20話 ソレミヤの試練
「逃げても無駄や、俺の呪いからは逃げられん」
小刀は意思を持つように通路を猛然と駆け巡り、逃げ惑う敵を端から端まで切り裂いて回った。
「あん?なんだ……薄く斬られただけ…ッ!ヒィ!!」
初めに薄く切られた男は、最初少し滲むだけの血を不思議そうに見ていたが、傷口からじわじわと染み込むように広がる文字と、それに伴い体を引き裂かれるような痛みにのたうちまわった。
「ぎぃやああああ!!」
男たちはにわかに混乱状態に陥った。我先にと逃げ出す者、猛然と追跡する小刀を迎撃する者、術者の方に狙いを定める者、様々である。
「傷が、傷が!」
「やめろ、俺に近づくな!ヒッ、ぎゃああああああ!」
反撃を試みた男は1度、2度と刀を魔剣で弾き返したものの、狭い通路で魔剣を振るうことが災いし、仲間割れを始めた。
「剣振るな!危ねぇだろが」
「うるせぇ!まだ死にたくねぇんだ!!ならお前が盾になれッ」
斬られた者は傷口から刀身に彫られたものと同じ紋様に侵され痛みに動けなくなった。
迫る刀に強硬状態に陥ったものは、仲間も目に入らず魔剣を乱射した。
「やめろ、こっちへ来るなッ!ああああッ!!」
あまりの痛みに失神するものも現れ、密輸人たちはたちまちのうちに全員無力化された。
ネロはその様子を馬鹿にしたように鼻で笑った。
そしていつのまにか取り出していた鈴をリンと鳴らして小刀を呼び戻した。
小刀は滑らかな動きで宙を飛ぶと、そのまストンとネロの手の中に収まった。
ネロは手に飛び込んだ刀の刀身を見て、うへぇという顔をした。
「ま、一網打尽、こんなもんやろ。しっかし随分溜め込んどうな」
(協力するとは言ったけどここまでしなくても…)
手をぱんぱんと払い、男は刀をポイと楽器ケースの中に放り込んだ。
「納得行ってへん?」
「だって…いくら犯罪者って言ってもこんなの…」
シアは顔を曇らせた。
「やけどこれは自業自得やで?さっきのは自分がやってきた悪行が跳ね返る呪いやねん。嬢ちゃんみたいな子ぉにやっても、まあせいぜいチクっとする程度や。それがこんなんなるってことは悪行三昧の悪党ってことよ」
シアは何も言えずに沈黙した。助けてもらって文句を言える立場ではないとわかっていたからだ。
けれど釈然としないもやのようなものが心に残る。
(迷宮から出るまでの我慢だ…怖いけど、かわりに戦ってもらってるんだから)
葛藤しつつもシアは結局恐怖を飲み込んだ。
(私もできるだけ足を引っ張らないようにしないと)
自身も鎧に不備がないかを確認するシアを見て、ネロは楽器ケースの中から今度は短槍を取り出した。どういった原理かは不明だが、長い柄が箱の中から現れて蓋が閉まった。
「はよ離れるで」
楽器ケースを背負い伸びをした男はシアに声をかけた。
「…はい」
シアも一度目を伏せると、意味のわからない唸り声をあげのたうち回る男たちを振り切るように廊下を歩き始めた。
◇◇◇
どうやらシアたちが閉じ込められていた部屋があるのは2階らしく、階下に先ほどシアたちが入って来た吹き抜けのある広間があるのが見えた。
戦闘の音が聞こえて続々と密売人たちが集結しつつあったが、肝心の密売人たちのリーダー格の魔術師の姿が見えない。
「ネロさんどうしよう?!イナンたちの、仲間のところにあの人が行ってたら!!!殺されちゃうかも」
シアは焦って隣のネロを見た。ネロも難しい顔をしている。
「あのプライドの高い元雇い主のことやから、騒ぎ立てれば寄ってくると思ったんやけど…部屋が多すぎる。人質になってんのは嬢ちゃんの仲間だけやない。見つけるとなったら骨が折れるで…その間に逃げようって計画の可能性もあるしな」
「そんな…!」
「とりあえず下の階のやつらも何とかせんとならんな」
ネロが短槍を構えなおしたとき、シアは気がついた。
「ネロさん、私たち結構騒ぎましたよね」
「せやな、そろそろこっちにも人が来るはず」
「でも下の人たち、私たちを探してませんよね」
「ん?ほんまやな…なんか気になることでもあるんか?」
階下の悪党たちは武器をそれぞれ手に取ると、1階の別の廊下の方に駆け出していく。寄せ集めらしく統率は取れていない。
「巨獣でも出たか?」
2人が困惑していると、男たちが走って行った廊下の先から悲鳴が聞こえ始めた。
「や、やめろォ!!」
「ギャアアアアア!!!!!」
グシャリと何かが燃える音、悲鳴、爆発音と続き、最後に通路から閃光が膨れ上がるように漏れ出した。
───そして、爆炎。
群がっていた手下たちが吹き飛ばされて転がる。
炎は広間ごと渦のように巻き上げ、シアたちの方にまで迫った。咄嗟にネロが結界を張る。
