今、この列車は砂嵐の中にいる」
「車内放送がないのも、非常電源がつかないのも妙です」
シアに続いてニコも懸念点を付け加えた。
通常、魔導列車では乗務員によるアナウンスがある。今のような非常時ならなおさらだ。さらに、非常灯も暗いままとなると、バックアップの電源が機能していない可能性がある。何か非常事態が起きたということも考えられる。
「なんらかの原因で魔力供給が切れたのかしら?回線のショート?ない話ではないわね」
ヘレンが自説を展開し、いまいち理解していないアリアは曖昧に頷いた。
4人が考え込んでいると、ガタン!と大きな音がして列車が加速し始めた。
「燃料の魔石不足?そんなわけないわよね。まだ大陸中央駅を出て一駅だもの」
「じゃあやっぱり供給線に問題がでたのかな?」
「でも列車は動いたままだよね」
そこでポツリとアリアが口を開いた。
ニコはそれを聞いて
「確かに…」とつぶやいた。
電気がつかないと言うことは、発電に回す魔力が足りないか、もしくは完全にないということだ。だというのに、列車は動いているし、なんなら加速しているのだ。それはつまり列車そのものの魔力不足ではないということだ。止まれないのか?それとも止まらない理由がある?
シアが考え込んでいるとオブニが赤く光ってピピピと音を発した。
「警告、誰かが廊下を歩いて近づいてきます」
ヘレンが不思議そうに首を傾げた。
「誰かしら。二等車からの客ってことはないだろうし」
シアの耳にもコツコツと廊下を歩く音が聞こえてきた。ゆっくりと床を靴底が踏み締める硬質な音が聞こえてくる。
すると、スッとアリアが立ち上がり徐に扉の前に立って、そのまま腕を組んで仁王立ちした。シアは唖然としてそれを見つめた。いきなり何をしているのか全く理解できなかったのだ。
そして、それを誰も止められないまま足音はシアたちのいるコンパートメントの前までやってきた。ヘレンがゴクリと唾を飲み込み、ニコとオブニが興味なさげな顔で見守る中、アリアはガラガラガラ!と大きな音を立てて扉を開け放った。扉は端まで開いて枠に少し当たって擦れた。
そして、
「おわッ!!!!!なんだよ!」
扉の前に立っていた今の今までノックしようとしていた人物は、思いがけず扉が開いたことに驚き、大声を出してのけぞった。
「おいおい勘弁してくれよ」
そこにいたのは鉄道会社の制服風に改造したローブを着ているくたびれた中年の魔術師の男だった。
やれやれというふうに頭に手を当ててため息をついている。
「なーんだ乗務員さんか」
アリアは無邪気に組んでいた腕をパッと解くと、
「もしかして、わざわざ様子を見に来てくれたとか?」
と期待を込めて聞いた。
魔導列車には乗務員として必ず1人は魔術師を乗せている。魔術的な防御のメンテナンスや見回りを行うためだ。
そして案の定中年魔術師は頷いた。
「見たところお前さんたち4人が最後だ。」
「何がです?」
最後という言葉は大抵の場合あまり嬉しいものではない。ニコはその嬉しくない魔術師の言葉尻を鋭く捉えた。魔術師はそれを華麗にに無視すると、ゆっくりと子どもたちを見回して告げた。
「まあ端的に言うと緊急事態だ。すまないが乗客は今、全員前方の食堂車に集まってもらってる。説明があるから、ほれ、行くぞ」
それだけ言うと、魔術師はローブを翻し、廊下に下がり、杖の石突をコツンとついた。その背中には疲れが滲んでいた。