「んっっとに最悪…」
最後に奥から額から血を流し、般若のような顔の魔族が姿を現した。
「クソが…絶対全員燃やす…貴重な遺産をガラクタにしやがって」
トーラは完全にキレていた。
魔杖から極大級の雷魔術を生成すると、目の前にまだ立っていた手下を爆撃する。
「死にたくない、死にたくない」
「うるさいな、君らの上司どこだよ、さっさと教えな」
「ほ、ほんとに知らないんです、許して下さい」
シアはトーラの後ろから困った顔のイナンが着いてきているのに気がついた。薄汚れて疲労しているようだが、命に別状はなさそうだ。シアはほっとしてため息をついた。
「まさかとは思うけど、あいつ?」
「そう、ですね。彼らが仲間です」
「顔こっわ。あの元雇い主なにしたんや…めちゃくちゃブチギレてるけど」
ネロはドン引きの顔でトーラを見た。シアはとりあえずオブニ以外の仲間が無事であることに安堵した。
シアは敵を全員焼き尽くして(息はあるようだ)まだまだ腹の虫が収まらない様子のトーラの方へ恐る恐る階段を降りて近づいて行った。
「!シア〜〜!!無事か?!大丈夫か?!なにもされてねーか??」
イナンが気がついて泣きそうになりながらシアに駆け寄る。
「大丈夫。この人が助けてくれたよ」
その時初めてイナンはシアの後ろに立つ大男に気がついた。
「だ、誰だ?」
「この人も捕まってた人なんだよ」
「そうそう、怪しいもんちゃうで」
慌ててシアはイナンをとりなした。イナンはいきなり現れた魔族を警戒しつつ、まだ怒髪天をついているトーラの方を困った顔で見やった。
「そうだ、トーラさんはなんであんなに怒ってるの?」
トーラはシアと見知らぬ魔族が合流していることにも気がつかないで、まだ意識のある手下を尋問していた。
「あいつの探してた孔雀石あっただろ?」
「もしかして見つかったの?」
シアは驚きを込めて聞いた。正直見つかるとは思っていなかったし、階層の崩落、犯罪者の暗躍などそれどころではなかったからだ。
「うん。でもあたしたちを捕まえた魔術師がいただろ?」
「汚いローブ着てたおじさんのこと?」
「そうそう」
シアは偉そうにシアを殴ってきた男の容姿を思い出していた。思い出すたびに不快な気持ちが込み上げる。やはりイナンたちにもちょっかいをかけていたようだ。
嫌な顔をするシアに対してイナンは続けた。
「ソイツが先に見つけたらしくてよ、魔石だと思って売るために粉々に砕いちまったらしい」
「砕いた…?」
シアは唖然とした。とんでもない熱量でトーラが孔雀石を探していたことがわかる分、トーラの怒りが頂点に達しているのも無理はないと思った。
わざわざ他都市にまで出向き、迷宮に潜り、ないかもしれない宝石がすでに砕かれていると知った時のトーラの心情はあまり考えたくない。
「え?石を?」
「ああ」
「…そりゃ怒るよね」
「しかもそいつ、トーラを煽るためだけに破片を牢屋の外から見せびらかしてきてよ」
「うん…」
「本物だってわかっちまったらしい」
せめて砕いたという情報だけならトーラがここまで怒ることはなかっただろう。相手の魔術師は魔石と宝石の違いも区別できていない素人だ。ただ緑色の魔石を砕いただけかもしれない。そういう希望を持てた。ソレミヤの遺産は見つからなかったのだと納得できた。
しかし現実的には、男は孔雀石を【夢蝶】が探しているものと知って初めて価値に気がついた。そしてわざわざ見せに来てしまった。ある種の悲劇に近いだろう。
「なんか、かわいそうだね」
「ああ」
なんとも言えない表情で2人はトーラを見た。
トーラは今はもう完全に不貞腐れてしまっている。忌々しげに広間を見渡すと、倒れ込んで気絶している手下の頬をチョイチョイと杖でつついていた。
「あの、トーラさん」
「なに」
「とりあえず、戻りませんか?」
「………」
トーラはムッツリと黙っていたが、最後に大きなため息をついて頷いた。
「それで君、誰」
「ネロや。この嬢ちゃんと逃げ出してきたんよ。俺も一緒に着いてっていいか?」
「まあいいんじゃない」
一行の様子を見守っていたネロが暗い顔のトーラに同行を願いでた。トーラは心ここに在らずな状態でなんとなく許可すると、シアたちが最初に入ってきた方の通路へトボトボ歩き始めた。
「まあまあ、次また別の宝石探せばいいだろ?」
「そうですよ、オブニ探して帰りましょう?」
「僕は宝石ならなんでも良かったわけじゃない…逸話込みで気に入ってた。アレだから欲しかったのに…」
両脇から少女2人に宥められつつトーラは魔杖を握り直した。シアたちも苦笑しながら後に続く。
しかし、
「おーい、入り口そっちちゃうで〜」
ネロが後ろから呼び止めた。
「そっちは迷宮の奥や。入り口はこっち」
そう言ってシアたちが入ってきたのと真逆の通路を指差した。
「何言ってんの…?僕たちはこっちから来たんだけど」
「え?アンタこそなに言ってる?そっちは崩落階層やろ。そんなとこから出入りできるわけないやん」
両者睨み合った。
どちらかが騙しているのか?それとも迷ったのか。
沈黙が場を支配した。
「そういえば、コイツらはどっからここの迷宮に入って来たんだ?」
沈黙を破るようにイナンが疑問を呈した。床に転がっている悪党たちはどう考えてもシアたちよりも前から迷宮にいたようだ。
つまりシアたちと同じ墓から入ってきたとは思いにくい。実際扉は厳重に閉ざされていたし、そもそも地上の墓所は勝手に侵入したり出来ないように泉の出入りは監視されている。
「俺らは、都市外の大砂海の中に入り口があってそこから入ってきたで」
「墓所からじゃないんですか?」
「おう。バシュに近い岩山の中の洞窟や。ちゃんと記憶してる。洞窟を降りて、デカい石のアーチを潜ってしばらくしたらここやった」
シアの疑問にネロは答えた。
───考えられる可能性は2つ。
ネロがシアたちを騙しているか、入り口は本当に2つあるか。
トーラが考え込む中、イナンが口を開く。
「確かソレミヤは王墓の中で1週間彷徨ったって物語にはあったよな。でも7号墓所が王の墓って話はあたしは聞いたことない…ってことは入り口は何個もあるかもしれないぞ」
「今この状況で俺は嘘つかんよ」
疑われて若干不満げなネロが主張した。
「まあ、ここの方がさっきの街より魔力濃度も低いし、僕らの方が裏口から入って来たっていう可能性も高いかもね。だとしても面倒だ…試練の一環か?」
トーラはぼやいた。
「というか、あのオッサンはどこで孔雀石を見つけたんだ?」
「確かにね、ソレミヤは泉の側の祭壇で見つけたんだっけ?」
「話によるとな!でも、今のところ泉も祭壇も見てねぇよ」
シアとイナンは孔雀石について考えていた。
ネロが興味深そうに話に混ざってくる。
「さっきからなんの話してんの?」
2人はこの迷宮に潜ることになった経緯を話した。
しかしネロは首を捻った。
「そんな部屋あったか?気味悪い水槽みたいな入れもんがある部屋やったら大量に見たけどな…」
「あれ棺桶みたいですよ」
シアは親切に水槽の正体を教えてあげた。
ネロは思わず顔を青くして口を抑えた。
「おえ、マジで?ここの連中あの水汲んで生活用水にしてたけど」
「飲んじゃったのか?」
「いや、わからん。檻に入れられとった時に出された水がそれやったら飲んどうかも…」
イナンとシアは気の毒なものを見る目でネロを見た。中身がないにしてもゾッとしない話である。
「とりあえず街まで戻ってみようと思う。ネロくんの通った道は大砂海に出るんだろ?物資も少ないし、砂漠に出たら多分死ぬよね。あの街の仕組みも大まかにはわかったから、確実にバシュの市街に出られる方で帰るべきだ」
トーラはこのメンバーのリーダーとして決定を伝えた。シアとネロは異論なく頷いた。
「そういえば他の捕まえられてた人はどうするんだ?」
イナンは心配そうな顔で尋ねる。シアたちと同じ階にはこれ以上人間はいなかったが、イナンたちの階層には最近行方不明になっていた者たちが商売道具として捕えられていたのである。
「それもあって街まで戻りたい。僕らだけで全員は連れて帰れない。ここって巨獣は出るの?」
トーラはネロに聞いた。
ネロは首を振る。
「魔石は出るけど巨獣はおらんはず。下手に動くよりはここのが安全かもな」
「食べ物は拝借できるし、動かなきゃ安全だ。あとは早く探索者のチームに救援に来てもらわないと。だからこそ僕らが来た道で戻ろう」
今度こそ全員が頷いた。
「あのオッサン見つけたらどうすんの?ころ…倒してもうていい?このクソ悪趣味な首輪取らせたいねん」
ネロは首の金属製のチョーカーをコツコツと叩いた。
「いいよ、僕も破片とはいえ孔雀石を回収できるものならしたいしね」
大人2人が今後の方針を決めている間、手持ち無沙汰になったシアはオブニを探す算段を立てていた。
(魔力濃度が低いなら呼べば来てくれるかな?)
イナンは牢に入れられていた間、魔術を練習していたらしく、今は灯がつけられるようになっていた。それをシアは微笑ましく見ている。
(なんやかんや無事に帰れそうで良かった)
シアは自分たちが元来た通路の方をなんとなく見やった。
そして目を見開く。
「ねえ、みんな…あれ、見て」
通路からは黒く光る水がゆっくりと染み出していた。
次回:「21話 人外魔境① 」掲載予定




